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【本文】母の寛容な優しさに気づいたとき
颯真(そうま)は、高校2年生の夏休みが終わりに近づいた午後、自分の部屋で机に向かっていた。指定校推薦を狙うための定期テスト対策と並行して進める受験勉強の計画表を見つめながら、ふと手が止まった。
窓の外からは、ブラスバンド部の練習で慣れ親しんだトランペットの音色が、かすかに風に乗って聞こえてくる。彼も、彼女の彩花も、その音色を奏でる部員の1人だ。
付き合って10ヶ月。この夏、二人は初めての関係を持った。それはお互いにとって初めての経験で、緊張と戸惑い、そしてどこか神聖な感覚が入り混じっていた。行為が終わり、ベッドの上で息を整えながら、颯真はふと彩花のそばに丸めて置かれた下着に目をやった。
白いレースが優雅に折り畳まれ、彼女の体温とかすかな香りを留めているようだった。その瞬間、彼の胸を、遠い記憶が鋭く突き刺した。
その記憶とは中学2年生の頃。
家族は父、母、2歳上の兄、そして颯真の4人。母は専業主婦で、家事をきちんとこなす人だった。洗濯物は天気の良い日には必ずバルコニーに干され、夕方には室内に取り込まれる。ある雨が降りそうな午後、家族が皆出かけていて、家に颯真一人きりになった時、母から「洗濯物しまっといて」とLINEが届いた。
バルコニーに出ると、洗濯物が風に揺れていた。単品のハンガー類を先に取り込んだ。そのあと、ピンチハンガーを手に取ると、ひときわ目を引くものがあった。父と兄と僕の下着や靴下の内側に慎ましく干されている母の下着。
淡いピンクのパンティーに目が釘付けになった。周りに誰もいないことを確認し、彼は恐る恐る指を伸ばした。布地の感触は、予想以上に柔らかく、滑らかだった。胸に込み上げる罪悪感と、それに混ざる得体の知れない興奮。彼は慌てて手を引っ込め、洗濯物を急いで室内に運び込んだ。
しかし、その感触は忘れられなかった。それからというもの、家族が留守になる時間を、彼はどこかで待ち望むようになった。バルコニーで母の下着に触れる行為は、次第に習慣化していった。やがて、それは室内へと舞台を移す。両親の寝室のタンス。母は下着をきちんと畳んで、一番下の引き出しに収納していた。
色は白、ベージュ、淡いブルー、時折見えるブラック。種類も、シンプルなものからレースのあしらわれたものまで。タンスからそっと取り出し、自分の部屋に持ち込んだ。布地を顔に押し当て、かすかに残る柔軟剤の香り、そして母の体の形をほのかに留めた感触に、想像は限りなく膨らんだ。
行為はエスカレートした。母が入浴前に脱いだ下着が入った洗濯籠。脱ぎたては、彼女のかすかな体温と、彼女だけの匂いが染み込んでいた。時には、ほんのりとしたシミの痕も目につき、それは彼に更なる妄想を駆り立てた。
自室に持ち込んだ下着を口に当て、布地を舌で舐めることさえあった。そして翌朝、母が洗濯を始める前に、そっと籠に戻す。元の場所に、元通りに。彼は必死で記憶を頼りに同じように戻したつもりだった。
今、17の颯真が振り返ると、あの頃の自分は「必死」すぎて、周りが見えていなかった。頭の中は罪悪感と興奮でいっぱいで、冷静さなどみじんもなかった。
けれど、今ならわかる。
タンスに戻すときの畳み方。半年、いやそれ以上続けた行為の中で、完璧に元通りにできた日が果たしてあっただろうか。母の几帳面な性格を知る彼には、不自然な皺や乱れがあれば、すぐに気づかれたに違いない。
洗濯籠に戻し忘れ、翌日の夜に慌てて籠の一番底に押し込んだこともあった。「取り忘れ」を装ったつもりだったが、そんなことが何度も起こるはずがない。
「…気づいてたよな、絶対」
部屋で独り呟く。頬が熱くなり、小恥ずかしさで身もだえるような気持ちになった。
同時に、重苦しい疑問が頭をよぎる。
なぜ、母は何も言わなかったのか。
もし、あの時、「颯真、これ、あなたでしょ」と一言でも問い詰められていたら。もし、父や兄に知られていたら。彼は立ち直れないほどの羞恥と自己嫌悪に押しつぶされ、家族の前で顔を上げられなくなっていたかもしれない。
