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第十五章
696:インデストの治安を回復するためには
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「インデストの状勢は予断を許さないようですから、調査を急いだほうがいいですね。サクライ君、作業を始めてしまっていいかな?」
「あ、はい。始めてください」
オイゲンとサクライのやり取りを合図に、調査が開始された。
オイゲンは既にロビーの追求から解放されており、身体的・精神的なダメージも受けていないようであった。
カミザカ老人から提供された情報からはエクザロームに全島を一括して管理する統治機構を設立しようとしてから、それを断念するところまでの詳細な経緯が記載されていた。
老人の性格によるものか事実と自らの考察が別々に掲載されており、こちらの調査は驚くほど順調に進展した。
それ以外にも、オイゲンとヌマタが二人で集めたインデストでの情報も今回の調査対象となっており、これらの調査も進められていた。
この場面で予想外の活躍を見せたのがオイゲンである。
調査にサクライを送り込んだミヤハラからすれば当然、ということなのであろうが、オイゲンの事務処理能力は現在の調査メンバーの中でも群を抜いていた。
ECN社でも社長就任前は卓越した事務処理能力を見せていたオイゲンではあったのだが、この場所にそれを目の当たりにした者はいない。
「午前中で全部の情報にインデックスが付いたのか、何という速さなんだ……」
サクライが呆然とした様子でつぶやいた。
「イナさんのおかげで調査がはかどっていいじゃないですか。折角だからこっちもお願いします」
「ロビー、いくらなんでもイナさんに押し付けすぎ。それに失礼だと思わない?」
ロビーの調子のよさをモリタがたしなめたが、オイゲンは構わないと手を横に振った。
調査の中で少なくとも三度、全島を一括管理する統治機構の設立が試みられ、そのすべてが失敗に終わったとされている。
統治機構とする組織としては新設する案、職業学校とする案、ECN社の一部組織を切り離す案、が検討されたらしい。
こうした統治機構が望まれた要因として、異なる有力者が治める地域を移動する者が増加したからだいうのが、カミザカ老人の分析だ。
統治する有力者が異なれば、その中で適用されるルールも異なる。
異なるルールの下にある二者の間に問題が発生した際に、互いのルールが異なる裁定を下し、当事者達が混乱するという事態がある時期から頻発していた。
また、それ以外にもある有力者の統治地域で犯罪的行為が発生した場合、その犯人が別の有力者の統治地域へ移動するとその処罰や身柄の確保ができないケースが散見されたことも全島一括の統治機構が望まれた要因とされていた。
しかし、こうした声は「統治機構が力を持ちすぎ、その制御が困難になる」という理由ですべてかき消されていった。
ただ一度、エイチ・ハドリ率いるOP社が司法警察権を掌握し、一時的に全島一括の統治機構となったこともある。
それもハドリが行方不明となった今、全島一括の統治機構としては機能していない。
「イナさん、ハドリは『EMいのちの守護者の会』について何か言っていませんでしたか?」
ホンゴウの言葉にオイゲンは少し考え込む様子を見せた。
オイゲンはホンゴウについて以前と違い口調に無理をしている様子がなくなったな、と感じていた。
OP社在籍時代のホンゴウはオイゲンに対してやや乱暴な言葉で話しかけていたが、今のホンゴウの口調には乱暴さの欠片も見受けられなかったからだ。
そのようなことを考えながらも、オイゲンが記憶の糸を手繰っていくと、ハドリの発言の中でひとつ気になるものがあることに思い至った。
これが直接「EMいのちの守護者の会」に結びつくかどうか、オイゲンには判断できなかったが、とりあえず情報として提示してみてもよいだろうと判断した。
「そういえば、直接関係あるかわかりませんが、インデストへ向かう途中、キャンプを張ったときに気になることを言われた記憶がありますね」
オイゲンの答えに場の全員がその内容を知りたいと訴えた。
「正確にどう言ったかは忘れましたが、インデストの治安を回復するためには、組合と『タブーなきエンジニア集団』の他に鎮圧すべき何かがあるというような内容でした。僕の記憶が確かなものであれば、ですが」
「……なるほど、腑に落ちたような気がします。ハドリは常々『有力者とかいう連中を押さえ込んで奴等が不当に抱え込んでいるものを吐き出させろ。ポータル・シティだけで終わりだと思うな』と我々に警告しておりました」
ハドリが有力者達を押さえつけようとしていたことは周知の事実であり、この場にいる皆もそのことは把握している。
それでも、有力者達の押さえ込みにこれほどの執念を持っていたということに改めて気付かされる結果となった。
「ハドリは、他人に多くを語りませんでした。これは私の推測ですが、今の社長のヤマガタかイナさんが一番多くハドリの話を聞いているのではないでしょうか?」
ホンゴウのこの発言に衝撃が走った。
ヤマガタはともかく、オイゲンとハドリの間にそれほど多くの接点があったなどとは、オイゲン本人ですら考えてもいなかった。
もっともオイゲンの場合、OP社の社風をよく知らないということもあり、ハドリとの接点が他の従業員と比較して特段多かったということに気付いていなかっただけであったのだが。
「ホンゴウさんはそう仰られますが、すみません、僕もこれ以上のことは聞いた記憶がないのです」
オイゲンの言葉に嘘はなかった。
記憶が完全に戻っているかについては未だに確信が持てないため、失われた記憶の中にそうした言葉が存在する可能性はあった。
しかし、少なくとも今のオイゲンの記憶の中には、そうした言葉はない。
