ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

文字の大きさ
226 / 304
第十四章

645:「判定者」の種

しおりを挟む
「ようやく私の仕事を見つけた気がするわ。そう、私に仕事をさせて」
 アレクが気にしているのはダイヤの言葉のこの部分であった。
 「仕事」というのはレイカ・メルツの意思の確認だろう。
 しかし、レイカがナベシマからどのような遺志を引き継いだのだとダイヤは考えているのか、アレクには理解できない部分がある。
 確かにナベシマは「判定者とその支援者」の設立のきっかけとなった事件の実行犯のリーダー的存在であった。
 しかし、アレクが得ている情報では、ナベシマは借金の債権者から迫られ、事件を指揮しただけに過ぎない。
 それはダイヤやサファイアも知っていることだ。
 事件によって少なくない生命が奪われたものの、それはナベシマが自ら望んだ結果だとはアレクには思えないのだ。
 「ナベシマの遺志」とは一体何を意味するのだろうか?
 考えれば考えるほど、アレクには理解できない。
 また、「ようやく私の仕事を見つけた」というのも気にかかる。
 ダイヤは常に精力的に動いており、自らの仕事に飢えるということなど到底考えられないような人物だ。
 それにも関わらず、ようやく自分の仕事を見つけた、というのはどのようなことであろうか?
 顔を合わせられれば、それを確かめてみたい。
 だからこそ、アレクはダイヤの解放のため、彼女が無実であるという証拠を求め続けているのだ。

 ダイヤが拘束された、という発表から今日で二週間になる。
 彼女が無実であるという有力な情報は未だに得られていない。
 彼女がIMPU幹部の暗殺や暴動を計画した、という証拠となっている情報がすべて「勉強会」グループに押さえられているのが、アレクの情報収集を困難なものにしていた。
 ただし、証拠についての情報公開が一切ないということが証拠自体に何らかの問題があることを隠しているのではないか、とアレクは疑っている。
 証拠が明らかなものであるならば、すぐにでもダイヤの処遇が決定されるはずだが、今のところそのような動きは見られない。
 そこにつけ入る隙がある、とアレクは考えている。

 七年前、彼女は「ポータル中央通信社」という中堅のマスコミに在籍していた。
 その頃彼女はとある事件の調査を行っていた。
 社から命じられた仕事ではなく、自らの興味で始めた仕事であった。
 調査を進めていく上で、新たな事実をいくつも発見し、それを記事にしようとしたところ、社からストップがかかった。
 社の決定に納得できなかった彼女は、「ポータル中央通信社」を辞め、野に下った。
 そして、苦労した後、彼女が調査していた事件で生き残った被害者の一人と接触することに成功した。
 その被害者こそが、ダイヤことミア・シトリであった。
 シトリと出会ったアレクは「判定者とその支援者」を二人で設立したのである。

 「判定者とその支援者」を生み出した事件は次のようなものであった。
 LH三一年四月二七日、サブマリン島最悪と言われた「フジミの大虐殺」事件のちょうど七年前のことである。
 「フジミの大虐殺」と同じ四月二七日というのは、運命の皮肉であろう。
 その日は前日の夜から急に冷え込み、二ヶ月ほど季節が逆戻りしたかのようであった。
 夜が明ける直前の午前四時半頃、ポータル・シティ北西部の工場から火の手があがった。
 この日は日曜日ということもあり、工場の周辺に人通りはなかった。
 火災の発見が遅れたのも、人通りの少ない時間と場所、というのが大いに影響していた。
 火災が起きたのは、「ミクモ工芸」という発電機用の部品を製造する二〇名強の従業員を抱えるメーカーの本社工場であった。
 工場の敷地内には従業員用の住宅も併設されており、従業員の多くとその家族が生活する場となっていた。
 当時のポータル・シティでは、このような形態の企業は珍しいものではなく、「ミクモ工芸」が特別だったわけではない。
 しかし、この場合は工場の形態が災いした。
 「ミクモ工芸」の多くの従業員とその家族の生命は、この火災で失われたのである。
 死者は六〇名に達し、工場の敷地内に居住していた者で助かったのは五歳から七歳の少女三名のみであった。
 事件は火の不始末による失火と報道され、犠牲者の数と比較すれば、その扱いは著しく小さいものであった。
 報道の重要性は必ずしも事件の犠牲者の数と比例するものではないかもしれないが、この事件に関しては扱いを小さくするには不審な点が数多くあった。
 まず、出火元が住宅のひとつ、とされた点である。
 複数の火災の目撃者が、「工場から先に燃えており、住宅の側が燃えだしたのは、少なくとも五分以上後」と証言していた。
 また、当時の天候は住宅の側が風下となっており、出火元が住宅であれば工場が燃えることは考えにくい。
 次に、少なくない死者の死因を「有毒ガスによる中毒」と医師が発表したことであった。
 この医師は発表の後二ヶ月ほどで病死しており、このことがさまざまな憶測を生んだ。
 最後に、「ミクモ工芸」が金融業者とトラブルを抱えていたことであった。
「ミクモ工芸」が抱えていた債務はそれほど大きなものではなく、会社の存続に影響がある水準とは言い難かった。
 問題なのは、それにも関わらず、金融業者と「ミクモ工芸」の間に債務の返済に関してのトラブルが絶えなかったことであった。
 一部には、「ミクモ工芸」の社員がこの金融業者と「EMいのちの守護者の会」が癒着しているという告発を行おうとしていた、という噂もあった。
 しかし、これらの情報の多くは表に出ることなく、人々の記憶に留まることは殆どなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...