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第十九章
889:レイカからメイへの依頼
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ミヤハラと顔を合わせたその夜、オイゲンがハモネス郊外にある自宅に戻ったのは、二三時近くであった。HBS社の本社と同じ建物である。
居間には灯りが灯っており、何やら作業をしている音が聞こえる。
オイゲンがいる玄関脇の棚の上には、夕食と思われる包みが二人分、開かれることなく置かれていた。
このあたりでは特に注文を付けないかぎり、元調理人のモミガワが周辺の住民の食事をまとめて作って配達していたから、夕食の包みはモミガワが持ってきたものであろう。
それが玄関に置き去りになっているのは、中の者が作業に没頭しており、夕食のことが視界に入っていないからであった。
こうしたことは時々あることなので、オイゲンも驚いたりすることはない。
オイゲンは中の作業の邪魔にならないよう、静かに部屋に入ろうとした。
しかし、中の者はそのわずかな音に気付き、作業の手を止めた。
「あっ、オイゲン。お待ちしていました」
「ただいま、メイさん。作業を止めてしまってすまない」
作業をしていたのは彼の妻メイであった。彼女が作業に没頭して周囲のことが見えなくなるのはよくあることだ。オイゲンが近づいてきても気付かないこともあるが、今回はそうではなかった。
オイゲンが食事をとるかどうかメイに尋ねると、一緒に食べたいと答えたので、急いで準備をした。
普段のメイはオイゲンの前ではよく話すのであるが、今日は少し様子が違った。
落ち着きなく周辺に目をやったり、箸で食器の隅をつついたりしている。
そして、不意に意を決したように大きく息を吸って、オイゲンに携帯端末を差し出した。
「オイゲン、すみません。これを読んでいただけないでしょうか?」
言われた通り、オイゲンは携帯端末に表示された文書を読んだ。
メイの視線はオイゲンの目の動きを追っている。
オイゲンが読み終えたらしいタイミングで、メイが消え入りそうな声で「どうですか?」と尋ねた。
「実現したら、すごいことになると思う。『東部探索隊』の成果も活用できるし」
オイゲンの答えを聞いたメイは、軽くうなずいてから何かを決意したかのように真顔になった。
「……私、メルツ室長からの依頼、受けようと思います。オイゲンはそれでいいですか?」
オイゲンはもちろん、と答えてから彼女がそう決断した理由を尋ねた。
文書は、ECN社広報企画室長レイカ・メルツからのものであった。
そこにはメイから受け取った飛行機の模型を飛ばしてみたことが書かれており、その時の映像が添付されていた。
それだけではなく、物資や人の輸送に利用するために大型の機体を開発したいので力を貸してほしい、とあった。
レイカは親交の深いサユリ・コナカを通じてメイにこの文書を届けたようであった。
コナカであれば、メイも少しはコミュニケーションを取ることができる。
「……メルツ室長、そんなことを考えていたのか」
オイゲンは素直に感心した。
レイカは「東部探索隊」が発見した島東部の居住可能地域を有効活用するためには、輸送の問題の解決が必要と考えているようであった。そこでメイの作った飛行機の模型に目をつけたのだと思われる。
その一方で、実用化されれば自分も乗ってみたいとしており、このことが書かれた部分は、やや興奮気味な様子が文章からも見てとれた。
「……私、オイゲンに居場所を作ってもらってからずっと、考えていたことがあったんです」
メイの表情がいつになく真剣なものになる。
普段からふざけたりすることの少ない彼女ではあるが、ここまで真剣な表情をするのは珍しい、とオイゲンは思った。
このような場合、彼女の話を真剣に受け止めなければ、彼女は「居場所を失う」ことをオイゲンは知っていた。
「何だろうか? 聞かせてほしいな」
言葉は優しいが、オイゲンの表情も真剣そのものだ。
「オイゲンの目の届くところ、その場所が私が『居てよい』場所なんです……」
メイの言葉にオイゲンは敢えて口を挟まない。
「……私はその場所を守りたい、これは私の我儘ということはわかっています。でも、私の『居てよい』場所をなくしたくないんです!」
メイはここでいったん言葉を切ったが、オイゲンは「続けていいよ」と視線を送った。
「今いるこの場所だって、なくなってしまうかもしれない。そうしたら別の場所に行かないと……だから、だから、オイゲンが居てくださって、私が居て……自由に動ける、そういう場所を作りたいんです!」
メイが興奮気味にまくし立てた。オイゲンには彼女が必死で訴えたいことがあるということが理解できた。
その一方で、オイゲンはメイの言葉の意図するところも考えていた。
要するに自在に移動できる住居のようなものが欲しいと言っているのか?
