ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

文字の大きさ
86 / 304
第十一章

508:テロリストになりそこなった男、最近のインデストの情勢を聞く

しおりを挟む
 風呂が使えないと聞いたものの、ヌマタはそれに対して文句を言うことはなかった。
 大都市近郊の簡易宿泊所ならともかく、それ以外の場所ではシャワーのみ、それも湯が出る時間制限のあるものが一般的である。
 ヌマタもこうした状況には慣れており、特に不便を感じることもなかったからだ。
 むしろここに湯船がある簡易宿泊所があることの方に驚いたくらいであった。
 ただ、湯船のある施設でそれが使えないとなると、やはりインデストの電力供給状況は厳しいものがあるのだろうと思われた。
 電力が十分に供給されなければ、インデストの主力産業である鉄鋼石の採掘も、その加工にも大きな支障が出るであろう。
 ヌマタも採掘場の現場を管理していた立場として、関係者、特にインデストの鉄鋼業界のトップに立つアカシの苦労が手に取るようにわかる。
 マスコミの報道程度の情報しか得られていないものの、地熱発電所での火災、一部労働者グループとの対立など、アカシを取り巻く状況は決して良いものとはいえない。
 また、IMPUを構成する企業にもそれぞれの利害があるから、これをまとめるのは並大抵の苦労ではないはずだ。

 シャワーを浴びて、持っていた携帯食料で食事を取ろうとすると、タザワがそれを止めた。
 食事はタザワの側で用意するので、それを食べてくれ、ということのようだ。
 ごく一部ではあるが、食事を提供する簡易宿泊所もある。ここもそれに当たるようだ。
 インデストの情報を得るよい機会、と考えヌマタはタザワに食事に同席するように言った。
 タザワはそれでは遠慮なく、とヌマタの誘いに乗った。

 こうした簡易宿泊所の管理をしていると、なかなか人と話す機会がない、とタザワは笑いながら話した。
 確かにその通りなのであろう。
 基本的に簡易宿泊所を利用するのは、ほとんどが運送業者の配達員であり、それも夜の間だけである。
 管理者が一人の簡易宿泊所であれば、昼間は基本的に一人で仕事をしており、話し相手などまずいないはずだ。
 例外は悪天候などで配達員が足止めを食うケースだが、街道が整備されているインデスト近郊ではあまり発生しないそうだ。

 宿泊者との会話も、管理者の数少ない楽しみなのですよ、とタザワは笑いながら言った。
「……なるほどな。まあ、俺もフジミ・タウンを出てから、ここへ来るまでほとんど人と会わなかったからな。人と話すのは三日ぶりだ」
 それを聞いたタザワの表情が曇る。
 ヌマタが理由を問うと、タザワは最近、鉄鋼事業が停滞気味でインデストから運び出す荷物が極端に減っていると答えた。
 ヌマタとすれ違うのであればインデスト側から来る者であろうから、タザワの言うとおりインデストから運び出される物資の量が極端に減っていることが容易に感じとれる。

「私どもの会社もIMPUの所属でして、鉄鋼事業が傾くと我々の仕事も減ってしまいますので……」
「IMPU? 何故、御社が? IMPUは鉄鋼関連事業者の団体だったはずだが」
 タザワの答えに、ヌマタがさらなる説明を求めた。
「私もそう思うことがあるのですが、鉄鋼製品を運送する運送業者さんのお世話をする会社、ということで弊社も加入を許された、と聞いています」
 タザワはそう答えると、最後にこう付け加えた。
「IMPUでは鉄鋼製品の生産だけではなく、それを輸送する運送会社さんも重要視されています。そして、運送業者さんが快適に荷物を運送できるよう、こうした宿泊所の管理にも力を入れたい、ということでした」

 答えを聞いたヌマタは、だから他の宿泊所と比べて管理が行き届いているのだな、と思った。そして、運送業者のことを気にかけるのはアカシらしい、とも。
「なるほど、ところで、最近インデストの方はどうだ? ニュースとかではあまりよい話を聞かないが?」
「おっしゃる通り、電力供給が厳しいですから……
 それにOP社さんが、鉄鋼事業から撤退したことで製品の買い手が減ったのも痛いところです」
 予想はしていたものの、やはり状況はよくないようだ。
(せっかくあのハドリがいなくなったというのに、アカシさんも苦労が絶えないな……)

 正直なところ、ハドリの存在が消えた後のことについて、ヌマタは明確なビジョンを持っていたわけではない。
 彼の目的は、あくまでもハドリの存在を消すことであり、そのために自らにテロリストとなることを科した。
 結果的にハドリを消すという目的は達成したものの、それは彼の手によるものではなく、彼はハドリの存在が消え失せるのをただ指をくわえて見届けることしかできなかった。

 テロリストにすらなれなかった……
 ハドリの存在が消え失せた後、彼は常に自らにそう言い聞かせていた。
 テロリストとなるのはあくまでハドリを消すための手段であったはずだが、既に彼の中では目的と手段が入れ替わっていたのかも知れなかった。
 ヌマタ自身うすうすだが、それに気づいている。
 だが、「テロリストにすらなれなかった男」の看板を外す気にはなれなかった。それでは他者から自らを縛り付ける枷を必要としていると思われても仕方ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...