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第十八章
861:揺らぐ足元
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ECN社の研修センターを占拠したグループは徐々に人数を増やし、翌日の一一月四日の夕方には約五〇〇名になっていた。
翌五日は平日であったため四日の夕方以降は半分ほどの人数となったが、研修センターの占拠は続けている。
ECN社からはトミシマが占拠しているグループと交渉に当たろうとしたが、相手はミヤハラとの直接交渉以外は受け付けないと、トミシマとの交渉を拒否した。
それでもあきらめずにトミシマは何度か交渉を持ちかけたが、相手の態度は変化しなかった。
そこで、交渉の門戸は開いたままにしておく、と発表した上で、交渉を持ちかけるのではなく、相手が交渉を求めるのを待つというように方針を転換した。
研修センターが占拠されたことに対して、ECN社は手をこまねいているわけではなかった。
占拠したグループは自らの身分を明かさなかったが、ECN社は四日の朝の時点で主だったメンバーを特定していた。
彼らの多くが「EMいのちの守護者の会」が裏で動かしている金融業者、もしくは彼らから借金をしている者であることが判明していた。
五日の午後には、こうした金融業者が多額の借金のある者に対して「ECN社の施設を占拠せよ」と指示を出していたことも明らかになった。
この事実を公表して、研修センターを占拠しているグループにダメージを与えることは可能であった。
しかし、ミヤハラはそれを選択しなかった。
事実を公表すれば、裏で金融業者を動かしている「EMいのちの守護者の会」がトカゲの尻尾切りをすることが濃厚であったためだ。
問題は「EMいのちの守護者の会」を陰で牛耳っている幹部達なのであり、彼らの所業を白日のもとにさらさなければ、同じことが繰り返されるだけである。
オイゲンやエリックなどが調査し、こうした金融機関が「EMいのちの守護者の会」を裏で牛耳っている幹部と繋がっていることは明らかになった。
しかし、この調査結果を公表するのには問題があった。
調査方法について道義的に許されるものではない、と判断する者が多数派になることが予想されたためだ。
調査は通貨システムから得られた通貨の移動データ、ECN社の通信網上での通信記録などを収集、分析して行われた。
通貨の移動データについては、「ポイント決定」によって、特別の場合を除き、閲覧や閲覧結果の公開は禁じられている。
また、通信記録についても、ECN社と関係のないセキュリティ会社の防犯システムから得られた情報なども分析対象としており、ECN社がこれを許可なく行ったことについて、市民の賛同は得られそうになかった。
しかし、研修センターを占拠しているグループがセンターに備蓄されていた食糧や飲料水などを倉庫から無断で持ち出した様子を映した防犯カメラの映像については、ミヤハラの判断で公開した。
映像では食料を持ち出して、研修センターの大講義室で宴会を始める者達の姿が映し出されていた。
挙句の果てには酒に酔ったのか、机の上で踊りだす者、椅子を投げつける者、壁を蹴飛ばす者などの姿も映し出され、映像を見た市民には、こうした姿に不快感を覚える者も少なくなかった。
ECN社の幹部のうち、「EMいのちの守護者の会」への支持を表明していた者の中には、慌てて非難の声明を発表した者まで出る始末であった。
「おう、エリック。本社は今、なかなか面白い状況だぞ。戻してやれなくてすまないが」
LH五二年一一月七日の夕方、ミヤハラの姿はハモネスの某所にあった。
行方不明とされていたオイゲンがミヤハラやサクライなどに正体を明かした古い民家風の建物である。
それは会員制の貸し会議室であり、ECN社の関係者ではオイゲンやミヤハラ、サクライなどごく一部の者しか入ることができない。
今回部屋の中にいるのはミヤハラ、エリック、オイゲンの三名だ。
「トミカさんとかホクトさんが青ざめているのは是非見たかったのですけど。こちらにもやることがありますからね」
