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第1話:サファイア・ブルーの残像
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牧村麗子(旧姓:我妻)の人生において、もっとも純粋な全能感に満ちていたのは、あのサファイア・ブルーの刺繍が施された制服を着ていた6年間だった。
中学受験を意識し始めたのは、小学4年生の冬のことだ。両親から強制されたわけではない。塾の帰り道、駅のホームで見かけた少女たちの姿に、文字通り心を奪われたのだ。伝統校の重々しさとは無縁の、洗練されたチェックのスカートに、都会的なエンブレム付きのブレザー。その制服を纏う彼女たちは、まるで選ばれた者だけが住む世界の住人のように見えた。「私もあの一員になりたい」――その一心で、麗子は自ら机に向かった。
父は中堅企業の課長、母は専業主婦という、絵に描いたような中流家庭だった。一人娘の「第一志望に行きたい」という願いを、両親は手放しで応援してくれた。
ターゲットに定めたのは、いわゆる「女子御三家」のすぐ下に位置する、おしゃれで自由な校風の人気校。必死の勉強の末、合格通知を手にした時のあの高揚感は、今でも肌が覚えている。自分の努力で、望む未来を切り拓いたという確信。それが彼女の人生における最初の「成功体験」だった。
晴れて入学してからの毎日は、期待を裏切らない輝きに満ちていた。
指定のない自由なリュックの肩紐には、お気に入りのぬいぐるみのキーホルダーを1、2個、さりげなく揺らしている。他校の生徒も含め、何個もジャラジャラと付けて主張する女子も多い中、麗子はその「控えめな愛らしさ」が自分のスタイルだと思っていた。
電車内では、膝上数センチに調整したスカートで凛と立ち、周囲の乗客からの視線を「羨望」として受け取った。手に持っているのは英単語帳だが、耳に差し込んだイヤホンからは、当時流行していた韓国や日本のアイドルの曲が流れている。スマホで推しの動画をチェックし、息抜きに漫画を読みながらも、テスト前になれば要領よく平均点以上の成績を維持する。麗子はそんな、器用で現代的な「私立女子校生」の一人だった。
放課後は吹奏楽部の活動に没頭した。金管楽器の華やかな音色が重なる音楽室は、彼女たちの楽園だった。コンクールに向けた練習の合間、友人たちと撮るプリクラや、帰り道に立ち寄るカフェでの他愛もないお喋り。中には他校の男子と付き合う早熟な友人もいたが、麗子にその必要はなかった。女子校特有の、柔らかくて安全で、誰もが自分を肯定してくれるこの世界が、あまりに心地よかったからだ。異性の視線を意識するよりも、同性の友人に「その髪型可愛いね」と褒められることの方が、当時の彼女にとっては重要だった。
成績は学年でも常に真ん中。目立つトップではないが、決して落ちこぼれでもない。
「このまま普通にしていれば、普通以上の幸せが、自動的に約束されている」
そんな根拠のない、けれど揺るぎない確信。高校の卒業式、サファイア・ブルーの制服を脱ぐその瞬間まで、麗子は自分の人生に「影」が差すことなど、1ミリも想像していなかった。校門の前で、親友たちと「一生友達だよ」と笑い合い、春の光に包まれていたあの時。彼女は間違いなく、自分の人生という物語の、輝かしいヒロインだった。
麗子の「ちょうど良さ」を愛する性格が、キーホルダーの数によく表れていますね。やりすぎない、けれど自分らしさを大切にする「お嬢様」の片鱗を感じます。
中学受験を意識し始めたのは、小学4年生の冬のことだ。両親から強制されたわけではない。塾の帰り道、駅のホームで見かけた少女たちの姿に、文字通り心を奪われたのだ。伝統校の重々しさとは無縁の、洗練されたチェックのスカートに、都会的なエンブレム付きのブレザー。その制服を纏う彼女たちは、まるで選ばれた者だけが住む世界の住人のように見えた。「私もあの一員になりたい」――その一心で、麗子は自ら机に向かった。
父は中堅企業の課長、母は専業主婦という、絵に描いたような中流家庭だった。一人娘の「第一志望に行きたい」という願いを、両親は手放しで応援してくれた。
ターゲットに定めたのは、いわゆる「女子御三家」のすぐ下に位置する、おしゃれで自由な校風の人気校。必死の勉強の末、合格通知を手にした時のあの高揚感は、今でも肌が覚えている。自分の努力で、望む未来を切り拓いたという確信。それが彼女の人生における最初の「成功体験」だった。
晴れて入学してからの毎日は、期待を裏切らない輝きに満ちていた。
指定のない自由なリュックの肩紐には、お気に入りのぬいぐるみのキーホルダーを1、2個、さりげなく揺らしている。他校の生徒も含め、何個もジャラジャラと付けて主張する女子も多い中、麗子はその「控えめな愛らしさ」が自分のスタイルだと思っていた。
電車内では、膝上数センチに調整したスカートで凛と立ち、周囲の乗客からの視線を「羨望」として受け取った。手に持っているのは英単語帳だが、耳に差し込んだイヤホンからは、当時流行していた韓国や日本のアイドルの曲が流れている。スマホで推しの動画をチェックし、息抜きに漫画を読みながらも、テスト前になれば要領よく平均点以上の成績を維持する。麗子はそんな、器用で現代的な「私立女子校生」の一人だった。
放課後は吹奏楽部の活動に没頭した。金管楽器の華やかな音色が重なる音楽室は、彼女たちの楽園だった。コンクールに向けた練習の合間、友人たちと撮るプリクラや、帰り道に立ち寄るカフェでの他愛もないお喋り。中には他校の男子と付き合う早熟な友人もいたが、麗子にその必要はなかった。女子校特有の、柔らかくて安全で、誰もが自分を肯定してくれるこの世界が、あまりに心地よかったからだ。異性の視線を意識するよりも、同性の友人に「その髪型可愛いね」と褒められることの方が、当時の彼女にとっては重要だった。
成績は学年でも常に真ん中。目立つトップではないが、決して落ちこぼれでもない。
「このまま普通にしていれば、普通以上の幸せが、自動的に約束されている」
そんな根拠のない、けれど揺るぎない確信。高校の卒業式、サファイア・ブルーの制服を脱ぐその瞬間まで、麗子は自分の人生に「影」が差すことなど、1ミリも想像していなかった。校門の前で、親友たちと「一生友達だよ」と笑い合い、春の光に包まれていたあの時。彼女は間違いなく、自分の人生という物語の、輝かしいヒロインだった。
麗子の「ちょうど良さ」を愛する性格が、キーホルダーの数によく表れていますね。やりすぎない、けれど自分らしさを大切にする「お嬢様」の片鱗を感じます。
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