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第五章
203:罪の重さ
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「報告します! 敵側で乱闘、口論などの内輪もめが始まりました!」
ハドリがテントに戻った直後、興奮した様子の部下二名が飛び込んできた。
攻勢に転じる好機だと判断したのだろうが、それを決めるのはお前ではない、とハドリは内心怒りを覚えた。差し出がましい部下は彼の好みではない。
「……いよいよですね。そろそろ攻撃開始でしょうか」
最初に報告したのとは異なる部下が興奮した様子でハドリに話しかけた。
「……まだだ。それから判断をするのは社長たる俺だ、俺に指図をするな!」
ハドリは無表情であったが、その返答は怒号に近かった。ハドリの腸は煮えくり返っていたのだ。
「も、申しございません」「し、失礼いたしましたっ!」
その迫力にテントに飛び込んできた部下二名はほうほうの体で引き下がった。
「センター長!」
ハドリは通信機でセキュリティ・センターのセンター長、ミツハル・オオカワを呼んだ。
「はいっ!」
十秒もしないうちにオオカワが飛んできた。テントの近くに控えていたのだろう。
「社内の風紀が乱れているぞ。俺は求めたとき以外に俺に意見してよいなどというルールを作った覚えはない。ルールの遵守を徹底させろ!」
「はいっ!」
ハドリは走り去っていくオオカワの姿を見て、我に返った。
(……落ち着け。俺が腹を据えないでどうする?)
自分の両親を殺された相手と対峙していることが、彼の冷静さに綻びを生じさせているのかもしれない。ハドリはそう自身を分析していた。
しかし、急いてはことを仕損じる。
一二年前に立てた誓いの成就は目前であったが、油断のならない相手である。
一二年前とはいえ、相手は実戦を経験している。その当時のメンバーの多くが未だ存命のはずだ。
一方、ハドリが率いる戦力は、このような大規模戦闘の経験がほとんど無いに等しい。
戦況が有利なら問題は小さいが、不利に転じた途端一気に崩れる可能性がある。
このような形で崩れた大軍は烏合の衆でしかない。自らの戦力を烏合の衆にしないためにも警戒と対策を怠ってはならないのだ。
ここは冷静になり、ただ勝利だけを目指さねばならない。足元を掬われるなどあってはならないことだ。
(……あれは人としての炎のない奴だったな……)
ふと、ハドリは殺された両親のことを思い出す。
父親についてはほとんど印象がない。母親は頼りにしている様子だったが、父は仕事人間であり、家でじっとしていることはなかった。良くも悪くもその程度の記憶だけだ。
一方、母親については明確な印象がある。
かなり年の離れた母親であったが、年齢より一〇ほど若く見えたから、ハドリ自身年が離れていることを意識することはあまりなかった。
フットワークが軽く、外ではよくしゃべる女性だったと思う。
一方、家では夫の帰りが遅いとあれこれ想像の糸を張り巡らしては、余計な心配の種を作り出しているようであった。
このような母親の様子を見て、腹立たしさを覚えたこともある。
弱いことも我慢ならないが、それ以上に判断力の欠如にハドリは苛立った。頼るべき人間は目の前にいるからだ。
ハドリの苛立ちを察したのか、いつしか母親も一人息子である自分を頼るようになっていった。
しかし、油断はできない。周りは卑劣な大人ばかりだ。このような世界に母親を放置しておくのは気がかりである。ハドリは自分の力を過信していなかったから、今の自分の力では母親を放置しているも同然だと理解していたのである。
力を得なければ……
彼は、九歳のときポータル・シティへと一人旅立った。
より大きな場で力を得るために。
彼は力を得ることに執着した。
学生時代は学業にも力を入れたが、サバイバルゲームに熱中した。
彼が職業学校時代に率いていたチームは、五年連続でエクザローム全土の競技会で優勝していた。
彼自身優れた大将であり、射撃手であった。
脱落する者を追う事をせずに、ひたすら勝利だけを追い求めた。
彼は職業学校四年のときに両親を失った。
それからは母親を守るためではなく、復讐のために力に執着した。
フジミ・タウンを襲った賊は、やってはならないことをした。その罪を完全に清算させるのは彼の使命となったのだ。
翌年、ハドリは学校を卒業し、OP社を設立した。
すべては目の前に迫っている復讐と勝利の日のために。
最後の勝利の目前で足元を掬われることは多々ある。
だから油断はできない。
ハドリは慎重にことを進めていた。
彼にしては珍しく安全策にこだわったのもこのためだ。
フジミ・タウンに巣食う賊という彼の敵は、徐々に追い詰められている。
しかし、総攻撃を仕掛けるのはまだ早い。
飢え苦しみ、弱るのを待たなければならない。
そして、その苦しみができるだけ長く続くようにしなければならない。死や敗北すら生ぬるいといえるほどに。
奴等のしたことに対しては相応の報いがあってしかるべきである。奴等を罰することができるのは、いまやハドリただ一人である。
(まだだ、まだ奴らは罪に相応しい罰を受けてはいない……)
ハドリは自分にそう言い聞かせて攻撃を自重している。
ハドリがテントに戻った直後、興奮した様子の部下二名が飛び込んできた。
攻勢に転じる好機だと判断したのだろうが、それを決めるのはお前ではない、とハドリは内心怒りを覚えた。差し出がましい部下は彼の好みではない。
「……いよいよですね。そろそろ攻撃開始でしょうか」
最初に報告したのとは異なる部下が興奮した様子でハドリに話しかけた。
「……まだだ。それから判断をするのは社長たる俺だ、俺に指図をするな!」
ハドリは無表情であったが、その返答は怒号に近かった。ハドリの腸は煮えくり返っていたのだ。
「も、申しございません」「し、失礼いたしましたっ!」
その迫力にテントに飛び込んできた部下二名はほうほうの体で引き下がった。
「センター長!」
ハドリは通信機でセキュリティ・センターのセンター長、ミツハル・オオカワを呼んだ。
「はいっ!」
十秒もしないうちにオオカワが飛んできた。テントの近くに控えていたのだろう。
「社内の風紀が乱れているぞ。俺は求めたとき以外に俺に意見してよいなどというルールを作った覚えはない。ルールの遵守を徹底させろ!」
「はいっ!」
ハドリは走り去っていくオオカワの姿を見て、我に返った。
(……落ち着け。俺が腹を据えないでどうする?)