そういうエリックの表情はどこか嬉しそうであった。
しかし、その表情は長くは続かず、すぐに真剣なものとなる。
「モトムラ君のところや、HBS社でも調べているけど、世論はまだまだ我々に味方しているとは言えないね。『リスク管理研究所』のコメントも影響しているような状況だよ」
ECN社の研修センターを占拠したグループの問題行動は明らかになったが、オイゲンの言葉通り、世論はECN社に一方的に味方してはいなかった。
「研修センターは災害時に避難場所として近隣住民などに開放する」とECN社は公言していた。
食糧や飲料などは、災害時に避難してきた人たちが利用するために備蓄されているものであった。
こうした事実が明らかになってもなお、研修センターを占拠したグループに味方する声も多かった。
まずは、エクザロームを一企業、下手をすればその中の一部の者たちの独裁による統治を回避できるのであれば、手段を選ぶ必要はないとする市民の存在である。
「OP社治安改革部隊」が司法警察権を独占しようとした際には、こうした声は大きくなかった。
口の悪い者に言わせれば、ハドリが相手ならば意見を出せば仕返しされるが、ミヤハラならその心配はないとたかを括っているに過ぎない、ということになる。
逆にミヤハラを恐れている声も一部にはある。
その根拠はミヤハラのオイゲンに対する扱いにあるとしている。
行方不明のオイゲンが帰還した際、ミヤハラはECN社の社長の座を退くことなく、表向きオイゲンを追い出す形となった。
それだけではなく、新しい会社を設立して無理矢理その社長にすることで、事実上幽閉しているのだ、という噂も流れていた。
この噂を信じる者たちを中心に、このような残酷な社長がいる企業は、手段を選ばず潰すべきだ、という意見もあった。
オイゲンもこの噂の存在は知っていたが、指摘されても「よくそこまで考えるねぇ。少なくとも僕の意に反した対応ではないのだけど」と苦笑するだけであった。
また、「EMいのちの守護者の会」や「リスク管理研究所」は、ミヤハラをサブマリン島の統治者に推す声に対して、否定的な見解を示していた。
こうした見解を支持するため、結果的にミヤハラ率いるECN社に味方しない、という市民は相当数いるようであった。
翌五日は平日であったため四日の夕方以降は半分ほどの人数となったが、研修センターの占拠は続けている。
ECN社からはトミシマが占拠しているグループと交渉に当たろうとしたが、相手はミヤハラとの直接交渉以外は受け付けないと、トミシマとの交渉を拒否した。
それでもあきらめずにトミシマは何度か交渉を持ちかけたが、相手の態度は変化しなかった。
そこで、交渉の門戸は開いたままにしておく、と発表した上で、交渉を持ちかけるのではなく、相手が交渉を求めるのを待つというように方針を転換した。
研修センターが占拠されたことに対して、ECN社は手をこまねいているわけではなかった。
占拠したグループは自らの身分を明かさなかったが、ECN社は四日の朝の時点で主だったメンバーを特定していた。
彼らの多くが「EMいのちの守護者の会」が裏で動かしている金融業者、もしくは彼らから借金をしている者であることが判明していた。
五日の午後には、こうした金融業者が多額の借金のある者に対して「ECN社の施設を占拠せよ」と指示を出していたことも明らかになった。
この事実を公表して、研修センターを占拠しているグループにダメージを与えることは可能であった。
しかし、ミヤハラはそれを選択しなかった。
事実を公表すれば、裏で金融業者を動かしている「EMいのちの守護者の会」がトカゲの尻尾切りをすることが濃厚であったためだ。
問題は「EMいのちの守護者の会」を陰で牛耳っている幹部達なのであり、彼らの所業を白日のもとにさらさなければ、同じことが繰り返されるだけである。
オイゲンやエリックなどが調査し、こうした金融機関が「EMいのちの守護者の会」を裏で牛耳っている幹部と繋がっていることは明らかになった。
しかし、この調査結果を公表するのには問題があった。
調査方法について道義的に許されるものではない、と判断する者が多数派になることが予想されたためだ。
