5 / 16
第5章:境界線の崩壊
しおりを挟む
その夜から、僕の日常は音を立てて変質していった。
朝、スマートフォンのアラームで目が覚めると、通知画面には母からのLINEが入っていた。
「おはよう。今朝は冷えるから、ちゃんと上着を着ていきなさいね。野菜、明日には届くと思うから」
かつては僕を温めてくれたその言葉が、今は冷酷な皮肉のように思えた。数時間前まで、僕はモニタの中で、男たちに髪を掴まれ、泥を這うような喘ぎ声をあげていた彼女を見ていたのだ。
野菜を段ボールに詰める母の指先と、カメラの前で白目を剥き、微かな泡を吹いていたあの口元。聖域と泥濘(でいねい)が、僕の脳内で恐ろしいほどの速度で混濁していく。
会社に向かう満員電車の中でも、僕は無意識にイヤホンを差し込み、昨夜保存した動画の一部を再生していた。
画面を凝視することはできない。けれど、耳元で響く「彩子」の悲鳴。それは、多くのファンから「神の演技」とまで称賛される、真に迫った絶望の音だった。
「演技」なのか。それとも、母の心の奥底にあった「誰かに壊されたい」という本能の叫びなのか。
昼休み、僕はネット掲示板の「彩子専用スレッド」を覗いた。そこには、母の肉体を品評し、次の新作への期待を寄せる見知らぬ男たちの欲望が渦巻いていた。
「彩子は、蹂躙されるときほど輝く」
「あの涙は、どんな若手女優にも出せない深みがある」
見知らぬ男たちの言葉に、僕は激しい怒りと、それ以上に歪んだ優越感を覚えた。
お前たちが狂喜しているその「最高傑作」は、僕に「元気?」とLINEをくれる僕の母親なんだ。
お前たちが夢中になっているその肌も、声も、涙も、本来は僕だけのものだったはずなんだ。帰宅し、届いたばかりの段ボールを開ける。
中には新聞紙に包まれた大根と、母の馴染み深い筆跡のメモ。僕はその段ボールを床に置いたまま、再びパソコンの電源を入れた。
今夜の作品は、ある「暴行」モノだ。
色の白い母の背中が、冷たい床に押し付けられ、激しい衝撃に波打っている。あまりの壮絶さに、僕は一瞬、動画を止めようとした。母の顔は苦痛に歪み、視線は定まらず、本当に意識が飛んでしまっているのではないかと錯覚させるほど、その生命感は希薄になっていた。
しかし、止めることはできなかった。僕は、その無惨な母の姿を凝視しながら、手にした大根の土の感触を、どこか母の温もりと重ね合わせていた。
息子としての僕が、画面の中の母を助け出したいと泣いている。男としての僕が、画面の中の母をさらに汚したいと吼えている。
「……母さん」
その言葉は、祈りではなく、呪文のように僕の口から漏れた。僕はもう、母を純粋に「お母さん」と呼ぶ資格を失っていた。と同時に、僕は誰よりも深く、母の「女」としての深淵に触れている唯一の人間になったのだ。
射精の瞬間、僕は母に電話をかけそうになった。
「見たよ。全部見たよ」と。けれど、受話器を握る手は震え、結局僕は、ブラウザの履歴を消すことさえ忘れて、暗い部屋で一人、荒い息を吐き続けた。
朝、スマートフォンのアラームで目が覚めると、通知画面には母からのLINEが入っていた。
「おはよう。今朝は冷えるから、ちゃんと上着を着ていきなさいね。野菜、明日には届くと思うから」
かつては僕を温めてくれたその言葉が、今は冷酷な皮肉のように思えた。数時間前まで、僕はモニタの中で、男たちに髪を掴まれ、泥を這うような喘ぎ声をあげていた彼女を見ていたのだ。
野菜を段ボールに詰める母の指先と、カメラの前で白目を剥き、微かな泡を吹いていたあの口元。聖域と泥濘(でいねい)が、僕の脳内で恐ろしいほどの速度で混濁していく。
会社に向かう満員電車の中でも、僕は無意識にイヤホンを差し込み、昨夜保存した動画の一部を再生していた。
画面を凝視することはできない。けれど、耳元で響く「彩子」の悲鳴。それは、多くのファンから「神の演技」とまで称賛される、真に迫った絶望の音だった。
「演技」なのか。それとも、母の心の奥底にあった「誰かに壊されたい」という本能の叫びなのか。
昼休み、僕はネット掲示板の「彩子専用スレッド」を覗いた。そこには、母の肉体を品評し、次の新作への期待を寄せる見知らぬ男たちの欲望が渦巻いていた。
「彩子は、蹂躙されるときほど輝く」
「あの涙は、どんな若手女優にも出せない深みがある」
見知らぬ男たちの言葉に、僕は激しい怒りと、それ以上に歪んだ優越感を覚えた。
お前たちが狂喜しているその「最高傑作」は、僕に「元気?」とLINEをくれる僕の母親なんだ。
お前たちが夢中になっているその肌も、声も、涙も、本来は僕だけのものだったはずなんだ。帰宅し、届いたばかりの段ボールを開ける。
中には新聞紙に包まれた大根と、母の馴染み深い筆跡のメモ。僕はその段ボールを床に置いたまま、再びパソコンの電源を入れた。
今夜の作品は、ある「暴行」モノだ。
色の白い母の背中が、冷たい床に押し付けられ、激しい衝撃に波打っている。あまりの壮絶さに、僕は一瞬、動画を止めようとした。母の顔は苦痛に歪み、視線は定まらず、本当に意識が飛んでしまっているのではないかと錯覚させるほど、その生命感は希薄になっていた。
しかし、止めることはできなかった。僕は、その無惨な母の姿を凝視しながら、手にした大根の土の感触を、どこか母の温もりと重ね合わせていた。
息子としての僕が、画面の中の母を助け出したいと泣いている。男としての僕が、画面の中の母をさらに汚したいと吼えている。
「……母さん」
その言葉は、祈りではなく、呪文のように僕の口から漏れた。僕はもう、母を純粋に「お母さん」と呼ぶ資格を失っていた。と同時に、僕は誰よりも深く、母の「女」としての深淵に触れている唯一の人間になったのだ。
射精の瞬間、僕は母に電話をかけそうになった。
「見たよ。全部見たよ」と。けれど、受話器を握る手は震え、結局僕は、ブラウザの履歴を消すことさえ忘れて、暗い部屋で一人、荒い息を吐き続けた。
0
あなたにおすすめの小説
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。
その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。
全15話を予定
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる