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第一章

精霊界の夜? の生活(後編)

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 カーリンが寝室のドアを閉めて全員集合だ。

 「いよいよね。よっと」
 私にしがみつくように抱きついていたメラニーが身体を起こした。
 つられて私も上半身を起こし、ベッドに座る格好になる。

 「アーベル、どう? ちゃんと当たってる?」
 メラニーが背中側から抱きついてきて、胸をぐいぐいと押し付けている。
 彼女らしいといえば彼女らしい。

 「アーベルさま。私のも、どうぞ」
 リーゼが私の右手を取って、自分の胸に押し当てた。
 メラニーと比較すれば小ぶりだが、これはリーゼがニンフであることの影響が大きい。
 ニンフは女性型の精霊の中では比較的小柄かつ、人間で言うところの童顔で、スタイルも少女っぽさを残す者が多いそうだ。
 リーゼや姉のカーリンは、人間で言うと一八歳くらいの外見ではないだろうか?
 メラニーは二十代半ば、ニーナはそれより少し下といったイメージだ。

 「では、アーベルさん。私も」
 カーリンが私の左手を取って、リーゼと同じように自分の胸に押し当てた。
 髪型を除けばカーリンとリーゼはそっくりな外見だ。
 今はカーリンもリーゼとお揃いの水色のネグリジェ姿だから、なおさら区別がつきにくい。
 背はカーリンの方がわずかに高いが、二人が同じ格好をして黙って立っていれば区別するのは難しいかもしれない。
 ただ、話をすれば一発でどちらだかわかる。
 はきはき話すカーリンと比較して、リーゼの話し方は静かであるし、声のトーンの変化が少ない。
 どちらも魅力的なのだが、ある意味対照的ではある。

 「あ、アーベル様……し、失礼いたしますっ」
 緊張した面持ちで、私の正面にニーナが正座した。
 普段は冷静でしっかり者の彼女であるが、寝室ではキャラクターが変わる。
 おずおずと私に近づくと、意を決したかのようにうなずき、がばっ! と私に抱きついてきた。
 「も、申し訳ございません……」
 「申し訳なく思う必要はないよ。むしろ私はお礼を言いたい、ニーナ」
 「そ、そんな……勿体ないです……」
 
 ニーナが遠慮している様子なので、私は両手を持っているカーリンとリーゼの姉妹に目配せした。
 どちらも私が言いたいことをすぐに理解してくれたようで、コクコクとうなずいてくれた。

 「ニーナさん、いくら夜は長いと言っても遠慮している時間が勿体ないですよ」
 「そう。ニーナは私みたいに自分に正直になるべき」
 カーリンとリーゼに促されて、ニーナが顔を近づけてきた。
 メラニーが笑いを堪えているのか、背中の方ではメラニーの胸がプルプルと震えている。

 ちなみにカーリンが「夜は長い」と言ったが、実は精霊界には昼も夜もない。
 精霊界にはずっと明るい場所か、ずっと暗い場所しかない。
 私の住んでいるあたりはずっと明るいので、永遠に昼間が続く場所といえないこともない。
 逆に地や闇の属性を持つ精霊は暗がりを好む関係か、ずっと暗い場所に住んでいる者が少なくない。
 確か「ケルークス」の相談員ではコレットが住んでいる場所が「ずっと暗い場所」だったはずだ。

 「精霊界には昼も夜もない」と言ったが、精霊界でもどういう訳か人間の性生活のことを「夜の生活」という。
 存在界から移住してきた魂霊がそう言いだしたのではないか? とされているが詳しい理由は不明である。
 魂霊や精霊は「恥ずかしい」という感情が希薄なのでストレートに「生殖行為」とか「性生活」と言いそうな気もするのだが。

 精霊と魂霊の間で行われるそれは人間と違って生殖を目的としていないので、「性生活」というのは当てはまらないと考えた者がいるのだろう。
 そこで、誰かが「夜の生活」と言い換えたのではないかと私は考えている。

 話が脱線してしまった。

 ちなみに今の寝室は薄暗くしている。
 部屋の隅の方に光る石をひとつだけ点灯させている状態で、ホテルの部屋でフロアライトだけ点けているくらいの明るさだ。
 以前リーゼが「夜とはどのような感じなのでしょうか?」と尋ねてきたので、夜の部屋のイメージを私の寝室に再現したのだ。
 これを他のパートナーたちが気に入ってくれたので、全員が私の寝室に集まるときはこのようにしている。

 「あ、アーベル様っ! わたっ、わたくしの……ありのままを見ていただきたいのでっ! 不躾なお願いですが……服を脱がせてくださいませ……」
 最初は嚙みながら、後半は消え入りそうな声でニーナが懇願してきた。
 彼女の場合は恥ずかしいという感情が強いというよりは、私や他のパートナーに対して遠慮があるような気がする。
 特に全員での夜の生活においてその傾向が顕著だ。

 「カーリン、リーゼ、手を離してもらっていいかな?」
 「はい、アーベルさん」「わかりました、アーベルさま」
 カーリンとリーゼが私の手を離した。
 ほぼ同時に、背中側から私の身体に回されていたメラニーの両腕も離された。
 ただ、相変わらずメラニーは私の背中に身体を密着させており、それが小刻みに震えている。
 まだ笑いを堪えているのだろう。
 プルプル震える軟らかいクッションが背中に押し付けられるというのは何とも不思議な感触だ。
 こちらまで吹き出しそうになるのだが、ニーナの手前笑うわけにはいかない。

 「ニーナ、喜んで」
 ニーナはライトグレーのガウン姿だ。
 ベルトをすっとほどいてから、するっとガウンを脱がせてやる。
 メラニーほどグラマーではないが、均整の取れた肢体が露わになった。

 「あ、アーベル様……」
 ニーナが不安そうに私の方を見ている。
 「大丈夫、いつもニーナは魅力的だから」
 私はニーナの頭を軽く撫でた。
 ニーナは普段と夜の生活とで性格が激変する。
 普段は大人びていて慎ましやかな印象だが、夜はこちらが少し心配になるくらいに激しく甘えてくる。
 ほとんど「揺らぎ」はないらしいのだが、私は彼女に何か不安があるような印象を受けるのだ。
 ちなみにニーナの性格が激変するもう一つのケースがあるのだが、これはいずれ紹介できると思う。

 ニーナと一対一のときは思う存分彼女の好きにするのだが、今日は全員一緒なので他のパートナーたちの相手をする必要がある。
 私などは相手が四体だからよいが、数百体相手にしているドナートなどはどうやってパートナーたちに満足してもらっているのだろうか?
 さすがにこれ以上契約しているパートナーを増やしたら、パートナーたちに満足してもらえるか私には自信がない。

 「アーベルさま、次は私をお願いします」
 今度はリーゼが手を挙げて、服を脱がせるように求めてきた。
 私のパートナーたちは、争いにならないよう全員で寝室に入るときにどういう順番で私に相手をしてもらうか事前に取り決めているのだそうだ。
 シャワーの順番を決めるときに、服を脱がせてもらう順番も決めてきたのだろう。

 リーゼの後はメラニーで、最後がカーリンだった。
 カーリンが裸になると、今度は四体がかりで私のガウンを脱がせにかかってくる。
 抵抗する気もないので、あっさりと私も裸にされてしまった。

 「うふふ……これで皆ありのままの姿です。アーベルさん、みんな、楽しみましょうね」
 カーリンが普段の姿からは想像できないような妖艶な笑みを浮かべた。
 ただ、彼女との夜の生活は彼女の性格からなのか、二人でスポーツに興じているような印象がある。
 スポーツといっても対戦するようなものではなく、ハイキングとかサイクリングとか共同で楽しむ性質のものだ。
 そういえばカーリンはアンブロシア酒造りを私が手伝うのを非常に喜んでくれるので、共同作業的なことが好きなのだと思う。

 これからは、皆が満足するまで夜の生活が続くのだ。
 魂霊は人間と違い体力的な限界が無いに等しいので、その点は私にとってもパートナーたちにとっても幸せなことだと思う。
 ただ、精神的に満ち足りてくると疲れのようなものを覚えてくるので、全員が精神的に満足したところでお開きになる。
 このときは睡眠不要な精霊であるパートナーたちも思い思いの場所で休む。

 どれほどの時間が経ったかわからないが、目が覚めたので周囲を見回してみる。
 右脇からニーナが裸のまま私に抱きついて寝息を立てている。幸せそうな顔をしているので一安心だ。
 左腕に抱きついて寝ているのはリーゼだ。彼女も何も身につけていない。
 私の頭に軟らかい感触が当たっているが、首を回して見てみると、カーリンの太腿が私の頭の下にあった。
 彼女は私の左側を頭にして横になって寝息を立てている。こちらも裸のままだ。
 メラニーはどうやら私の左の太腿を枕にして寝ているようだ。大の字になっているのが彼女らしい。

 皆、しばらく起きそうにないのでこのまましばらく寝ているとしよう。
 「ケルークス」に出勤する時間は、皆が起きてから考えればよいだろう。
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