La Roue de Fortune〜秘蜜の味〜

深緋莉楓

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第2話 揶揄と侮蔑と埃

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 間違いが起きないように。を大前提として高校からはバース検査の結果によってクラスが分けられる。
 性に疎かった……まだまだ子供の中学生では思いつきもしない非道なことを為し得てしまえるだけの成人とほぼ変わらぬ腕力とフェロモン発動が可能になる高校生は、肩書きだけは学生でその実成人となんら変わらなかった。
 無理やりであろうと、ネックガードのせいで番うことはできなくとも想い余って意中のオメガを犯すこともあれば、自身の性欲のはけ口にヒート云々関係なくオメガをオモチャとして犯す者が残念ながら依然として存在しているのが現実であり、そんな阿呆あほうどもの中にはベータも含まれている、ということだ。

 周りが全て敵に見えるほど、オメガは大小問わず嫌な思いを積み重ねて生きていると言っても過言ではないだろう。だからこそクラスを分け徹底した性教育の元、バース性を問わずに安心安全な学園生活をと謳う中高一貫の学校へと菅原兄弟は進学したはずった。

「なぁ、お前が一年の菅原律?」
「は?」
「いやぁ、弟から聞いてんよ? オメガのくせに毎回毎回テストはトップなんだって? 兄貴としては秘訣が聞きたいわけよ」

 明かに高校生ではない大柄の金髪男に馴れ馴れしく声をかけられて、律は困惑を隠しもせずに眉根を寄せた。

「秘訣って言われても……予習復習、あとは塾くらいですよ」
「へぇ? その塾、どこ? オニーサン詳しく聞きたいなぁ?」
「いや、だから……」
「お前、オベンキョできても頭の回転悪りぃの? アルファの俺が話聞かせろって言ってんだから素直にハイっつってついて来いや、オメガのくせに」
「ちょっ……」

 無遠慮に手首を鷲掴みにされ、校舎裏の方へと連行される律をその場で助けようとする者は誰もいなかった。ネックガードをしている者は誰もいない。この場にいるのは全員がアルファとベータだった。
 ある者は目を逸らし、ある者はその場から離れて行く。その様子を見て、律はそっと諦観の溜め息をついた。

 引きずられ、蹴り込まれた先は普段は使用されていない古い用具倉庫だった。
 二度と使われることのない飛び箱にぶつかると細かな埃が舞い上がり、思わず律は袖で口元を押さえ数回の瞬きをした。埃がキラキラと西陽を受けて煌めく。その絵面だけはどうにか美しいと思うことができたが、いかんせん淀んだ空気とえた匂いには耐えられそうになかった。

「……アンタ、誰? 誰の兄貴?」
「あ? 急に偉そうになりやがって。何? さっきまでは猫被ってたワケ? ってか、ネコだよなぁ? フェロモンまき散らしてケツ振ってアルファ誘う下等動物だもんなぁ? おーい、連れてきたぜ、準備できてっか?」
「おっせーよ! お、なかなかのお綺麗くんじゃん」
「お前の弟、本当にアルファかよ? なんでこんなオメガに勝てねぇワケ?」
「オメガのくせにアルファの上行くとかさー、アレじゃね? 教えて先生課外授業~とかなんとか言って、先公にまたがって腰振ってんじゃね?」

 突然現れた男達が好き勝手に罵ってゲラゲラと品のない言葉を浴びせてゆく。
 律は慌てるでもなく一人一人の顔を見つめ、六人の特徴を脳に刻み込んでいった──金髪にブランド物のシルバーのピアス。特徴的な髪型の赤毛。黒髪の二人は武術でもやっていそうなガタイの良さだ。あれこれと指示を出されて動いている律とはあまり目を合わせない、いかにもマジメそうな男はアルファではなさそうだ。金髪と一緒になってバカにしてくる男は品のない言葉がよく似合う軽薄そうなニヤケ面で色の薄いサングラスをかけていた。
 
「えー? さすがに処女でしょー? でないと良い画が撮れないじゃん。なぁ、お前処女だよな?」
「さっきから何を好き勝手に言ってるんだか。名前も名乗らないなんて、マトモな教育受けていないんですか?」
「は? お前、俺のこと知らねぇのかよ?」
「知らない。アンタも、ここにいるアルファっぽい連中も知らない」

 毅然として言い切った律を男達が何やら作業をしつつ嘲笑う。

「そっか、そっか、知らねぇか。俺もまだまだ駆け出しだしなぁ……ま、いいや。お前今からその知らねぇアルファっぽいのに輪姦マワされるわけ。ご愁傷様」
「は?」

 金髪の男がうっそりと薄い唇の端を持ち上げた。その金髪の肩に手を置いたサングラスの男が律の嫌悪感いっぱいの一言を無視して唾を飛ばす。

「良いねぇ、ちょっと焦ってきた? 本番始まったら泣き叫んでくれよな! ウブな反応が王道っていうかウケが良いんだわ。泣いて嫌がって暴れて、それでもアルファに屈服する美形のオメガ。お前、綺麗な顔してるから高値つくと思うぜ。オネダリとかしゃぶったりしてくれたら最高なんだけど、初めてでそこまでは期待してねぇからさ。上手にオネダリできるようになるまで可愛がってやるし、そしたら続編作ろうぜ? まぁ、ちょっとくらいならお前にも小遣いやるからさ」

 ジュースを買いに行ってくれたら釣りはやるよ。その程度の声音で語られるずいぶんとエグい内容から律は男達が初犯ではないことを悟る。

「同意のない性交渉はバース性関係なく犯罪だろ。許されることじゃない」
「だいじょぶ、だいじょぶ。オメガの発情に狂わされたって言えば大した問題じゃないし。ネックガードしてんだから番にはならねぇし、そっちだってピル持ってんだろ? 最悪訴えられても俺の親父、警察署長なんだよねー! コネは山ほど。アルファはアルファがちゃあんと守ってくれるありがたい世界なワケ。ご心配ありがとよ。ほら、さっさと始めんぞ」
「やっとかよー。早くその綺麗な顔にぶっかけたいんだけど!」

 固定のカメラが正面に一台。おそらく仕掛けられたカメラは他にも数台あるだろうと律は思う。奥には唯一の出入口を塞ぐように黒髪の男が二人。既にベルトに手をかけているあたり、この二人も悪趣味を通り越した犯罪記録の参加者のようだ。

「寄るな」

 服を剥ごうと伸びてくる手が気持ち悪い。悪事を働いているという認識が欠如したニヤけ面に吐き気すら感じ、律ははっきりと拒絶した。

「うるせぇよ、オメガのくせに。僕なんかを相手に選んでくださってありがとうございます、だろ? お前が駄々こねるなら今日は弟の方でも良いんだぜ?」
「今日?」
「お前ら二人とも邪魔なんだってよ。オメガのくせにアルファの上に立つんじゃねぇよ。そのうち兄弟共演させてやっから楽しみにしとけや。美形の双子奴隷とか、マジでオークションとかできるんじゃね? ……へへ、ほら、そろそろだろ? ひざまずけ! とっとと発情しろ! この淫乱の首輪付き!」

 狭い倉庫の中に、男達から放たれたフェロモンがすごい勢いで広まってゆく。
 耐性がなければ間違いなく失神してしまうほどの濃いフェロモンが一気に律にまとわりついた。

下衆ゲスどもが……!」

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