自分の両親を殺された相手と対峙していることが、彼の冷静さに綻びを生じさせているのかもしれない。ハドリはそう自身を分析していた。
しかし、急いてはことを仕損じる。
一二年前に立てた誓いの成就は目前であったが、油断のならない相手である。
一二年前とはいえ、相手は実戦を経験している。その当時のメンバーの多くが未だ存命のはずだ。
一方、ハドリが率いる戦力は、このような大規模戦闘の経験がほとんど無いに等しい。
戦況が有利なら問題は小さいが、不利に転じた途端一気に崩れる可能性がある。
このような形で崩れた大軍は烏合の衆でしかない。自らの戦力を烏合の衆にしないためにも警戒と対策を怠ってはならないのだ。
ここは冷静になり、ただ勝利だけを目指さねばならない。足元を掬われるなどあってはならないことだ。
(……あれは人としての炎のない奴だったな……)
ふと、ハドリは殺された両親のことを思い出す。
父親についてはほとんど印象がない。母親は頼りにしている様子だったが、父は仕事人間であり、家でじっとしていることはなかった。良くも悪くもその程度の記憶だけだ。
一方、母親については明確な印象がある。
かなり年の離れた母親であったが、年齢より一〇ほど若く見えたから、ハドリ自身年が離れていることを意識することはあまりなかった。
フットワークが軽く、外ではよくしゃべる女性だったと思う。
一方、家では夫の帰りが遅いとあれこれ想像の糸を張り巡らしては、余計な心配の種を作り出しているようであった。
このような母親の様子を見て、腹立たしさを覚えたこともある。
弱いことも我慢ならないが、それ以上に判断力の欠如にハドリは苛立った。頼るべき人間は目の前にいるからだ。
ハドリの苛立ちを察したのか、いつしか母親も一人息子である自分を頼るようになっていった。
しかし、油断はできない。周りは卑劣な大人ばかりだ。このような世界に母親を放置しておくのは気がかりである。ハドリは自分の力を過信していなかったから、今の自分の力では母親を放置しているも同然だと理解していたのである。
力を得なければ……
彼は、九歳のときポータル・シティへと一人旅立った。
より大きな場で力を得るために。
彼は力を得ることに執着した。
学生時代は学業にも力を入れたが、サバイバルゲームに熱中した。
彼が職業学校時代に率いていたチームは、五年連続でエクザローム全土の競技会で優勝していた。
彼自身優れた大将であり、射撃手であった。
脱落する者を追う事をせずに、ひたすら勝利だけを追い求めた。
彼は職業学校四年のときに両親を失った。
それからは母親を守るためではなく、復讐のために力に執着した。
フジミ・タウンを襲った賊は、やってはならないことをした。その罪を完全に清算させるのは彼の使命となったのだ。
翌年、ハドリは学校を卒業し、OP社を設立した。
すべては目の前に迫っている復讐と勝利の日のために。
最後の勝利の目前で足元を掬われることは多々ある。
だから油断はできない。
ハドリは慎重にことを進めていた。
彼にしては珍しく安全策にこだわったのもこのためだ。
フジミ・タウンに巣食う賊という彼の敵は、徐々に追い詰められている。
しかし、総攻撃を仕掛けるのはまだ早い。
飢え苦しみ、弱るのを待たなければならない。
そして、その苦しみができるだけ長く続くようにしなければならない。死や敗北すら生ぬるいといえるほどに。
奴等のしたことに対しては相応の報いがあってしかるべきである。奴等を罰することができるのは、いまやハドリただ一人である。
(まだだ、まだ奴らは罪に相応しい罰を受けてはいない……)
ハドリは自分にそう言い聞かせて攻撃を自重している。
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