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最終章
1030:ライフワークの行きついた場所
「そういえばカエデ屋のバウムクーヘンが入っていたはずよ。アタシがパッキングをしたのだから間違いないわよ」
そう言ってウィリマがオオイダに胸を張って見せた。
普段は他人に頼まれて何かをする、ということが少ないウィリマである。
だから、こうしたことを大っぴらに話した時点で、シシガなどは依頼人が誰であるか容易に予想できた。
「カエデ屋ですって! 宇宙バージョン、食べてみたいなぁ」
オオイダがよだれをたらさんばかりの表情でウィリマの方を見ている。
「あー、試作品がいくつか余っていたから、帰りにアタシのラボに取りに来なさいよ」
オオイダの勢いにウィリマは引き気味であった。
「オオイダさんにカエデ屋の名前を出したら、ああなりますよ」
ミヤハラの妻サエナが、小声でウィリマをたしなめた。
サエナはカエデ屋のバウムクーヘンがオオイダのお気に入りであることをよく知っていたのだ。
ウィリマはある意味地雷を踏んだようなものであった。
軽めのランチの間、オオイダはウィリマにカエデ屋の「宇宙バージョン (オオイダ命名)」のバウムクーヘンについて、自分の思いをこれでもかとぶつけ続けたのであった。
「甘いものは好きですが、僕はオオイダさんほどの情熱は持てないですね」
「シシガ、遺憾ながら俺も同感だ。俺も甘いものを食わないわけではないのだが」
女性陣 (主にオオイダ)の声の大きさと比較すると、男性陣は通夜か葬式かというくらいに静かであった。
シシガは口数の多い方ではあるのだが、オオイダの勢いに完全に気圧されたといってよかった。
彼が他人の勢いに気圧されるのは珍しい。
軽めのランチを終えて、ミヤハラ達がトウラ宇宙開発センターの展望デッキに戻ってきたのは、午後一時一五分過ぎであった。
ノイ達の出発時刻は、あと十数分後に迫っていた。
一時二五分を過ぎるとさすがに皆の口数も減ってきた。
「発射まであと三分となりました」
不意に発射が近いことを知らせるアナウンスが流れ、カウントダウンが始まった。
シシガがカメラを構えてデッキの前の方に進み出た。
「発射一分前となりました……」
カウントダウンが発射まで残り一分を切ったことを告げた。
シシガはカメラのファインダーをのぞき込んだまま微動だにしない。
「五〇秒前……四五秒前……四〇秒前……」
周囲が静まりかえる。
さしものオオイダも食べていたお菓子の袋を閉じ、黙って発射台を見つめている。
「三〇秒前……二五秒前……二〇秒前、一九、一八……」
残りニ〇秒を切ったあたりで、打ち上げを見に来た人々が徐々に前のめりになりだした。
「九、八、七、六……」
六秒前になる直前に、ロケットに点火された。
見学者達から小さく声があがった。
「五、四、三、二、一、〇、発射!」
零の声とともに、ロケットの下部から白煙が噴出され、ロケットが上空へと打ち出された。
ロケットは、ほぼ真上に向かって突き進んでいく。
見学者たちが祈るようにして、その様子を見守っている。
シシガをはじめとした何人かはカメラやビデオカメラを向けて、ロケットを撮影し続けている。
しかし、それも数分の間のことであった。
放送でロケットが順調に飛行を続けていることと、午後七時頃に宇宙ステーションにドッキングすることが伝えられた。
一瞬、展望デッキが静まりかえった後、歓声と拍手が沸き起こった。
惑星エクザロームから宇宙へ向けて人類が飛び立ったのは、これで一〇回目となる。
ウィリマがシシガに写真を見せろと詰め寄り、オオイダが閉じていたお菓子の袋を開きだした。
周囲の人々は徐々に家路につきだした。
トウラ宇宙開発センターは、決して交通の便がよい場所とは言い難く、トウラ中心部へと向かう電車が一日六往復走っているのみであった。
ロケットの打ち上げ日は臨時電車が出るが、それでも一四時二五分の臨時電車を逃すと、次は一六時四五分まで待たされることになる。
「あまりここでのんびりしていると、電車に乗り遅れるぞ」
ミヤハラが隣にいたサエナに耳打ちした。
サエナが皆に声をかけ、鉄道駅へ向かうよう促した。
駅へと向かう道の途中、不意にミヤハラがヌマタを呼んだ。
「ヌマタ、ちょっと来い」
「何ですか? ミヤハラさん」
するとミヤハラが少し歩く速度を落としたので、ヌマタもそれに倣った。
そして、他のメンバーと少し距離を取った。
「おい、例の調査結果はまとまったのか?」
「まだ半年以上はかかるんじゃないですかね? 資料の量が膨大ですし、整理が必要な部分も結構ありますからね」
ジン・ヌマタとマイ・イナが調べた「自らの意に沿わない行動を他者によって強制される人々」により引き起こされた事件の歴史については、後年「エクザローム西部・南部の事件史」という名称で書籍化された。
