サレ夫の監獄 ―世間体という名の鎖―

MisakiNonagase

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エピローグ:『仮面夫婦の肖像』

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裁判所、あるいは弁護士事務所の冷たい空気の中で、彼ら「サレ夫」たちは一応の『勝利』を手にする。
​提出された不貞の証拠、録音データ、興信所の報告書。法は、妻とその相手に「慰謝料」という罰を下す。通帳に振り込まれる数十万、あるいは数百万円の数字。書類の上では、彼らは守られ、正義は執行されたはずだった。
​しかし、その金を眺める彼らの背中に、勝利の昂揚感はない。
​「これで、すべて終わったのね」
​そう言い放ち、一円でも安く値切ろうと交渉してきた妻の、あの氷のような瞳。
「金さえ払えばいいんだろ」と、端から自分を対等な男として見ていなかった若者の、あの蔑むような薄笑い。
​それらは、判決文のどこにも記載されない。
​彼らは今日も、誰にも知られることなく、かつての「聖域」へと帰っていく。
自分が必死に守り抜いたはずの、しかし中身が空っぽになったマイホーム。
あるいは、世間体という名の薄い氷の上を、壊れないように慎重に歩き続ける。
​客観的に見れば、彼らは「哀れな姿」そのものだ。
法的に優位に立とうが、家計を支えていようが、一度剥ぎ取られた「男としての誇り」は、金の数字では元に戻らない。妻が自分ではなく、あの若者の肉体に、あの男の言葉に蕩けていたという事実は、彼らの脳髄に深く刻まれた消えない刺青となった。
​「公にならなくて、本当によかった」
​彼らは、深夜の暗いリビングで、あるいは誰もいない通勤電車の中で、そう独白する。
世間からは今も、誠実な夫、有能な部長、優しい父親として見られている。
その「仮面」が剥がれ落ちる恐怖に比べれば、裏切りの毒を毎日少しずつ飲み込み、内側から腐っていくことなど、耐えられると信じ込もうとしているのだ。
​だが、彼らは知っている。
鏡に映る自分の顔が、もはや自分のものではないことを。
一度でも地獄を覗いてしまった男の目には、どんなに輝く朝日も、もう二度と「希望」としては映らない。
​彼らに残されたのは、壊れた人生の破片を、誰にも気づかれないように丁寧に繋ぎ合わせるという、一生続く孤独な作業だけだった。
​不倫の火が消えたあとに残ったのは、焦げ付いた沈黙と、
「知らなければよかった」という、届くことのない祈りの残骸である。
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