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第11章:夕映えの残熱
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送信完了のダイアログが表示されると同時に、隼人さんは深く背もたれに体を預けた。
公園を包んでいた眩しい日差しは、いつの間にか、すべてをオレンジ色に染め上げる柔らかな夕景に変わっている。
「……終わった。山﨑さん、君がいなかったら、俺は今頃パニックで自滅していたよ」
「いえ……僕はただ、影を作って、数字を読み上げただけですから」
僕が広げていた上着を下ろすと、少しだけ冷えてきた夕風が二人の間を通り抜けた。
けれど、繋いでいた手の熱だけが、いつまでもそこに残っているような気がして、僕は慌てて視線を落とした。
「……智之」
再び、名前で呼ばれる。
さっきの緊急事態の時とは違う、少し低くて、甘えるような響き。
彼はベンチに腕を置き、僕の方へと体を向けた。
「さっき、君が言っただろう。『自分は低スペックだ』って」
「……はい。実際、そうですし」
「そんなこと、二度と言わないでくれ。俺が憧れた、この地下室の静かな強さを……君自身が否定するのは、悲しすぎる」
隼人さんの瞳には、沈みゆく夕日が反射して、まるで小さな炎が灯っているように見えた。
彼はゆっくりと手を伸ばし、僕の頬に触れた。
仕事で見せる冷徹な指先とは違う、熱くて、少しだけ震えている指。
「俺は……二十二階で戦うために、いろんなものを捨ててきた。でも、今日君と一緒にこのベンチで作業をして、初めて分かったんだ。俺が本当に求めていたのは、数字の結果じゃない」
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
夕闇が迫る公園の片隅。
カラスの鳴き声も、遠くの道路を走る車の音も、すべてが遠い世界の出来事のように感じられる。
「……君の隣にいる、この温度だ」
鼻先が触れそうな距離で、彼は動きを止めた。
拒絶されるのを恐れているような、あるいは、この大切な瞬間を壊したくないと自制しているような、そんな「隙」だらけの表情。
僕の心臓は、壊れそうなくらい激しく打っていた。
いつもなら「僕なんて」と逃げ出していたはずなのに。
今はこの熱を、彼が求めてくれるこの瞬間を、失いたくないと強く願ってしまった。
僕は逃げずに、彼のコートの袖をぎゅっと握りしめる。
それが、僕なりの精一杯の答えだった。
唇が触れ合う直前、彼は「……ありがとう」と掠れた声で囁いた。
結局、その日はそれ以上、何もなかった。
けれど、駅までの帰り道、どちらからともなく繋いだ手は、一度も離れることはなかった。
公園を包んでいた眩しい日差しは、いつの間にか、すべてをオレンジ色に染め上げる柔らかな夕景に変わっている。
「……終わった。山﨑さん、君がいなかったら、俺は今頃パニックで自滅していたよ」
「いえ……僕はただ、影を作って、数字を読み上げただけですから」
僕が広げていた上着を下ろすと、少しだけ冷えてきた夕風が二人の間を通り抜けた。
けれど、繋いでいた手の熱だけが、いつまでもそこに残っているような気がして、僕は慌てて視線を落とした。
「……智之」
再び、名前で呼ばれる。
さっきの緊急事態の時とは違う、少し低くて、甘えるような響き。
彼はベンチに腕を置き、僕の方へと体を向けた。
「さっき、君が言っただろう。『自分は低スペックだ』って」
「……はい。実際、そうですし」
「そんなこと、二度と言わないでくれ。俺が憧れた、この地下室の静かな強さを……君自身が否定するのは、悲しすぎる」
隼人さんの瞳には、沈みゆく夕日が反射して、まるで小さな炎が灯っているように見えた。
彼はゆっくりと手を伸ばし、僕の頬に触れた。
仕事で見せる冷徹な指先とは違う、熱くて、少しだけ震えている指。
「俺は……二十二階で戦うために、いろんなものを捨ててきた。でも、今日君と一緒にこのベンチで作業をして、初めて分かったんだ。俺が本当に求めていたのは、数字の結果じゃない」
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
夕闇が迫る公園の片隅。
カラスの鳴き声も、遠くの道路を走る車の音も、すべてが遠い世界の出来事のように感じられる。
「……君の隣にいる、この温度だ」
鼻先が触れそうな距離で、彼は動きを止めた。
拒絶されるのを恐れているような、あるいは、この大切な瞬間を壊したくないと自制しているような、そんな「隙」だらけの表情。
僕の心臓は、壊れそうなくらい激しく打っていた。
いつもなら「僕なんて」と逃げ出していたはずなのに。
今はこの熱を、彼が求めてくれるこの瞬間を、失いたくないと強く願ってしまった。
僕は逃げずに、彼のコートの袖をぎゅっと握りしめる。
それが、僕なりの精一杯の答えだった。
唇が触れ合う直前、彼は「……ありがとう」と掠れた声で囁いた。
結局、その日はそれ以上、何もなかった。
けれど、駅までの帰り道、どちらからともなく繋いだ手は、一度も離れることはなかった。
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