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第二章
存在界出張組からの相談
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「ただいまー。誰か魂霊の相談員いないかな?」
「アーベルがいるな。ユーリにも話を聞いた方がいいが……アイリスは何をやっているのだ?」
「ケルークス」の店内に頬に絆創膏を貼ったくすんだ金髪の女性と作業着姿の中年男性が姿を現した。
女性の方はイサベル、男性はワルターという。二体とも存在界で広報活動を行う相談所のメンバーだ。
「あら、イサベルにワルターまで私を笑おうっていうの? コーラなんて今まで飲んだことなかったわよ!」
アイリスがやさぐれた顔をワルターに向けた後、ポテチをつまんでにやけている。
これは失敗したかもしれない。アイリスが「揺らぐ」兆候はなさそうだと信じたいが……正直私にはわからない。
「「??」」
イサベルとワルターは訳がわからないといった様子で首を横に振っている。
ウエバヤシさんが移住を断念したことで気落ちしていたアイリスにコーラを奢ったはいいが、思わぬ展開に奢った張本人である私も困惑していた。
冷たい飲み物が苦手なアイリスだったから、敢えて常温で出してもらったのだけど……
「私とユーリの名前が出ていたけど、何があったんだい?」
アイリスがこの状態なので、私が直接ワルターとイサベルに話を聞いた方が良さそうだ。
「ああ、ちょっと相談したいことがある。ユーリも聞いてくれると助かる」
「私もなの? 私は相談員じゃないけど……」
「いや、存在界で生活したことのある者に相談したいのだ。相談員である必要はない」
「そういうことなら……」
相談員ではないユーリは戸惑いながらも、二体のために席を準備した。
ユーリ自身も椅子に座って話を聞く姿勢になった。
「最近ちょっと忙しくなっていて、他の仕事に支障が出ているのだけど……」
「そうなのだ。精霊界に関する問い合わせが増えているのだが、それに答えきれていなくてな……」
イサベルとワルターの話を整理すると次のようになるらしい。
「精霊界移住相談所」の存在界出張メンバーはネットや口コミなどで、精霊界への移住に関する情報を流している。
それを見た精霊界や移住に興味を持った人たちからの問い合わせが急増しているらしい。
問い合わせの中味も即答できないものが少なくないらしく、調べたりするのに手がかかっているようだ。
「だったら、FAQみたいなのを作って、ネットで公開したらいいんじゃない?」
ユーリの案は悪くないと思ったのだが、何かが引っかかる。
「特に多い二〇ばかりの質問には質問内容と回答を表にしたものをネットに公開していたのだが、すぐに削除されてしまってな。場所を変えては削除されての繰り返しなのだ」
ワルターの答えを聞いて納得した。ユーリも、そうだった、と頭に手をやった。
精霊界の情報を公開しようとしても、それを邪魔されたり、消されたりするのは日常茶飯事なのだ。
こうした妨害活動を行っているのが国や公的機関などだから厄介だ。
「さすがに安直すぎたか……」
「いや、ユーリの考え方は悪くない。確か調べるのに時間がかかると言っていたよな? ならワルターの作った表を存在界で広報活動をやっているメンバー全員に持たせたらいいのではないか?」
根本的な解決策になり得ないが、少なくとも調べる時間だけは短縮できる。
また、回答者によって回答内容が異なる、ということも防げるはずだ。
「それは悪くないね。ただ、質問の種類が多くて私やワルターもどんな質問が来ているかって、全部は把握していないのよ」
イサベルが、ああもう、と頭を掻きむしった。
確かに答えが用意できている質問が二〇というのは少なすぎる。
「そうね……アイリスなら、ここで相談者から聞かれた質問の内容は把握しているんじゃない? それを調べてみたら?」
そう言ってユーリがアイリスの方をちらっと見た。
恍惚の表情を浮かべながらポテチを口に運び、コーラをちびっと飲んでは顔を引きつらせている。
ユーリが「こりゃダメだ」という顔をして、助けを求めるかのように私の方に目を向けた。
もしかしたら、ウエバヤシさんの答えを聞く前からアイリスは「揺らいで」いたのかもしれない。
単なるツッコミ待ちの可能性もあるが、それならこちらからツッコめば復活するだろう。
「所長、ワルターとイサベルが過去の相談記録を調べたいと言っています。協力していただけないですか?」
「サービスが足りない……」
「サービスって何をすればいいですか? そもそも私は所長にサービスを提供する側ではないはずですが」
この感じは多少「揺らいで」いる気もするが、大部分はツッコミ待ちだと思う。
コーラが気に入らずに拗ねているのかもしれない。
「コーラよりアムリタがいい……」
「ユーリ、アムリタを所長に。ワルターとイサベルも飲むか?」
アムリタならそれほど高価なものではないし、それでアイリスが復活するなら許容できないことはない。
結局ユーリと自分の分も含めてアムリタを五つ頼む羽目になった。
「……なるほど、記録ならあるわよ。ちょっとそこで待っていて」
復活したアイリスが文字通り浮かび上がって二階へと向かった。記録を持ってくるのだろう。
「ところで、人間からの質問ってどんなものが多いんだ?」
私は興味本位で尋ねてみた。
「相談所の営業時間や行き方についての問い合わせが多いのだけど、それ以外だとこっちでの生活に関する内容が多いような……」
「こちらに来るのは精霊たちの性格や容姿に関するものが多いのだが……」
イサベルとワルターで言っていることが違う。
よくよく聞いてみると質問をしてくる層が違っているようで、イサベルはネット経由の質問を、ワルターは存在界での交友範囲からの質問を中心に答えているらしい。
「ずいぶんいろんなこと聞かれるのね……って私もそうだったか。精霊のことってよくわからないしね」
「そうだよな。こっちでの生活の情報もあまりなかったしな。お金とか仕事とかどうするのかって思ったよ」
長年精霊界に住んでいるユーリや私も、移住前は情報の少なさに辟易したものだ。
人間時代の私もアイリスには色々質問して、鬱陶しく思われていたのではないだろうか?
「よいしょ、フランシスに教えてもらったコレが入ってから記録を調べるのが楽になったわね」
アイリスがノートパソコンと外付けのディスクを抱えて戻ってきた。
「どんな感じ?」
イサベルがアイリスの背後からノートパソコンの画面を覗き込んでいる。
「後でデータ渡すけど、精霊界での生活に関するものが多いわね。それと最近は存在界で流布されているデマの類に関する質問が増えているわね……」
「ちょっと私にも見せてください」
イサベルとアイリスに断って私も画面を覗いてみる。
ユーリが私の後ろから画面を覗き込んだ。
すぐにいくつか気になる質問が見つかった。
「……移住に手数料取るって、相談所はお金取らないですよね?」
「そんなことしないしさせないわよ。精霊界のルールで禁止されていることだ、って説明しているし」
アイリスのいう通りだ。だいたい、存在界のお金はそのまま精霊界に持ち込めないし、魔法で変換しようものなら周囲の精霊に気付かれる。
「……だとしたらマズくない?」
「……マズいことになっている可能性があるな。それに、こちらから打てる手がほとんどなさそうだ……」
「えっ?! ユーリ、アーベルどうかした?」
アイリスが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「……ちょっとイヤな感じ……」
「うむ、気にはなるが具体的にどのように良くないかは、魂霊の二人に意見を求めたい」
イサベルとワルターは、何となく私やユーリが考えていることが理解できているようだ。
アイリスはツッコミ待ちのボケを見せることはあるものの、基本的には優秀な仕事人だ。
また、相談員として多くの人間と接した経験がある。
しかし、存在界で生活した経験はほとんどないと聞いているから、人間━━特にその弱い部分や悪い部分に疎いところがある。
一方、イサベルとワルターは普段存在界で生活しており、人間のこうした部分をそれなりに見聞きしているはずだ。
私が思うに精霊というのは、誰かを傷つけるとか、悪意を持って誰かと接することができない。
というより軽い悪戯レベルのものを除くと、悪意そのものを持つことができないのではないかと思う。
だから他者の悪意に非常に鈍感だ。
「誰か悪い奴が精霊界への移住を餌にしてお金を巻き上げていても不思議じゃないわ! そんなことをされたら……」
「精霊界のイメージは悪くなるし、移住希望者が移住をためらう可能性も考えられますね」
ユーリと私が想像レベルの見解を示すと、アイリスが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
イサベルとワルターは「やっぱり」「やはり」とつぶやいている。
「……それが事実だとしたら、私たち精霊の問題なのよね……」
アイリスがふっと力なく笑った。
「どうしてよ?! 精霊界と関係のない人間が移住したい人を騙しているだけじゃない!」
私もユーリと同じような考えを持っていたから、アイリスの自虐的な笑みには違和感を覚えた。
少なくとも彼女がこのタイミングでツッコミ待ちのボケを見せるとは考えられない。
「ユーリ、人間を造ったのは私たち精霊なのよ……」
「で、でも、人間の世界じゃ大人が悪いことをしても、その親の責任は問われないわよ!」
「人間は精霊が存在界における自分の姿をまねて造ったもの。だから本来、そうした悪い考えは持っていない」
「だったらどうして?!」
ユーリは納得できないといった顔でアイリスに詰め寄った。
「ユーリ、精霊は『揺らぎ』が限界を超えると溢壊する。『揺らぎ』や溢壊は精霊が司る何かを暴走させてしまう。もし、人間が何か悪いことをしたのであれば、その原因は人の心を司る精霊の『揺らぎ』や溢壊の可能性が高いのよ……」
「そ、そんな……」
ユーリが近くの椅子にへたり込んだ。
私にもユーリと同じように納得できない部分はある。
しかし、悪意を持って精霊界への移住を妨害するなら、その原因が精霊にある可能性が高いというのは理屈として理解できる。
精霊界のことは存在界であまり知られていないので、善意で移住を思いとどまるよう説得する人はいるだろう。
ただ、精霊界の関係者を名乗ってできもしない移住で金を巻き上げようというのは明らかに悪意だと思う。
「アーベルも納得していないようだけど、こちらで打てる手はあるのよ。人の精神や心を司る精霊で『揺らい』だり溢壊したのを探し出せばいいのだから」
アイリスがそう言って片目を閉じてみせた。
気の遠くなるような作業のような気がするが、効果は得られそうだ。
「それは私でやっておくから、アーベルとユーリはさっきの続きをお願いね」
アイリスは私にノートパソコンと外付けのディスクを預けて二階へ向けて飛んでいった。
さすがにこういう仕事では所長には敵いそうもない。
「ユーリ、主だった質問と回答を表にまとめようと思う、手伝ってくれないか?」
「うん、わかった。今度は私から飲み物をサービスするから、イサベルとワルターはちょっと待ってて」
こうして私とユーリで五時間ほどかけて主な質問への回答集を作り、ワルターにデータを渡した。
「助かった。やはり人間や存在界のことなら魂霊に聞いた方が早いのだな」
「そうね、これからはちょくちょく相談に来るかもしれないから、そのときはよろしくね」
ワルターとイサベルが慌ただしく「ケルークス」を後にした。
精霊界への移住者を増やすためには、相談以外にもと人間である魂霊がやるべきことがあるのかもしれない。
「アーベルがいるな。ユーリにも話を聞いた方がいいが……アイリスは何をやっているのだ?」
「ケルークス」の店内に頬に絆創膏を貼ったくすんだ金髪の女性と作業着姿の中年男性が姿を現した。
女性の方はイサベル、男性はワルターという。二体とも存在界で広報活動を行う相談所のメンバーだ。
「あら、イサベルにワルターまで私を笑おうっていうの? コーラなんて今まで飲んだことなかったわよ!」
アイリスがやさぐれた顔をワルターに向けた後、ポテチをつまんでにやけている。
これは失敗したかもしれない。アイリスが「揺らぐ」兆候はなさそうだと信じたいが……正直私にはわからない。
「「??」」
イサベルとワルターは訳がわからないといった様子で首を横に振っている。
ウエバヤシさんが移住を断念したことで気落ちしていたアイリスにコーラを奢ったはいいが、思わぬ展開に奢った張本人である私も困惑していた。
冷たい飲み物が苦手なアイリスだったから、敢えて常温で出してもらったのだけど……
「私とユーリの名前が出ていたけど、何があったんだい?」
アイリスがこの状態なので、私が直接ワルターとイサベルに話を聞いた方が良さそうだ。
「ああ、ちょっと相談したいことがある。ユーリも聞いてくれると助かる」
「私もなの? 私は相談員じゃないけど……」
「いや、存在界で生活したことのある者に相談したいのだ。相談員である必要はない」
「そういうことなら……」
相談員ではないユーリは戸惑いながらも、二体のために席を準備した。
