月の瞳に囚われて

深緋莉楓

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第38話 【番外編】大晦日 中

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 何もしておらん、と頭を掻く神様にそれでもありがとうございますと頭を下げるルナに倣ってもう一度頭を下げると

「おい、紅白! この二人、やめさせてくれっ! 本当に何もしておらん……罪悪感が沸くじゃろが!」

 と悲鳴をあげた。
 白虎はそんな神様に、ふむ、と唸ると

「何もしていない。のに、先を見届ける権利がある。と? 貴方、やっぱり寂しかっただけでしょう!?」

 と唇を尖らせて詰め寄って、神様はタジタジと朱雀の背に隠れた。

「っいや、した! なぁ深海よ? お主、大病も大事故もしたことなかろう?」
「ないです」
「ほれ!」
「病気も怪我もですか? 本当に?」

 ずいっと顔を寄せた白虎の勢いに頷く。

「そ、そりゃ風邪ひいたり、こけたり? そういうのはあったけど……大怪我なんてしたことないよ」
「ほれ! 聞いたか? しろの」

 朱雀の背後から顔だけ突き出した神様の様子にルナが吹き出して、胡散臭そうな視線を神様に向けている白虎の袖を引いた。

「あんまり神様をいじめないで?」
「いじめてなんていませんよ? 私はね、この神様の言ったことの確認をしているだけです。神様が嘘をついたなら、それは大問題ですよね?」
「はぁあぁー、べにの……助けてくれ。これじゃあ年の終わりに胃が痛うなるわい。せっかく再会を果たせたというのに……」
「ま、確かに、違いねえ……おい、那智」

 スタスタと白虎に歩み寄った朱雀が人目もはばからず白虎を抱きしめた。

「深海もああ言ってる。せっかくの年越しだ、楽しくやろう? それにお前、なんのかんのと、本当はこっちに来れて楽しいんだろ?」
「う、あ……」
和子わこや深海と一緒だぞ? 何よりお前と一緒だ。お前と一緒に人の世の年越しを体験できるなんて、俺は嬉しくてたまんねぇ。お前はどうだ?」
「……燐はなんでもお見通し、ですか……」
「いや。お前のことしか解んねぇ」

 甘い言葉にぽうっと頬を染めた白虎に優しく微笑む朱雀が重ねるだけのキスをして、誰にも白虎の顔を見せないように、そっと胸に抱き込んだ。

「ほぅ……あっさりと丸め込みおっ……」

 余計な一言が終わらぬ内に、それを白虎が耳にしないように、俺が神様の両手を掴み、驚いた神様の口にルナが小さなミカンを皮ごと突っ込んだ。

「むごーっ……お主らも息ぴったりじゃの……せめて皮は剥いて欲しかったのぅ……美味いからまぁ良いわ……」

 もしゃもしゃとミカンを食べつつ、社の中で抱き合う二人を慈愛の眼差しで見つめる神様からはとても柔らかな光が見えた。

「抱きうとらんと、さっさと深海の家に行ってやれ。今夜ばかりはいつも以上に人が来るでな……それまでは寝かせてもらうとしよう。和子殿や、もう一つミカンをくれんか?」
「どうぞ! いっぱい持って来たから……えっと、神様はリンゴも好き? 桃もあるよ! あとね……」

 袋に頭を突っ込んで、次々と果物を出すルナの頭を撫でた神様がもう良いよ、とルナを止めた。

「充分じゃ。リンゴと桃をもらおう。欲張り過ぎてせっかくの無何有郷の実りを悪うしてはバチが当たる」
「でも……じゃあ、あとコレだけ! 深海も郷で初めて食べたって言ってた」
「ほぉ! これは珍しい」

 しっかりと熟したアケビの実を神様の手に乗せて、ふにゃっと笑ったルナに神様がありがとうとルナの頬に接吻くちづけた。

「妬くなよ? 深海。これは……」
「最上級の感謝の意、でしょう?」

 妬く必要のないキスくらい俺にだって解るし、ルナは既に俺の傍に戻って、腰に腕を回している。

「神様、行ってきます」
「気を付けてな。やしろを出れば真冬の寒さよ」

 深い雪にぼくぼくと足を取られ、すっかり着物の足元はずぶ濡れだ。
 それでもルナは楽しそうにジャンプしたり、サラサラの雪を朱雀や白虎にかけられて笑っている。
 朱雀と白虎にやり返すのはやめようと約束していたから、当然ルナの狙いは俺で。これで俺までルナに雪をかけたら多勢に無勢でルナが拗ねてしまう。
 だから俺は離れてはしゃいでいるルナの手をひっ掴んで、歩調を合わせた。

