ストランディング・ワールド(Stranding World) 第三部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて国を興す~

空乃参三

文字の大きさ
172 / 240
第十九章

889:レイカからメイへの依頼

しおりを挟む
 ミヤハラと顔を合わせたその夜、オイゲンがハモネス郊外にある自宅に戻ったのは、二三時近くであった。HBS社の本社と同じ建物である。

 居間には灯りが灯っており、何やら作業をしている音が聞こえる。
 オイゲンがいる玄関脇の棚の上には、夕食と思われる包みが二人分、開かれることなく置かれていた。
 このあたりでは特に注文を付けないかぎり、元調理人のモミガワが周辺の住民の食事をまとめて作って配達していたから、夕食の包みはモミガワが持ってきたものであろう。
 それが玄関に置き去りになっているのは、中の者が作業に没頭しており、夕食のことが視界に入っていないからであった。
 こうしたことは時々あることなので、オイゲンも驚いたりすることはない。

 オイゲンは中の作業の邪魔にならないよう、静かに部屋に入ろうとした。
 しかし、中の者はそのわずかな音に気付き、作業の手を止めた。
「あっ、オイゲン。お待ちしていました」
「ただいま、メイさん。作業を止めてしまってすまない」
 作業をしていたのは彼の妻メイであった。彼女が作業に没頭して周囲のことが見えなくなるのはよくあることだ。オイゲンが近づいてきても気付かないこともあるが、今回はそうではなかった。
 オイゲンが食事をとるかどうかメイに尋ねると、一緒に食べたいと答えたので、急いで準備をした。
 普段のメイはオイゲンの前ではよく話すのであるが、今日は少し様子が違った。
 落ち着きなく周辺に目をやったり、箸で食器の隅をつついたりしている。
 そして、不意に意を決したように大きく息を吸って、オイゲンに携帯端末を差し出した。

「オイゲン、すみません。これを読んでいただけないでしょうか?」
 言われた通り、オイゲンは携帯端末に表示された文書を読んだ。
 メイの視線はオイゲンの目の動きを追っている。
 オイゲンが読み終えたらしいタイミングで、メイが消え入りそうな声で「どうですか?」と尋ねた。
「実現したら、すごいことになると思う。『東部探索隊』の成果も活用できるし」
 オイゲンの答えを聞いたメイは、軽くうなずいてから何かを決意したかのように真顔になった。
「……私、メルツ室長からの依頼、受けようと思います。オイゲンはそれでいいですか?」
 オイゲンはもちろん、と答えてから彼女がそう決断した理由を尋ねた。

 文書は、ECN社広報企画室長レイカ・メルツからのものであった。
 そこにはメイから受け取った飛行機の模型を飛ばしてみたことが書かれており、その時の映像が添付されていた。
 それだけではなく、物資や人の輸送に利用するために大型の機体を開発したいので力を貸してほしい、とあった。
 レイカは親交の深いサユリ・コナカを通じてメイにこの文書を届けたようであった。
 コナカであれば、メイも少しはコミュニケーションを取ることができる。

「……メルツ室長、そんなことを考えていたのか」
 オイゲンは素直に感心した。
 レイカは「東部探索隊」が発見した島東部の居住可能地域を有効活用するためには、輸送の問題の解決が必要と考えているようであった。そこでメイの作った飛行機の模型に目をつけたのだと思われる。
 その一方で、実用化されれば自分も乗ってみたいとしており、このことが書かれた部分は、やや興奮気味な様子が文章からも見てとれた。

「……私、オイゲンに居場所を作ってもらってからずっと、考えていたことがあったんです」
 メイの表情がいつになく真剣なものになる。
 普段からふざけたりすることの少ない彼女ではあるが、ここまで真剣な表情をするのは珍しい、とオイゲンは思った。
 このような場合、彼女の話を真剣に受け止めなければ、彼女は「居場所を失う」ことをオイゲンは知っていた。
「何だろうか? 聞かせてほしいな」
 言葉は優しいが、オイゲンの表情も真剣そのものだ。
「オイゲンの目の届くところ、その場所が私が『居てよい』場所なんです……」
 メイの言葉にオイゲンは敢えて口を挟まない。
「……私はその場所を守りたい、これは私の我儘ということはわかっています。でも、私の『居てよい』場所をなくしたくないんです!」
 メイはここでいったん言葉を切ったが、オイゲンは「続けていいよ」と視線を送った。
「今いるこの場所だって、なくなってしまうかもしれない。そうしたら別の場所に行かないと……だから、だから、オイゲンが居てくださって、私が居て……自由に動ける、そういう場所を作りたいんです!」
 メイが興奮気味にまくし立てた。オイゲンには彼女が必死で訴えたいことがあるということが理解できた。
 その一方で、オイゲンはメイの言葉の意図するところも考えていた。
 要するに自在に移動できる住居のようなものが欲しいと言っているのか?
 そう判断してオイゲンは「自由に動ける、そういう場所」についていくつかの質問を投げかけた。
 それで落ち着きを取り戻したのか、メイは冷静に質問に答えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...