ユーリ自身も椅子に座って話を聞く姿勢になった。
「最近ちょっと忙しくなっていて、他の仕事に支障が出ているのだけど……」
「そうなのだ。精霊界に関する問い合わせが増えているのだが、それに答えきれていなくてな……」
イサベルとワルターの話を整理すると次のようになるらしい。
「精霊界移住相談所」の存在界出張メンバーはネットや口コミなどで、精霊界への移住に関する情報を流している。
それを見た精霊界や移住に興味を持った人たちからの問い合わせが急増しているらしい。
問い合わせの中味も即答できないものが少なくないらしく、調べたりするのに手がかかっているようだ。
「だったら、FAQみたいなのを作って、ネットで公開したらいいんじゃない?」
ユーリの案は悪くないと思ったのだが、何かが引っかかる。
「特に多い二〇ばかりの質問には質問内容と回答を表にしたものをネットに公開していたのだが、すぐに削除されてしまってな。場所を変えては削除されての繰り返しなのだ」
ワルターの答えを聞いて納得した。ユーリも、そうだった、と頭に手をやった。
精霊界の情報を公開しようとしても、それを邪魔されたり、消されたりするのは日常茶飯事なのだ。
こうした妨害活動を行っているのが国や公的機関などだから厄介だ。
「さすがに安直すぎたか……」
「いや、ユーリの考え方は悪くない。確か調べるのに時間がかかると言っていたよな? ならワルターの作った表を存在界で広報活動をやっているメンバー全員に持たせたらいいのではないか?」
根本的な解決策になり得ないが、少なくとも調べる時間だけは短縮できる。
また、回答者によって回答内容が異なる、ということも防げるはずだ。
「それは悪くないね。ただ、質問の種類が多くて私やワルターもどんな質問が来ているかって、全部は把握していないのよ」
イサベルが、ああもう、と頭を掻きむしった。
確かに答えが用意できている質問が二〇というのは少なすぎる。
「そうね……アイリスなら、ここで相談者から聞かれた質問の内容は把握しているんじゃない? それを調べてみたら?」
そう言ってユーリがアイリスの方をちらっと見た。
恍惚の表情を浮かべながらポテチを口に運び、コーラをちびっと飲んでは顔を引きつらせている。
ユーリが「こりゃダメだ」という顔をして、助けを求めるかのように私の方に目を向けた。
もしかしたら、ウエバヤシさんの答えを聞く前からアイリスは「揺らいで」いたのかもしれない。
単なるツッコミ待ちの可能性もあるが、それならこちらからツッコめば復活するだろう。
「所長、ワルターとイサベルが過去の相談記録を調べたいと言っています。協力していただけないですか?」
「サービスが足りない……」
「サービスって何をすればいいですか? そもそも私は所長にサービスを提供する側ではないはずですが」
この感じは多少「揺らいで」いる気もするが、大部分はツッコミ待ちだと思う。
コーラが気に入らずに拗ねているのかもしれない。
「コーラよりアムリタがいい……」
「ユーリ、アムリタを所長に。ワルターとイサベルも飲むか?」
アムリタならそれほど高価なものではないし、それでアイリスが復活するなら許容できないことはない。
結局ユーリと自分の分も含めてアムリタを五つ頼む羽目になった。
「……なるほど、記録ならあるわよ。ちょっとそこで待っていて」
復活したアイリスが文字通り浮かび上がって二階へと向かった。記録を持ってくるのだろう。
「ところで、人間からの質問ってどんなものが多いんだ?」
私は興味本位で尋ねてみた。
「相談所の営業時間や行き方についての問い合わせが多いのだけど、それ以外だとこっちでの生活に関する内容が多いような……」
「こちらに来るのは精霊たちの性格や容姿に関するものが多いのだが……」
イサベルとワルターで言っていることが違う。
よくよく聞いてみると質問をしてくる層が違っているようで、イサベルはネット経由の質問を、ワルターは存在界での交友範囲からの質問を中心に答えているらしい。
「ずいぶんいろんなこと聞かれるのね……って私もそうだったか。精霊のことってよくわからないしね」
「そうだよな。こっちでの生活の情報もあまりなかったしな。お金とか仕事とかどうするのかって思ったよ」
長年精霊界に住んでいるユーリや私も、移住前は情報の少なさに辟易したものだ。
人間時代の私もアイリスには色々質問して、鬱陶しく思われていたのではないだろうか?
