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第21章:完璧なエースの綻び
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地下一階での「あの午後」以来、僕たちの世界は熱を帯びたまま、危うい均衡を保っていた。
隼人さんは以前にも増して、頻繁にメール室へ姿を見せるようになった。
一日に何度も届く「急ぎではない」郵便物の確認。
僕が淹れる「安物コーヒー」を飲むためだけの、数分間の滞在。
けれど、そんな変化に気づかないほど、二十二階の人々は鈍感ではなかった。
「……風巻さん。先ほどからお探ししていたのですが、また地下一階(した)ですか?」
隼人が執務室に戻ると、そこには彼のアシスタント、佐伯(さえき)が冷ややかな視線で立っていた。
佐伯は隼人より数歳若く、その実務能力の高さから「エースの右腕」と呼ばれている男だ。彼は常に無機質な眼鏡の奥から、隼人のスケジュールを完璧に管理している。
「ああ、郵便物の件で少しな。……何か問題か?」
「問題、というほどではありませんが。今週だけで八回目です。重要書類の受け渡しなら、メール便のスタッフをこちらに呼べば済む話では?」
佐伯の言葉は正論だった。隼人の眉が、微かにぴくりと動く。
「……わざわざ来てもらうほどのことでもない。気分転換も兼ねているんだ」
「気分転換、ですか。以前の風巻さんなら、その数分を削ってでもプレゼン資料のブラッシュアップに充てていたはずですが」
佐伯は手元のタブレットを操作しながら、感情の読めない声で続けた。
「最近、少し『綻び』が見えます。……あの地下一階に、それほど価値のある何かが存在するのですか?」
隼人は答えなかった。
けれど、佐伯の鋭い視線は、隼人の襟元――智之が触れた際にわずかに乱れたままのネクタイ――を、確実に見逃してはいなかった。
一方、何も知らない智之は、地下一階の静寂の中で、隼人から届いたばかりのメッセージを眺めていた。
『今夜、少しだけ時間を作れるだろうか』
その幸せな文字の裏で、二十二階から静かに伸びてくる「疑惑の影」に、彼はまだ気づいていなかった。
隼人さんは以前にも増して、頻繁にメール室へ姿を見せるようになった。
一日に何度も届く「急ぎではない」郵便物の確認。
僕が淹れる「安物コーヒー」を飲むためだけの、数分間の滞在。
けれど、そんな変化に気づかないほど、二十二階の人々は鈍感ではなかった。
「……風巻さん。先ほどからお探ししていたのですが、また地下一階(した)ですか?」
隼人が執務室に戻ると、そこには彼のアシスタント、佐伯(さえき)が冷ややかな視線で立っていた。
佐伯は隼人より数歳若く、その実務能力の高さから「エースの右腕」と呼ばれている男だ。彼は常に無機質な眼鏡の奥から、隼人のスケジュールを完璧に管理している。
「ああ、郵便物の件で少しな。……何か問題か?」
「問題、というほどではありませんが。今週だけで八回目です。重要書類の受け渡しなら、メール便のスタッフをこちらに呼べば済む話では?」
佐伯の言葉は正論だった。隼人の眉が、微かにぴくりと動く。
「……わざわざ来てもらうほどのことでもない。気分転換も兼ねているんだ」
「気分転換、ですか。以前の風巻さんなら、その数分を削ってでもプレゼン資料のブラッシュアップに充てていたはずですが」
佐伯は手元のタブレットを操作しながら、感情の読めない声で続けた。
「最近、少し『綻び』が見えます。……あの地下一階に、それほど価値のある何かが存在するのですか?」
隼人は答えなかった。
けれど、佐伯の鋭い視線は、隼人の襟元――智之が触れた際にわずかに乱れたままのネクタイ――を、確実に見逃してはいなかった。
一方、何も知らない智之は、地下一階の静寂の中で、隼人から届いたばかりのメッセージを眺めていた。
『今夜、少しだけ時間を作れるだろうか』
その幸せな文字の裏で、二十二階から静かに伸びてくる「疑惑の影」に、彼はまだ気づいていなかった。
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