瀬能アリサの21歳と消えない刻印 その後の15年――

MisakiNonagase

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第1話:博多の純情、新宿の焦燥

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2011年4月。福岡の名門女子校を卒業した瀬能アリサは、期待と少しの優越感を胸に羽田空港に降り立った。
「東京の大学に行くっちゃもんね」
地元の友人たちに見送られ、博多駅のホームで交わした約束。お洒落なカフェ、代官山のセレクトショップ、そして洗練された都会の恋。18歳のアリサにとって、東京は自分の価値を証明するための巨大なステージに見えた。

入学した都内の私立大学では、すぐに「福岡から来た美少女」として注目を集めた。育ちの良さを感じさせる言葉遣いと、少し勝ち気な瞳。アリサは瞬く間に、華やかなグループの輪に加わった。

しかし、その「輪」を維持するためのコストは、彼女の想像を絶していた。

2013年6月。大学3年生になったアリサは、ワンルームのベッドに突っ伏していた。
手元のスマートフォンには、学生ローンからの催促メールが3件。
「今月分の返済が確認できておりません。至急……」
無機質な文字が、彼女の心臓を鋭く突き刺す。銀行口座の残高は、わずか3000円。来週の家賃すら払えない。

「なんで、こうなっちゃったんだろう……」

仕送りは毎月100,000円。カフェのバイト代が40,000円。学生の一人暮らしとしては、決して悪くない金額だ。しかし、彼女の「東京生活」は、その枠を軽々と飛び越えていた。
SNSにアップするための20,000円のフルコース、フォロワーに見せるための新作のバッグ、そして「充実した毎日」を演出するためのタクシー代。気づけばカードのリボ払いは天井に張り付き、最後に手を出した学生ローンの借入額は500,000円に達していた。

「お父さんには、死んでも言えない」

厳格な父と、教育熱心な母。福岡の実家では、彼女は今も「自慢の娘」のはずだった。
焦燥感に駆られたアリサは、求人サイトを指でなぞる。
『高収入・未経験OK・時給5,000円~』
それは、六本木の高級クラブの募集だった。

夜の世界は、アリサを温かく、そして残酷に迎え入れた。
持ち前のルックスと福岡仕込みの愛嬌で、彼女はすぐに売れっ子になった。月収は200,000円を超え、ようやく一息つけるはずだった。
しかし、一度狂った金銭感覚は、さらなる「上」を求めた。
「周りの子はみんなブランド品を持ってる。私だけ安物じゃ、この店で生き残れない」
稼いだ金は、瞬く間にシャネルのバッグや高級エステへと消えた。借金の元金は一向に減らず、利息だけが雪だるま式に膨らんでいく。

「もっと、手っ取り早く……」

2014年1月。冬の冷たい風が吹く新宿の喫茶店で、彼女はあるスカウトと向き合っていた。
提示されたのは、AV出演の提案だった。
「瀬能さん、一回だけでいいんだ。顔出しの範囲も相談に乗るし、何より一気に1,500,000円。これがあれば、全部リセットできるよ」

『一回限り・高額報酬・秘密厳守』

その甘美な言葉は、窮地に立たされた21歳のアリサにとって、地獄に垂らされた蜘蛛の糸に見えた。
「……これで、終わりにできるなら」
彼女は震える手で、出演同意書にペンを走らせた。

数週間後。スタジオの冷たいライトの下、アリサは文字通り「すべて」を差し出した。
撮影は機械的で、彼女の尊厳など微塵も考慮されない時間だった。約束の報酬は支払われたが、事務所の取り分や経費を差し引かれ、手元に残ったのは借金をようやく返せる程度。

全てを払い終え、自分の部屋に戻ったとき、アリサを襲ったのは解放感ではなかった。
鏡に映る自分。そこには、福岡で未来を夢見ていた少女の面影は、もうどこにもなかった。
「……困った。」
ぽつりと呟いた言葉が、狭い部屋に虚しく響いた。

彼女はまだ知らなかった。この「一度きり」の選択が、デジタルタトゥーという名の呪いとなり、これからの人生を永遠に縛り続けることになるということを。
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