ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十章

452:エリックがもたらすもの

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 本社のエリックとの通信中、ふとロビーが声をあげた。
「サファイア・シーに近い方から攻めようか?」
 高揚している隊のメンバーから、反対の声はあがらなかった。
 唯一、ホンゴウが、
「湖沿いは斜面が急で崖になっている部分があると言われています。条件が悪ければ無理をせず別ルートを当たりましょう」
 と多少の懸念を示した程度である。
 これまで「東部探索隊」はドガン山脈の南寄りの山と山の間を抜けるルートを探索していた。
 山脈の南端にある湖、サファイア・シーとの境界は切り立った崖になっており、人の歩行が困難だと言われていたためである。
 山と山の間を抜けるルートには大きな問題があった。
 移動ルートの標高が高くなってしまうのである。
 可能な限り標高の低い場所を選んで進もうとは試みるものの、場所によっては二千メートルを超える場所を通らざるを得ない。
 現在の中継局はロビーの持つ高度計によると標高一千メートルを少し超える程度である。
 ルートは平坦であればあるほどよい。
 ドガン山脈は北側にやや高い山々、中央部が高い山々、そして南側がやや低いひとつの山で構成されている。
 当初は中央部と北側の境目を通るルートを考えていた。
 その理由はこれが山脈を超えるための最短ルートであったからだ。
 だが、このルートは斜面が急すぎてすぐに断念した。
 次に探索したのは北側の海に近いルートであった。
 しかし、北側は海風が強く当たり、雪崩や崖崩れが頻繁に発生する危険極まりないルートであることがすぐに判明した。
 北側を諦めた彼らは次に中央部と南側の境目を通るルートを当たった。
 このルートは有望だと思われたが、常に強風に晒されるという問題があり、つい先ほど諦めたばかりであった。
 補給部隊からの情報が無ければ、次は南の低い山を越えるルートを選択するところだった。
 この山はテーブル型をしており、頂上付近は平坦である。
 頂上に出てしまえば移動はたやすいと思われたが、問題はその高さであった。
 低いといっても山頂の推定標高は約四千メートルである。
 普段標高の低い土地に居住しているサブマリン島の島民にとって、それはあまりにも高すぎた。
 健常者でも難儀すると思われる高さである。専門的な装備があったほうがよいレベルであるが、登山の習慣がないここエクザロームではそうした装備は望むべくもなかった。
 だから、必然的にこのルートが後回しになった。
 このような事情から南の低い山を越えるのは誰もが気乗りしないルートであるといえた。そのため、このルートの選択は皆の士気を下げると思われていた。
 しかし、ちょっとしたきっかけから、より積極的なサファイア・シー寄りのルートを探索することが決まった。
 「湖沿いは崖で山を越えるルートには適さない」という先入観に敢えて挑戦するだけの気概が生まれたのは、情報交換のおかげである。

 エリックは遠く離れたハモネスにあるECN社本社から画面に映るロビーや他の隊員の姿を頼もしく感じている。
 彼らがハモネスのECN社本社を出発して約四ヵ月半が過ぎた。
 成果らしい成果が出ていない事業を継続する意志がぐらついても無理のない時期である。
 事業の実質的な責任者であるエリックは、それほど執念深い性質ではないという社内の評価があるし、エリック自身もそう考えている。
 エリックが「東部探索隊」事業を続けてこられたのは、ロビーやセスの存在があってのことである。
 エリック自ら企画した事業であったら、彼自身、もう少し早くに撤退を決めていただろう。
 自らの意思で動くよりも、他人の意思で動く方が力が湧く者がいるとするならば、エリックは間違いなくそちら側の人間であるはずだ。

「要望とか意見とかあったら、遠慮なく話してもらっていいから。僕でできるところは手を打とう」
 エリックがロビーをはじめとする「東部探索隊」のメンバーにそう語りかけた。
 約七千人のタスクユニットを率いるトップとしては、決して威厳のあるほうではない。
 ECN社の上級チームマネージャーとしても最も若いし、外見も年齢相応だ。それに態度も偉そうには見えない。
 よく見積もったところで少々頼りなさ気なエンジニアにしか見えないエリックだが、不思議と「東部探索隊」のメンバーは彼を信頼していた。
「東部探索隊」のメンバーにとってエリックは上司ではなく、よき理解者、またはパートナーという存在であった。
 メンバーがエリックに期待していたのは、指導力ではなく、彼らと同じ目線で価値を共有すること、だったのだ。
 その点ではエリックは上等なパートナーであり、理解者であった。
「東部探索隊」は、ECN社の一般従業員から見れば馬鹿げた事業であったし、ここサブマリン島の島民にとって山脈を越えて島の東側へ行こうとするなど、狂気の沙汰でしかなかった。
 こうした中、彼らと同じ目線に立ち、彼らのしていることを理解する者の存在は貴重である。
 少なくともエリックは、彼らのしていることについて、真摯に正面から接している。
 それが彼らの信頼を得る要因となっているのかもしれない。
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