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第40章:沈黙の帰還
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オートロックの重い金属音が響き、陽菜は男のマンションの一室に足を踏み入れた。
男は、当初は下心を持って彼女を誘い入れたはずだった。しかし、部屋の明かりの下で改めて陽菜と向き合った瞬間、その指先が止まった。そこには家出少女特有の擦れた様子も、怯えもなかった。ただ、自らの存在を削り落とすような、深く昏い「覚悟」が瞳の奥に宿っていた。
この少女に触れてはいけない――男は直感的にそう悟った。
「……お腹、空いてるよね」
男は無理に笑いかけることもせず、コンビニで買ってきた温かい弁当と飲み物をテーブルに並べた。そして、陽菜に背を向けるようにして言った。
「奥のベッド、使っていいから。……疲れたでしょ。ゆっくり休みなさい。俺はここでテレビでも見てるからさ」
その声は、驚くほど穏やかで優しかった。陽菜はその優しさに触れても、涙さえ出なかった。提供された清潔な寝具の中で、陽菜は一睡もできずに、窓の外で刻一刻と白んでいく冬の空を見つめ続けていた。
翌朝、男は陽菜を近くの駅まで行かせるのではなく、静かに車のキーを取った。
「君みたいな子は、こういう場所に居ちゃいけない。……帰りな。君はまだ、自分を捨てちゃダメだ」
男は一方的な会話で彼女を諭すと、陽菜がぼんやりと告げた住所――家から少し離れた公園の近くまで、静かに送り届けた。車を降りる際、陽菜が小さく会釈をすると、男は困ったような笑みを浮かべて手を振った。
一方、新塚家では。
夜通し街を駆けずり回り、泥のように疲弊した健太と彩花が、リビングで力なく座り込んでいた。
「どこにもいない……。あんなに探したのに」
優子は泣き疲れ、喉を枯らして震えている。健太の心は、絶望と、そして昨日投げつけた「DNA鑑定」というあまりにも冷酷な言葉への激しい後悔に支配されていた。
そんな時、玄関の引き戸が、弱々しく開く音がした。
「陽菜……?」
彩花が一番に玄関へ飛び出した。そこには、昨日と同じ服を着て、朝の冷気に包まれた陽菜が立っていた。
「陽菜! どこに行ってたの!? お願い、無事でよかった……!」
彩花が抱きしめようとしたが、陽菜はその体をすり抜けるようにして、静かにリビングへ歩み寄った。
そこには、自分を疑い、鑑定を口にした父と、自分の出生を隠し続けてきた母がいた。
「陽菜……。すまない、俺が悪かった。あんなこと、言うつもりじゃ……」
健太が歩み寄ろうとする。だが、陽菜の表情は人形のように硬く、その瞳から「色」が消えていた。
「……お父さん」
陽菜は、掠れた声で言った。
「私、もう、絵を描かない。筆も、全部捨てた。……だから、もう一度、普通に戻れるかな」
それは、家族に戻るための歩み寄りなどではなかった。自分の命そのものだった「才能」を自ら殺すことで、この崩壊しかけた家庭のバランスを無理やり保とうとする、中学二年生の少女による悲痛な自己犠牲だった。
優子は声を上げて泣き崩れ、健太は陽菜を抱きしめることさえできずに立ち尽くした。
男は、当初は下心を持って彼女を誘い入れたはずだった。しかし、部屋の明かりの下で改めて陽菜と向き合った瞬間、その指先が止まった。そこには家出少女特有の擦れた様子も、怯えもなかった。ただ、自らの存在を削り落とすような、深く昏い「覚悟」が瞳の奥に宿っていた。
この少女に触れてはいけない――男は直感的にそう悟った。
「……お腹、空いてるよね」
男は無理に笑いかけることもせず、コンビニで買ってきた温かい弁当と飲み物をテーブルに並べた。そして、陽菜に背を向けるようにして言った。
「奥のベッド、使っていいから。……疲れたでしょ。ゆっくり休みなさい。俺はここでテレビでも見てるからさ」
その声は、驚くほど穏やかで優しかった。陽菜はその優しさに触れても、涙さえ出なかった。提供された清潔な寝具の中で、陽菜は一睡もできずに、窓の外で刻一刻と白んでいく冬の空を見つめ続けていた。
翌朝、男は陽菜を近くの駅まで行かせるのではなく、静かに車のキーを取った。
「君みたいな子は、こういう場所に居ちゃいけない。……帰りな。君はまだ、自分を捨てちゃダメだ」
男は一方的な会話で彼女を諭すと、陽菜がぼんやりと告げた住所――家から少し離れた公園の近くまで、静かに送り届けた。車を降りる際、陽菜が小さく会釈をすると、男は困ったような笑みを浮かべて手を振った。
一方、新塚家では。
夜通し街を駆けずり回り、泥のように疲弊した健太と彩花が、リビングで力なく座り込んでいた。
「どこにもいない……。あんなに探したのに」
優子は泣き疲れ、喉を枯らして震えている。健太の心は、絶望と、そして昨日投げつけた「DNA鑑定」というあまりにも冷酷な言葉への激しい後悔に支配されていた。
そんな時、玄関の引き戸が、弱々しく開く音がした。
「陽菜……?」
彩花が一番に玄関へ飛び出した。そこには、昨日と同じ服を着て、朝の冷気に包まれた陽菜が立っていた。
「陽菜! どこに行ってたの!? お願い、無事でよかった……!」
彩花が抱きしめようとしたが、陽菜はその体をすり抜けるようにして、静かにリビングへ歩み寄った。
そこには、自分を疑い、鑑定を口にした父と、自分の出生を隠し続けてきた母がいた。
「陽菜……。すまない、俺が悪かった。あんなこと、言うつもりじゃ……」
健太が歩み寄ろうとする。だが、陽菜の表情は人形のように硬く、その瞳から「色」が消えていた。
「……お父さん」
陽菜は、掠れた声で言った。
「私、もう、絵を描かない。筆も、全部捨てた。……だから、もう一度、普通に戻れるかな」
それは、家族に戻るための歩み寄りなどではなかった。自分の命そのものだった「才能」を自ら殺すことで、この崩壊しかけた家庭のバランスを無理やり保とうとする、中学二年生の少女による悲痛な自己犠牲だった。
優子は声を上げて泣き崩れ、健太は陽菜を抱きしめることさえできずに立ち尽くした。
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