調査は通貨システムから得られた通貨の移動データ、ECN社の通信網上での通信記録などを収集、分析して行われた。
通貨の移動データについては、「ポイント決定」によって、特別の場合を除き、閲覧や閲覧結果の公開は禁じられている。
また、通信記録についても、ECN社と関係のないセキュリティ会社の防犯システムから得られた情報なども分析対象としており、ECN社がこれを許可なく行ったことについて、市民の賛同は得られそうになかった。
しかし、研修センターを占拠しているグループがセンターに備蓄されていた食糧や飲料水などを倉庫から無断で持ち出した様子を映した防犯カメラの映像については、ミヤハラの判断で公開した。
映像では食料を持ち出して、研修センターの大講義室で宴会を始める者達の姿が映し出されていた。
挙句の果てには酒に酔ったのか、机の上で踊りだす者、椅子を投げつける者、壁を蹴飛ばす者などの姿も映し出され、映像を見た市民には、こうした姿に不快感を覚える者も少なくなかった。
ECN社の幹部のうち、「EMいのちの守護者の会」への支持を表明していた者の中には、慌てて非難の声明を発表した者まで出る始末であった。
「おう、エリック。本社は今、なかなか面白い状況だぞ。戻してやれなくてすまないが」
LH五二年一一月七日の夕方、ミヤハラの姿はハモネスの某所にあった。
行方不明とされていたオイゲンがミヤハラやサクライなどに正体を明かした古い民家風の建物である。
それは会員制の貸し会議室であり、ECN社の関係者ではオイゲンやミヤハラ、サクライなどごく一部の者しか入ることができない。
今回部屋の中にいるのはミヤハラ、エリック、オイゲンの三名だ。
「トミカさんとかホクトさんが青ざめているのは是非見たかったのですけど。こちらにもやることがありますからね」
そういうエリックの表情はどこか嬉しそうであった。
しかし、その表情は長くは続かず、すぐに真剣なものとなる。
「モトムラ君のところや、HBS社でも調べているけど、世論はまだまだ我々に味方しているとは言えないね。『リスク管理研究所』のコメントも影響しているような状況だよ」
ECN社の研修センターを占拠したグループの問題行動は明らかになったが、オイゲンの言葉通り、世論はECN社に一方的に味方してはいなかった。
「研修センターは災害時に避難場所として近隣住民などに開放する」とECN社は公言していた。
食糧や飲料などは、災害時に避難してきた人たちが利用するために備蓄されているものであった。
こうした事実が明らかになってもなお、研修センターを占拠したグループに味方する声も多かった。
まずは、エクザロームを一企業、下手をすればその中の一部の者たちの独裁による統治を回避できるのであれば、手段を選ぶ必要はないとする市民の存在である。
「OP社治安改革部隊」が司法警察権を独占しようとした際には、こうした声は大きくなかった。
口の悪い者に言わせれば、ハドリが相手ならば意見を出せば仕返しされるが、ミヤハラならその心配はないとたかを括っているに過ぎない、ということになる。
逆にミヤハラを恐れている声も一部にはある。
その根拠はミヤハラのオイゲンに対する扱いにあるとしている。
行方不明のオイゲンが帰還した際、ミヤハラはECN社の社長の座を退くことなく、表向きオイゲンを追い出す形となった。
それだけではなく、新しい会社を設立して無理矢理その社長にすることで、事実上幽閉しているのだ、という噂も流れていた。
この噂を信じる者たちを中心に、このような残酷な社長がいる企業は、手段を選ばず潰すべきだ、という意見もあった。
オイゲンもこの噂の存在は知っていたが、指摘されても「よくそこまで考えるねぇ。少なくとも僕の意に反した対応ではないのだけど」と苦笑するだけであった。
また、「EMいのちの守護者の会」や「リスク管理研究所」は、ミヤハラをサブマリン島の統治者に推す声に対して、否定的な見解を示していた。
こうした見解を支持するため、結果的にミヤハラ率いるECN社に味方しない、という市民は相当数いるようであった。
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