でも、何もなかった。日常はいつも通り流れ、母の態度に変化は微塵も感じられなかった。父や兄から何か言われることも一度もなかった。
つまり、母は誰にも相談をせず、たった一人で、この事実を胸にしまい込んでいたのかもしれない。
実の息子が自分の下着を盗み見、触り、時に持ち出している。逆の立場なら、それは事件と言っていい。恐怖や嫌悪を感じてもおかしくない。それなのに、母は声を上げなかった。
颯真は思う。母は、思春期の息子の「異常」な行為よりも、その行為が露見することによって彼が被る傷や、家族の崩壊を恐れたのではないか。彼女はきっと、相当悩んだはずだ。誰にも言えず、一人でもんもんとした夜を過ごしたに違いない。そして、「黙って見過ごす」という、最も孤独で、最も忍耐を要する選択をした。
「様子を見る」。それは、彼が自らその行為をやめ、正常な道に戻るのを、ひたすら待つということだった。
そして今、颯真はここにいる。彩花という大切な人がいて、彼女との関係の中で、自然な形で性と向き合っている。かつての歪んだ好奇心は、今ではただの恥ずかしい過去の断片でしかない。
彼がこうして、前を向いて日々を頑張っていられるのは、あの時、母が彼を「裁かなかった」からだ。母の、言葉にならない寛容さが、彼を破綻から救い、時間を与えてくれた。
机の上のスマートフォンが振動した。彩花からのメッセージだった。「明日、練習後に図書館行かない?推薦のことで相談したいことあるんだ」
彼はほっとして、微笑んだ。そして、心の中で静かに呟いた。
『お母さん、ありがとう』
口に出して伝えることは、おそらく永遠にできない。あのことを二人で話題にすることも、まずないだろう。それは、二人の間に横たわる、言葉にしない約束のようなものだ。
しかし、感謝の気持ちだけは、本当だ。彼はその気持ちを胸に刻み、母が彼に与えてくれた「沈黙の救済」を、これからの自分の生き方で少しずつ報いていきたいと思った。優しさとは、時に何も言わないことで成り立つこともある。彼は、母からそのことを教わったのだ。
窓の外、トランペットの音色がまた一つ、澄んだ旋律を奏でて消えていった。
窓の外からは、ブラスバンド部の練習で慣れ親しんだトランペットの音色が、かすかに風に乗って聞こえてくる。彼も、彼女の彩花も、その音色を奏でる部員の1人だ。
付き合って10ヶ月。この夏、二人は初めての関係を持った。それはお互いにとって初めての経験で、緊張と戸惑い、そしてどこか神聖な感覚が入り混じっていた。行為が終わり、ベッドの上で息を整えながら、颯真はふと彩花のそばに丸めて置かれた下着に目をやった。
白いレースが優雅に折り畳まれ、彼女の体温とかすかな香りを留めているようだった。その瞬間、彼の胸を、遠い記憶が鋭く突き刺した。
その記憶とは中学2年生の頃。
家族は父、母、2歳上の兄、そして颯真の4人。母は専業主婦で、家事をきちんとこなす人だった。洗濯物は天気の良い日には必ずバルコニーに干され、夕方には室内に取り込まれる。ある雨が降りそうな午後、家族が皆出かけていて、家に颯真一人きりになった時、母から「洗濯物しまっといて」とLINEが届いた。
バルコニーに出ると、洗濯物が風に揺れていた。単品のハンガー類を先に取り込んだ。そのあと、ピンチハンガーを手に取ると、ひときわ目を引くものがあった。父と兄と僕の下着や靴下の内側に慎ましく干されている母の下着。
淡いピンクのパンティーに目が釘付けになった。周りに誰もいないことを確認し、彼は恐る恐る指を伸ばした。布地の感触は、予想以上に柔らかく、滑らかだった。胸に込み上げる罪悪感と、それに混ざる得体の知れない興奮。彼は慌てて手を引っ込め、洗濯物を急いで室内に運び込んだ。
しかし、その感触は忘れられなかった。それからというもの、家族が留守になる時間を、彼はどこかで待ち望むようになった。バルコニーで母の下着に触れる行為は、次第に習慣化していった。やがて、それは室内へと舞台を移す。両親の寝室のタンス。母は下着をきちんと畳んで、一番下の引き出しに収納していた。
