ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

文字の大きさ
278 / 304
第十五章

696:インデストの治安を回復するためには

しおりを挟む
「インデストの状勢は予断を許さないようですから、調査を急いだほうがいいですね。サクライ君、作業を始めてしまっていいかな?」
「あ、はい。始めてください」
 オイゲンとサクライのやり取りを合図に、調査が開始された。
 オイゲンは既にロビーの追求から解放されており、身体的・精神的なダメージも受けていないようであった。

 カミザカ老人から提供された情報からはエクザロームに全島を一括して管理する統治機構を設立しようとしてから、それを断念するところまでの詳細な経緯が記載されていた。
 老人の性格によるものか事実と自らの考察が別々に掲載されており、こちらの調査は驚くほど順調に進展した。
 それ以外にも、オイゲンとヌマタが二人で集めたインデストでの情報も今回の調査対象となっており、これらの調査も進められていた。
 この場面で予想外の活躍を見せたのがオイゲンである。
 調査にサクライを送り込んだミヤハラからすれば当然、ということなのであろうが、オイゲンの事務処理能力は現在の調査メンバーの中でも群を抜いていた。
 ECN社でも社長就任前は卓越した事務処理能力を見せていたオイゲンではあったのだが、この場所にそれを目の当たりにした者はいない。
「午前中で全部の情報にインデックスが付いたのか、何という速さなんだ……」
 サクライが呆然とした様子でつぶやいた。
「イナさんのおかげで調査がはかどっていいじゃないですか。折角だからこっちもお願いします」
「ロビー、いくらなんでもイナさんに押し付けすぎ。それに失礼だと思わない?」
 ロビーの調子のよさをモリタがたしなめたが、オイゲンは構わないと手を横に振った。
 調査の中で少なくとも三度、全島を一括管理する統治機構の設立が試みられ、そのすべてが失敗に終わったとされている。
 統治機構とする組織としては新設する案、職業学校とする案、ECN社の一部組織を切り離す案、が検討されたらしい。
 こうした統治機構が望まれた要因として、異なる有力者が治める地域を移動する者が増加したからだいうのが、カミザカ老人の分析だ。
 統治する有力者が異なれば、その中で適用されるルールも異なる。
 異なるルールの下にある二者の間に問題が発生した際に、互いのルールが異なる裁定を下し、当事者達が混乱するという事態がある時期から頻発していた。
 また、それ以外にもある有力者の統治地域で犯罪的行為が発生した場合、その犯人が別の有力者の統治地域へ移動するとその処罰や身柄の確保ができないケースが散見されたことも全島一括の統治機構が望まれた要因とされていた。
 しかし、こうした声は「統治機構が力を持ちすぎ、その制御が困難になる」という理由ですべてかき消されていった。
 ただ一度、エイチ・ハドリ率いるOP社が司法警察権を掌握し、一時的に全島一括の統治機構となったこともある。
 それもハドリが行方不明となった今、全島一括の統治機構としては機能していない。

「イナさん、ハドリは『EMいのちの守護者の会』について何か言っていませんでしたか?」
 ホンゴウの言葉にオイゲンは少し考え込む様子を見せた。
 オイゲンはホンゴウについて以前と違い口調に無理をしている様子がなくなったな、と感じていた。
 OP社在籍時代のホンゴウはオイゲンに対してやや乱暴な言葉で話しかけていたが、今のホンゴウの口調には乱暴さの欠片も見受けられなかったからだ。
 そのようなことを考えながらも、オイゲンが記憶の糸を手繰っていくと、ハドリの発言の中でひとつ気になるものがあることに思い至った。
 これが直接「EMいのちの守護者の会」に結びつくかどうか、オイゲンには判断できなかったが、とりあえず情報として提示してみてもよいだろうと判断した。

「そういえば、直接関係あるかわかりませんが、インデストへ向かう途中、キャンプを張ったときに気になることを言われた記憶がありますね」
 オイゲンの答えに場の全員がその内容を知りたいと訴えた。
「正確にどう言ったかは忘れましたが、インデストの治安を回復するためには、組合と『タブーなきエンジニア集団』の他に鎮圧すべき何かがあるというような内容でした。僕の記憶が確かなものであれば、ですが」
「……なるほど、腑に落ちたような気がします。ハドリは常々『有力者とかいう連中を押さえ込んで奴等が不当に抱え込んでいるものを吐き出させろ。ポータル・シティだけで終わりだと思うな』と我々に警告しておりました」
 ハドリが有力者達を押さえつけようとしていたことは周知の事実であり、この場にいる皆もそのことは把握している。
 それでも、有力者達の押さえ込みにこれほどの執念を持っていたということに改めて気付かされる結果となった。
「ハドリは、他人に多くを語りませんでした。これは私の推測ですが、今の社長のヤマガタかイナさんが一番多くハドリの話を聞いているのではないでしょうか?」
 ホンゴウのこの発言に衝撃が走った。
 ヤマガタはともかく、オイゲンとハドリの間にそれほど多くの接点があったなどとは、オイゲン本人ですら考えてもいなかった。
 もっともオイゲンの場合、OP社の社風をよく知らないということもあり、ハドリとの接点が他の従業員と比較して特段多かったということに気付いていなかっただけであったのだが。
「ホンゴウさんはそう仰られますが、すみません、僕もこれ以上のことは聞いた記憶がないのです」
 オイゲンの言葉に嘘はなかった。
 記憶が完全に戻っているかについては未だに確信が持てないため、失われた記憶の中にそうした言葉が存在する可能性はあった。
 しかし、少なくとも今のオイゲンの記憶の中には、そうした言葉はない。
「イナさんの記憶に拘る必要はないと思うぜ。今はある資料からわかることを引っ張り出す段階だったのじゃないか?」
 ロビーの言葉に場の皆が我に返った。
「そうだった、資料から導き出されたことを整理していこう」
 サクライがそう提案した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...