ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十二章

538:ヌマタ、ピーター・ウェル農場に常駐する

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「……お前、何者だ?」
 ヌマタは目出し帽をかぶった相手に思い切り低い声で問いかけた。
 インデスト郊外にあるピーター・ウェル農場へ荷物を運んだが、あいにく受取人は不在であった。
 近いうちに戻ってくるとのメモが残されていたため、ヌマタは待ち時間を利用して周囲を調査した。
 石だらけの急斜面に果樹を植えるなど、この農場はヌマタの目から見て怪しかったからだ。
 調査から戻る途中に農場関係者と思われる者と出会ったので、警戒している。

 (しまった、見られたか……?)
 ヌマタは内心焦りを覚えているのだが、相手に隙を見せるわけにはいかない。
 もし、相手が何らかの企みを考えているのであれば、秘密を知った可能性のあるヌマタに何らかの危害を加える恐れがある。
 現に目の前の相手は、目出し帽で顔を隠している。
 これ自体が姿を隠す必要がある証拠ではないか? とヌマタは思った。

 ヌマタの勢いに相手はわずかにたじろいだようだったが、ヌマタは警戒を解くことなく再び何者か、と問いかけた。
 すると相手は逆に落ち着いたようで、姿勢を正してからこう言った。
「当農場にご用でしょうか?」
 目出し帽の相手がそう答えた。
 声から察するに若い男性のようだ。
「ピーター・ウェル農場に用がある」
 ヌマタは警戒を解かずに答えた。
「失礼しました。事務所を開けますので、申し訳ありませんが少しお待ち願えないでしょうか?」
 そう言って目出し帽の男は、「ピーター・ウェル農場」の看板が掲げられた建物へと小走りで移動し、閉ざされたドアを開けた。
「失礼ですが、お名前とご用件を確認させていただいてよろしいでしょうか?」
「そういうアンタは何者なんだ?」
 ヌマタは未だに警戒を解いていない。
 相手の姿があまりにも怪しいので、警戒を解きたくても解きようがないのだ。
「失礼しました。ピーター・ウェル農場のジンダイ、と言います」
 目出し帽の男はそう言って頭を下げた。
 半ば呆気に取られ気味のヌマタを見て、目出し帽の男は着ていた上着を脱いで、左胸の名札を示した。
「あ、ああ……確かにここの人間のようだな……」
 目出し帽の男━━ジンダイは、ヌマタに「荷物の配送ですか?」と確認してきた。
 ヌマタがそうだと答え、社名を告げると、ジンダイは携帯端末を広げた。
 どうやら、農場のオーナーを呼び出しているらしい。
 オーナーの到着まで少し時間がかかる、と言ってジンダイはヌマタを建物の中へと案内した。

「ところでジンダイさんはこの農場で何をやっている人なんだ?」
 ヌマタはジンダイに探りを入れてみた。
 ジンダイは農場の作業員であるが、事務を担当することもあると答えた。
 更に探りを入れてみると、ジンダイが農場で仕事を始めたのは今年に入ってからで、まだまだ新入りのようだ。

(何のために新人を採用したのか? 農場で冬に仕事が増えるなど考えにくいが……)
 ヌマタはジンダイの回答に疑問を持った。
 彼の言う通りであれば、真冬である一月から農場は彼を雇ったことになる。
 この時期に新たな人手が必要になるとは到底考えられない。

「ああ、御苦労さま」
 ヌマタが次の質問を投げかけようとしたとき、作業着姿の大柄な男が入ってきた。
 その姿は農夫というより、整備工のようにヌマタの目には見える。
「オーナー、こちらです」
 ジンダイがヌマタの方に男を案内した。
「農場のオーナーのピーター・ウェルです。荷物は表に出ているものだね?」
「そうです、確認してもらえますか?」
「いいとも」
 ヌマタはピーターを外に出ている荷物のところへと案内した。
 ピーターは手にしたリストと荷物を几帳面に一つ一つチェックし、問題がないことを確認した。
 確認のサインをもらうため建物の中に入ろうとしたとき、ヌマタの携帯端末がけたたましく鳴った。
 通常の連絡ではこうした音はならないから、緊急事態だろう。

 (まったく、こんなときに一体……)
 そう思いながらもピーターに一言断って通話に応じる。
 こうしたとことがヌマタが本質的に律儀であることを示していると言えなくもない。

 相手はエフ・ティ・ロジの本社だった。
 ヌマタとしては大いに不満で、かつ不本意であった。だが、お客の前なので、できるだけ落ち着いた声で対応する。
 どうやらウェル農場に常駐し、近辺への配送を請け負う人員が必要だが、ヌマタにその任務を担当してもらえないか? ということらしい。
 いつものヌマタであれば嫌味の十や二十は言ってしまうが、お客の前である。
 そして、ウェル農場が怪しいと睨んでいるヌマタにとって、好都合な話でもあった。
 農場に常駐していれば、怪しまれずに調べられることも増えるであろう。
 また、ヌマタにはウマの合わない上司としばらく顔を合わせずに済みそうな仕事、というのもありがたかった。

「構わないですが、先方と話をしてから回答します。今、ちょうどウェル農場にいますので」
 ヌマタはそう答えてピーターに通話を代わってもらった。
「はい、こちらとしても助かります。ええ、是非お願いします」
 ピーターの話の様子だと、社の申し出を快諾したようだ。
 こうしてヌマタが当分の間、ピーター・ウェル農場に常駐することが決まった。
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