不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase

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第4話:分かたれた明暗

5月。離婚から1年が過ぎた。 山科徹(46)は、都心のオフィスビルの一室で、部下からの報告書に目を通していた。この1年、徹は文字通り仕事に没頭した。空虚な心に空いた穴を埋めるには、数字と成果という確かな手応えが必要だった。

結果、徹の率いるプロジェクトは社内で過去最高の評価を受け、この春、彼は部長へと昇進した。 「山科部長、顔つきが変わりましたね。以前より精悍になったというか」 同僚からの言葉に、徹は微かに苦笑した。かつての自分は、妻の顔色を伺い、家庭の不穏な空気を隠すために、どこか縮こまっていたのかもしれない。皮肉なことに、最愛の妻に裏切られ、家庭という守るべき城を一度壊したことで、男としての「個」の強さが研ぎ澄まされたのだ。

週末、徹は17歳になった次男の真司と二人、馴染みの定食屋にいた。 「父さん、大学のオープンキャンパス、大輔兄ちゃんと同じところも受けてみようと思うんだ」 「そうか、いいんじゃないか。あいつも喜ぶだろう」 真司の表情から、あの夜の刺すような鋭さは消えていた。母親の不在は、彼らを自立させた。掃除や洗濯をこなし、男三人で家事を分担する生活は、どこか学生寮のような快活さがあった。

一方、その頃。 美香(47)は、駅から徒歩20分の木造アパートで、湿った空気の中にいた。 離婚時に手にしたわずかな財産は、不倫相手への慰謝料(相手の妻からの請求)と、慣れない独り暮らしの準備ですぐに底をついた。現在の収入は、深夜の物流倉庫での仕分け作業と、昼間の清掃のパートだけだ。

47歳という年齢、そして「不倫での離婚」という噂が付きまとう地元での再就職は困難を極めた。 「……痛い」 長時間の立ち仕事で、足のむくみは限界だった。スーパーの閉店間際に駆け込み、30%引きのシールが貼られた弁当を手に取る。かつて徹の給料で、何の気兼ねもなくデパ地下の惣菜を買っていた自分が、遠い前世の出来事のように思えた。

精神的な孤独は、肉体的な疲労以上に彼女を蝕んでいた。 「今夜、大輔と真司は何を食べているのかしら。徹さんは、まだ私のことを怒っているのかしら……」 ふとした瞬間に考えるのは、かつての平穏なリビングのことばかりだ。しかし、息子たちに送ったLINEはすべて「既読」になることすらなく、ブロックされている。

唯一の希望だった不倫相手の男は、離婚が成立した直後に「家族とやり直すことにした」という短いメール一通で消えた。美香にとっての「燃え上がるような恋」は、彼にとっては単なる「家庭のスパイス」に過ぎなかったのだ。

美香は鏡を見た。そこには、疲れ果て、生気を失った中年女性が写っていた。 かつて「女として扱われたい」と願って踏み出した一歩が、自分をこれほどまでに惨めな場所に連れてくるとは、夢にも思わなかった。

【幕間:美香の独白】
「ねえ、誰か助けて。そう叫びたくなる夜があるわ。でも、私が助けを求められる人は、もうこの世に一人もいないの。友達はみんな離れていったし、親からも縁を切られた。自業自得。その四文字が、心臓を針で刺すように繰り返される。徹さんが昇進したって噂を聞いたわ。皮肉よね。私が彼を支えていたつもりだったのに、私がいなくなった方が、彼は輝いているなんて。私は、彼にとって『お荷物』でしかなかったのかしら……。もう一度、あのご飯の匂いがする家に帰りたい。でも、あそこには私の居場所なんて、もう1ミリも残っていないのよね」
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