「よいしょ、フランシスに教えてもらったコレが入ってから記録を調べるのが楽になったわね」
アイリスがノートパソコンと外付けのディスクを抱えて戻ってきた。
「どんな感じ?」
イサベルがアイリスの背後からノートパソコンの画面を覗き込んでいる。
「後でデータ渡すけど、精霊界での生活に関するものが多いわね。それと最近は存在界で流布されているデマの類に関する質問が増えているわね……」
「ちょっと私にも見せてください」
イサベルとアイリスに断って私も画面を覗いてみる。
ユーリが私の後ろから画面を覗き込んだ。
すぐにいくつか気になる質問が見つかった。
「……移住に手数料取るって、相談所はお金取らないですよね?」
「そんなことしないしさせないわよ。精霊界のルールで禁止されていることだ、って説明しているし」
アイリスのいう通りだ。だいたい、存在界のお金はそのまま精霊界に持ち込めないし、魔法で変換しようものなら周囲の精霊に気付かれる。
「……だとしたらマズくない?」
「……マズいことになっている可能性があるな。それに、こちらから打てる手がほとんどなさそうだ……」
「えっ?! ユーリ、アーベルどうかした?」
アイリスが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「……ちょっとイヤな感じ……」
「うむ、気にはなるが具体的にどのように良くないかは、魂霊の二人に意見を求めたい」
イサベルとワルターは、何となく私やユーリが考えていることが理解できているようだ。
アイリスはツッコミ待ちのボケを見せることはあるものの、基本的には優秀な仕事人だ。
また、相談員として多くの人間と接した経験がある。
しかし、存在界で生活した経験はほとんどないと聞いているから、人間━━特にその弱い部分や悪い部分に疎いところがある。
一方、イサベルとワルターは普段存在界で生活しており、人間のこうした部分をそれなりに見聞きしているはずだ。
私が思うに精霊というのは、誰かを傷つけるとか、悪意を持って誰かと接することができない。
というより軽い悪戯レベルのものを除くと、悪意そのものを持つことができないのではないかと思う。
だから他者の悪意に非常に鈍感だ。
「誰か悪い奴が精霊界への移住を餌にしてお金を巻き上げていても不思議じゃないわ! そんなことをされたら……」
「精霊界のイメージは悪くなるし、移住希望者が移住をためらう可能性も考えられますね」
ユーリと私が想像レベルの見解を示すと、アイリスが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
イサベルとワルターは「やっぱり」「やはり」とつぶやいている。
「……それが事実だとしたら、私たち精霊の問題なのよね……」
アイリスがふっと力なく笑った。
「どうしてよ?! 精霊界と関係のない人間が移住したい人を騙しているだけじゃない!」
私もユーリと同じような考えを持っていたから、アイリスの自虐的な笑みには違和感を覚えた。
少なくとも彼女がこのタイミングでツッコミ待ちのボケを見せるとは考えられない。
「ユーリ、人間を造ったのは私たち精霊なのよ……」
「で、でも、人間の世界じゃ大人が悪いことをしても、その親の責任は問われないわよ!」
「人間は精霊が存在界における自分の姿をまねて造ったもの。だから本来、そうした悪い考えは持っていない」
「だったらどうして?!」
ユーリは納得できないといった顔でアイリスに詰め寄った。
「ユーリ、精霊は『揺らぎ』が限界を超えると溢壊する。『揺らぎ』や溢壊は精霊が司る何かを暴走させてしまう。もし、人間が何か悪いことをしたのであれば、その原因は人の心を司る精霊の『揺らぎ』や溢壊の可能性が高いのよ……」
「そ、そんな……」
ユーリが近くの椅子にへたり込んだ。
私にもユーリと同じように納得できない部分はある。
しかし、悪意を持って精霊界への移住を妨害するなら、その原因が精霊にある可能性が高いというのは理屈として理解できる。
精霊界のことは存在界であまり知られていないので、善意で移住を思いとどまるよう説得する人はいるだろう。
ただ、精霊界の関係者を名乗ってできもしない移住で金を巻き上げようというのは明らかに悪意だと思う。
「アーベルも納得していないようだけど、こちらで打てる手はあるのよ。人の精神や心を司る精霊で『揺らい』だり溢壊したのを探し出せばいいのだから」
アイリスがそう言って片目を閉じてみせた。
気の遠くなるような作業のような気がするが、効果は得られそうだ。
「それは私でやっておくから、アーベルとユーリはさっきの続きをお願いね」
アイリスは私にノートパソコンと外付けのディスクを預けて二階へ向けて飛んでいった。
さすがにこういう仕事では所長には敵いそうもない。
「ユーリ、主だった質問と回答を表にまとめようと思う、手伝ってくれないか?」
「うん、わかった。今度は私から飲み物をサービスするから、イサベルとワルターはちょっと待ってて」
こうして私とユーリで五時間ほどかけて主な質問への回答集を作り、ワルターにデータを渡した。
「助かった。やはり人間や存在界のことなら魂霊に聞いた方が早いのだな」
「そうね、これからはちょくちょく相談に来るかもしれないから、そのときはよろしくね」
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