色は白、ベージュ、淡いブルー、時折見えるブラック。種類も、シンプルなものからレースのあしらわれたものまで。タンスからそっと取り出し、自分の部屋に持ち込んだ。布地を顔に押し当て、かすかに残る柔軟剤の香り、そして母の体の形をほのかに留めた感触に、想像は限りなく膨らんだ。
行為はエスカレートした。母が入浴前に脱いだ下着が入った洗濯籠。脱ぎたては、彼女のかすかな体温と、彼女だけの匂いが染み込んでいた。時には、ほんのりとしたシミの痕も目につき、それは彼に更なる妄想を駆り立てた。
自室に持ち込んだ下着を口に当て、布地を舌で舐めることさえあった。そして翌朝、母が洗濯を始める前に、そっと籠に戻す。元の場所に、元通りに。彼は必死で記憶を頼りに同じように戻したつもりだった。
今、17の颯真が振り返ると、あの頃の自分は「必死」すぎて、周りが見えていなかった。頭の中は罪悪感と興奮でいっぱいで、冷静さなどみじんもなかった。
けれど、今ならわかる。
タンスに戻すときの畳み方。半年、いやそれ以上続けた行為の中で、完璧に元通りにできた日が果たしてあっただろうか。母の几帳面な性格を知る彼には、不自然な皺や乱れがあれば、すぐに気づかれたに違いない。
洗濯籠に戻し忘れ、翌日の夜に慌てて籠の一番底に押し込んだこともあった。「取り忘れ」を装ったつもりだったが、そんなことが何度も起こるはずがない。
「…気づいてたよな、絶対」
部屋で独り呟く。頬が熱くなり、小恥ずかしさで身もだえるような気持ちになった。
同時に、重苦しい疑問が頭をよぎる。
なぜ、母は何も言わなかったのか。
もし、あの時、「颯真、これ、あなたでしょ」と一言でも問い詰められていたら。もし、父や兄に知られていたら。彼は立ち直れないほどの羞恥と自己嫌悪に押しつぶされ、家族の前で顔を上げられなくなっていたかもしれない。
でも、何もなかった。日常はいつも通り流れ、母の態度に変化は微塵も感じられなかった。父や兄から何か言われることも一度もなかった。
つまり、母は誰にも相談をせず、たった一人で、この事実を胸にしまい込んでいたのかもしれない。
実の息子が自分の下着を盗み見、触り、時に持ち出している。逆の立場なら、それは事件と言っていい。恐怖や嫌悪を感じてもおかしくない。それなのに、母は声を上げなかった。
颯真は思う。母は、思春期の息子の「異常」な行為よりも、その行為が露見することによって彼が被る傷や、家族の崩壊を恐れたのではないか。彼女はきっと、相当悩んだはずだ。誰にも言えず、一人でもんもんとした夜を過ごしたに違いない。そして、「黙って見過ごす」という、最も孤独で、最も忍耐を要する選択をした。
「様子を見る」。それは、彼が自らその行為をやめ、正常な道に戻るのを、ひたすら待つということだった。
そして今、颯真はここにいる。彩花という大切な人がいて、彼女との関係の中で、自然な形で性と向き合っている。かつての歪んだ好奇心は、今ではただの恥ずかしい過去の断片でしかない。
彼がこうして、前を向いて日々を頑張っていられるのは、あの時、母が彼を「裁かなかった」からだ。母の、言葉にならない寛容さが、彼を破綻から救い、時間を与えてくれた。
机の上のスマートフォンが振動した。彩花からのメッセージだった。「明日、練習後に図書館行かない?推薦のことで相談したいことあるんだ」
彼はほっとして、微笑んだ。そして、心の中で静かに呟いた。
『お母さん、ありがとう』
口に出して伝えることは、おそらく永遠にできない。あのことを二人で話題にすることも、まずないだろう。それは、二人の間に横たわる、言葉にしない約束のようなものだ。
しかし、感謝の気持ちだけは、本当だ。彼はその気持ちを胸に刻み、母が彼に与えてくれた「沈黙の救済」を、これからの自分の生き方で少しずつ報いていきたいと思った。優しさとは、時に何も言わないことで成り立つこともある。彼は、母からそのことを教わったのだ。
窓の外、トランペットの音色がまた一つ、澄んだ旋律を奏でて消えていった。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。