「一緒に雪まみれになってよ」
「うはは、深海真っ白だ!」

 一番雪をかけてくれたのは俺を指さして笑うルナだけどな。

「あ! 見えた! あの家だよ」

 周りを田んぼに囲まれて、窓からほんのりと灯りを漏らしているよくある田舎の平屋の一軒家。
 軒下には干し柿や沢庵が吊るしてあるだろう。

「深海……もし、もしおじいさんとおばあさん以外に人がいたら……」

 せっかく二人が隠し通してくれた努力が水の泡になる。

「大丈夫、和子。私と朱雀が先に行って様子を見て来ますから、お二人は私達の後ろにしゃがんで隠れていてください」
「そうだな。玄関はここだな?」

 インターフォンが鳴って、しばらくして玄関の鍵を開ける音がした。

「どちらさんだね……え? こ、紅白の神様!?」

 素っ頓狂にひっくり返った懐かしいじいちゃんの声に頬が緩む。それに気付いたルナが、きゅっと握った手に力を入れて、俺を見て微笑んだ。

「お久しぶりです、おじい様。ご連絡も差し上げずにいきなり申し訳ございません」
「あ、あの……」
「今日明日、来客はありますか?」
「ありません! ばあさんと二人です! あの……?」

 それを聞いた朱雀が俺の前から移動して、じいちゃんとマヌケな形で見つめ合うことになった。
 はわっはわっと腰を抜かさんばかりのじいちゃんの肩を朱雀がそっと支えた。

「約束……守ってくださったのでしょう? 呼んであげてください?」
「良いんですか……呼んで、良い……? みうみ……お前、寒いじゃろ? そんなトコに座り込んで……深海元気っうぅ……」

 座り込んだじいちゃんが四つん這いで寄って来て、息が止まるくらいの力で抱きしめられて、涙が滲んだ。

「じいぢゃん、ぐるじい」
「おじいさん! 深海が死んじゃう!」

 じいちゃんの太い二の腕をぺちぺち叩いて俺の救助を試みるルナを見て、じいちゃんの腕から力がわずかに抜けた。

「深海、この人は?」
「げほっ……俺の伴侶。紹介したくて連れて来た……じいちゃん、そろそろ中へ入れてよ? みんなびっしょ濡れなんだ」
「お、おお! そうかっ! 早く入ってくれ! ばあさん! ばーさんっ! 風呂の準備せぇ!」

 ドタバタと四つん這いのまま家の中へと戻るじいちゃんの後ろ姿を見送って、ルナが一番に嬉しそうに玄関の敷居をまたいだ。

「深海、足袋は脱がなくちゃダメだよね? 廊下を汚しちゃう」
「そうだな。ルナ、そこに座って」
「みーくん!? みーく、ん……はぁああああ神様っ!」

 ばあちゃんはあっさりと腰を抜かした。
 ごめん、ばあちゃん。

「ばあちゃん、久しぶり」
「みーくんじゃあね? 本当のみーくんじゃあね! お餅、ようけぇおちょるんよ!? 食べるじゃろ? 神様ありがとうございます、ありがとうございます」

 朱雀と白虎に手を合わせて涙を流すばあちゃんにルナが抱きついて、着物の袖で涙を拭いた。

「初めまして、ルナです。深海さんの、伴侶です」
「はん、りょ? まぁ」

 驚きで涙の止まったばあちゃんが間近でルナを見つめて、にっこりと笑った。

「まー! こんな美人連れて帰って! みーくん、あんた隅に置けん男じゃね!」
「……ばあちゃん……」
「深海を隅に置いちゃダメです! 隣にいてもらわないと……」
「うふふ、ルナちゃん、可愛いねぇ」
「え? えへへ……おばあさんも可愛いです」

 子供の頭を撫でるようにルナの頭を撫でているけど、絶対確実にルナの方がばあちゃんより歳上なんだよな……年齢トシのことを考えるとちょっと複雑。

 なかなか部屋に入って来ない俺達を迎えに来てくれたじいちゃんにも同じように自己紹介をしたルナは、あっさりと受け入れてもらえたことに肩の荷が下りたようで、始終にこにことしている。

 交代で風呂で身体を温めて、今はコタツに入って、朱雀と白虎は初めて見るテレビに釘付けで、俺とルナはじいちゃんとばあちゃんに郷の話を聞かせている。

「郷にも冬はあるんです」
「へえ!」
「年中花も咲くし、米も野菜も果物も採れる。けど冬はあるし、雪も降るよ」
「けどこんなに積もらないです。作物が育つのに必要な寒さが数日訪れて、その間は雪も降ります。でもすぐに溶けます」
「だからルナちゃんとみーくんは頭から雪を被って遊んだんじゃね? びしょ濡れじゃったもんね」

 一番良いタオルを出してもらって、俺はルナの頭をゴシゴシ拭いてやる。ルナはいつものように目を細めて、少し照れ臭そうにじいちゃんとばあちゃんをチラ見して二人に笑顔を見せた。

「深海はいつも優しいです」
「ルナちゃん、泣かされちょらん?」
「はい。毎日まんまる、はなまる、です!」

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