「イナさんの記憶に拘る必要はないと思うぜ。今はある資料からわかることを引っ張り出す段階だったのじゃないか?」
ロビーの言葉に場の皆が我に返った。
「そうだった、資料から導き出されたことを整理していこう」
サクライがそう提案した。
「あ、はい。始めてください」
オイゲンとサクライのやり取りを合図に、調査が開始された。
オイゲンは既にロビーの追求から解放されており、身体的・精神的なダメージも受けていないようであった。
カミザカ老人から提供された情報からはエクザロームに全島を一括して管理する統治機構を設立しようとしてから、それを断念するところまでの詳細な経緯が記載されていた。
老人の性格によるものか事実と自らの考察が別々に掲載されており、こちらの調査は驚くほど順調に進展した。
それ以外にも、オイゲンとヌマタが二人で集めたインデストでの情報も今回の調査対象となっており、これらの調査も進められていた。
この場面で予想外の活躍を見せたのがオイゲンである。
調査にサクライを送り込んだミヤハラからすれば当然、ということなのであろうが、オイゲンの事務処理能力は現在の調査メンバーの中でも群を抜いていた。
ECN社でも社長就任前は卓越した事務処理能力を見せていたオイゲンではあったのだが、この場所にそれを目の当たりにした者はいない。
「午前中で全部の情報にインデックスが付いたのか、何という速さなんだ……」
サクライが呆然とした様子でつぶやいた。
「イナさんのおかげで調査がはかどっていいじゃないですか。折角だからこっちもお願いします」
「ロビー、いくらなんでもイナさんに押し付けすぎ。それに失礼だと思わない?」
ロビーの調子のよさをモリタがたしなめたが、オイゲンは構わないと手を横に振った。
調査の中で少なくとも三度、全島を一括管理する統治機構の設立が試みられ、そのすべてが失敗に終わったとされている。
統治機構とする組織としては新設する案、職業学校とする案、ECN社の一部組織を切り離す案、が検討されたらしい。
こうした統治機構が望まれた要因として、異なる有力者が治める地域を移動する者が増加したからだいうのが、カミザカ老人の分析だ。
統治する有力者が異なれば、その中で適用されるルールも異なる。
異なるルールの下にある二者の間に問題が発生した際に、互いのルールが異なる裁定を下し、当事者達が混乱するという事態がある時期から頻発していた。
また、それ以外にもある有力者の統治地域で犯罪的行為が発生した場合、その犯人が別の有力者の統治地域へ移動するとその処罰や身柄の確保ができないケースが散見されたことも全島一括の統治機構が望まれた要因とされていた。
しかし、こうした声は「統治機構が力を持ちすぎ、その制御が困難になる」という理由ですべてかき消されていった。
ただ一度、エイチ・ハドリ率いるOP社が司法警察権を掌握し、一時的に全島一括の統治機構となったこともある。
それもハドリが行方不明となった今、全島一括の統治機構としては機能していない。
「イナさん、ハドリは『EMいのちの守護者の会』について何か言っていませんでしたか?」
ホンゴウの言葉にオイゲンは少し考え込む様子を見せた。
オイゲンはホンゴウについて以前と違い口調に無理をしている様子がなくなったな、と感じていた。
OP社在籍時代のホンゴウはオイゲンに対してやや乱暴な言葉で話しかけていたが、今のホンゴウの口調には乱暴さの欠片も見受けられなかったからだ。
そのようなことを考えながらも、オイゲンが記憶の糸を手繰っていくと、ハドリの発言の中でひとつ気になるものがあることに思い至った。
これが直接「EMいのちの守護者の会」に結びつくかどうか、オイゲンには判断できなかったが、とりあえず情報として提示してみてもよいだろうと判断した。
「そういえば、直接関係あるかわかりませんが、インデストへ向かう途中、キャンプを張ったときに気になることを言われた記憶がありますね」
オイゲンの答えに場の全員がその内容を知りたいと訴えた。
「正確にどう言ったかは忘れましたが、インデストの治安を回復するためには、組合と『タブーなきエンジニア集団』の他に鎮圧すべき何かがあるというような内容でした。僕の記憶が確かなものであれば、ですが」
「……なるほど、腑に落ちたような気がします。ハドリは常々『有力者とかいう連中を押さえ込んで奴等が不当に抱え込んでいるものを吐き出させろ。ポータル・シティだけで終わりだと思うな』と我々に警告しておりました」
ハドリが有力者達を押さえつけようとしていたことは周知の事実であり、この場にいる皆もそのことは把握している。
それでも、有力者達の押さえ込みにこれほどの執念を持っていたということに改めて気付かされる結果となった。
「ハドリは、他人に多くを語りませんでした。これは私の推測ですが、今の社長のヤマガタかイナさんが一番多くハドリの話を聞いているのではないでしょうか?」
ホンゴウのこの発言に衝撃が走った。
ヤマガタはともかく、オイゲンとハドリの間にそれほど多くの接点があったなどとは、オイゲン本人ですら考えてもいなかった。
もっともオイゲンの場合、OP社の社風をよく知らないということもあり、ハドリとの接点が他の従業員と比較して特段多かったということに気付いていなかっただけであったのだが。
「ホンゴウさんはそう仰られますが、すみません、僕もこれ以上のことは聞いた記憶がないのです」
オイゲンの言葉に嘘はなかった。
記憶が完全に戻っているかについては未だに確信が持てないため、失われた記憶の中にそうした言葉が存在する可能性はあった。
しかし、少なくとも今のオイゲンの記憶の中には、そうした言葉はない。
「イナさんの記憶に拘る必要はないと思うぜ。今はある資料からわかることを引っ張り出す段階だったのじゃないか?」
ロビーの言葉に場の皆が我に返った。
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