そう判断してオイゲンは「自由に動ける、そういう場所」についていくつかの質問を投げかけた。
それで落ち着きを取り戻したのか、メイは冷静に質問に答えていった。
居間には灯りが灯っており、何やら作業をしている音が聞こえる。
オイゲンがいる玄関脇の棚の上には、夕食と思われる包みが二人分、開かれることなく置かれていた。
このあたりでは特に注文を付けないかぎり、元調理人のモミガワが周辺の住民の食事をまとめて作って配達していたから、夕食の包みはモミガワが持ってきたものであろう。
それが玄関に置き去りになっているのは、中の者が作業に没頭しており、夕食のことが視界に入っていないからであった。
こうしたことは時々あることなので、オイゲンも驚いたりすることはない。
オイゲンは中の作業の邪魔にならないよう、静かに部屋に入ろうとした。
しかし、中の者はそのわずかな音に気付き、作業の手を止めた。
「あっ、オイゲン。お待ちしていました」
「ただいま、メイさん。作業を止めてしまってすまない」
作業をしていたのは彼の妻メイであった。彼女が作業に没頭して周囲のことが見えなくなるのはよくあることだ。オイゲンが近づいてきても気付かないこともあるが、今回はそうではなかった。
オイゲンが食事をとるかどうかメイに尋ねると、一緒に食べたいと答えたので、急いで準備をした。
普段のメイはオイゲンの前ではよく話すのであるが、今日は少し様子が違った。
落ち着きなく周辺に目をやったり、箸で食器の隅をつついたりしている。
そして、不意に意を決したように大きく息を吸って、オイゲンに携帯端末を差し出した。
「オイゲン、すみません。これを読んでいただけないでしょうか?」
言われた通り、オイゲンは携帯端末に表示された文書を読んだ。
メイの視線はオイゲンの目の動きを追っている。
オイゲンが読み終えたらしいタイミングで、メイが消え入りそうな声で「どうですか?」と尋ねた。
「実現したら、すごいことになると思う。『東部探索隊』の成果も活用できるし」
オイゲンの答えを聞いたメイは、軽くうなずいてから何かを決意したかのように真顔になった。
「……私、メルツ室長からの依頼、受けようと思います。オイゲンはそれでいいですか?」
オイゲンはもちろん、と答えてから彼女がそう決断した理由を尋ねた。
文書は、ECN社広報企画室長レイカ・メルツからのものであった。
そこにはメイから受け取った飛行機の模型を飛ばしてみたことが書かれており、その時の映像が添付されていた。
それだけではなく、物資や人の輸送に利用するために大型の機体を開発したいので力を貸してほしい、とあった。
レイカは親交の深いサユリ・コナカを通じてメイにこの文書を届けたようであった。
コナカであれば、メイも少しはコミュニケーションを取ることができる。
「……メルツ室長、そんなことを考えていたのか」
オイゲンは素直に感心した。
レイカは「東部探索隊」が発見した島東部の居住可能地域を有効活用するためには、輸送の問題の解決が必要と考えているようであった。そこでメイの作った飛行機の模型に目をつけたのだと思われる。
その一方で、実用化されれば自分も乗ってみたいとしており、このことが書かれた部分は、やや興奮気味な様子が文章からも見てとれた。
「……私、オイゲンに居場所を作ってもらってからずっと、考えていたことがあったんです」
メイの表情がいつになく真剣なものになる。
普段からふざけたりすることの少ない彼女ではあるが、ここまで真剣な表情をするのは珍しい、とオイゲンは思った。
このような場合、彼女の話を真剣に受け止めなければ、彼女は「居場所を失う」ことをオイゲンは知っていた。
「何だろうか? 聞かせてほしいな」
言葉は優しいが、オイゲンの表情も真剣そのものだ。
「オイゲンの目の届くところ、その場所が私が『居てよい』場所なんです……」
メイの言葉にオイゲンは敢えて口を挟まない。
「……私はその場所を守りたい、これは私の我儘ということはわかっています。でも、私の『居てよい』場所をなくしたくないんです!」
メイはここでいったん言葉を切ったが、オイゲンは「続けていいよ」と視線を送った。
「今いるこの場所だって、なくなってしまうかもしれない。そうしたら別の場所に行かないと……だから、だから、オイゲンが居てくださって、私が居て……自由に動ける、そういう場所を作りたいんです!」
メイが興奮気味にまくし立てた。オイゲンには彼女が必死で訴えたいことがあるということが理解できた。
その一方で、オイゲンはメイの言葉の意図するところも考えていた。
要するに自在に移動できる住居のようなものが欲しいと言っているのか?
そう判断してオイゲンは「自由に動ける、そういう場所」についていくつかの質問を投げかけた。
それで落ち着きを取り戻したのか、メイは冷静に質問に答えていった。
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