この調査にはもう一人の協力者がおり、書籍の著者として名前が明らかにされていた。
ボク・エウロパと名乗る人物であったが、人前に一切姿を現さなかったことから、「実在の人物ではないのではないか?」という疑いを持たれていた。
ヌマタとマイは、この人物について「確かに存在しており、調査にも協力していた」としたが、「インデストとフジミ・タウンに居住していた男性」という以外の情報を生涯明かさなかった。
本名をマキオ・イラ・イオというこの人物は、ふとしたことから「EMいのちの守護者の会」を裏で牛耳っていた者達に生命を狙われることとなり、ニ〇年以上に渡ってフジミ・タウンに潜伏していたのだ。
その後、名を変えて島東部に移り住んだのだが、これは別の物語である。
「……そうか。例の事件について、新しい情報は得られたのか?」
「目新しいものは特に。概ねミヤハラさんの予想通りというのが答えになりますね。一つだけ気になる情報というか、発言がありましたが」
「何だ? それは」
すると、ヌマタが小声でミヤハラに何かを耳打ちした。
「わかった。ならば駅へ急ぐとしようか。歩きながら話は聞こう」
ミヤハラの答えを聞いてから、ヌマタが早足で前を行く仲間に追いつこうとした。
ミヤハラは一瞬足を止め、ある方向に目をやった。
それは遠く離れたインデストの方向であった。
しかし、足を止めたのはほんの一瞬で、すぐに駅の方角へと向けて歩き出した。
そう言ってウィリマがオオイダに胸を張って見せた。
普段は他人に頼まれて何かをする、ということが少ないウィリマである。
だから、こうしたことを大っぴらに話した時点で、シシガなどは依頼人が誰であるか容易に予想できた。
「カエデ屋ですって! 宇宙バージョン、食べてみたいなぁ」
オオイダがよだれをたらさんばかりの表情でウィリマの方を見ている。
「あー、試作品がいくつか余っていたから、帰りにアタシのラボに取りに来なさいよ」
オオイダの勢いにウィリマは引き気味であった。
「オオイダさんにカエデ屋の名前を出したら、ああなりますよ」
ミヤハラの妻サエナが、小声でウィリマをたしなめた。
サエナはカエデ屋のバウムクーヘンがオオイダのお気に入りであることをよく知っていたのだ。
ウィリマはある意味地雷を踏んだようなものであった。
軽めのランチの間、オオイダはウィリマにカエデ屋の「宇宙バージョン (オオイダ命名)」のバウムクーヘンについて、自分の思いをこれでもかとぶつけ続けたのであった。
「甘いものは好きですが、僕はオオイダさんほどの情熱は持てないですね」
「シシガ、遺憾ながら俺も同感だ。俺も甘いものを食わないわけではないのだが」
女性陣 (主にオオイダ)の声の大きさと比較すると、男性陣は通夜か葬式かというくらいに静かであった。
シシガは口数の多い方ではあるのだが、オオイダの勢いに完全に気圧されたといってよかった。
彼が他人の勢いに気圧されるのは珍しい。
軽めのランチを終えて、ミヤハラ達がトウラ宇宙開発センターの展望デッキに戻ってきたのは、午後一時一五分過ぎであった。
ノイ達の出発時刻は、あと十数分後に迫っていた。
一時二五分を過ぎるとさすがに皆の口数も減ってきた。
「発射まであと三分となりました」
不意に発射が近いことを知らせるアナウンスが流れ、カウントダウンが始まった。
シシガがカメラを構えてデッキの前の方に進み出た。
「発射一分前となりました……」
カウントダウンが発射まで残り一分を切ったことを告げた。
シシガはカメラのファインダーをのぞき込んだまま微動だにしない。
「五〇秒前……四五秒前……四〇秒前……」
周囲が静まりかえる。
さしものオオイダも食べていたお菓子の袋を閉じ、黙って発射台を見つめている。
「三〇秒前……二五秒前……二〇秒前、一九、一八……」
残りニ〇秒を切ったあたりで、打ち上げを見に来た人々が徐々に前のめりになりだした。
「九、八、七、六……」
六秒前になる直前に、ロケットに点火された。
見学者達から小さく声があがった。
「五、四、三、二、一、〇、発射!」
零の声とともに、ロケットの下部から白煙が噴出され、ロケットが上空へと打ち出された。
ロケットは、ほぼ真上に向かって突き進んでいく。
見学者たちが祈るようにして、その様子を見守っている。
シシガをはじめとした何人かはカメラやビデオカメラを向けて、ロケットを撮影し続けている。
しかし、それも数分の間のことであった。
放送でロケットが順調に飛行を続けていることと、午後七時頃に宇宙ステーションにドッキングすることが伝えられた。
一瞬、展望デッキが静まりかえった後、歓声と拍手が沸き起こった。
惑星エクザロームから宇宙へ向けて人類が飛び立ったのは、これで一〇回目となる。
ウィリマがシシガに写真を見せろと詰め寄り、オオイダが閉じていたお菓子の袋を開きだした。
周囲の人々は徐々に家路につきだした。
トウラ宇宙開発センターは、決して交通の便がよい場所とは言い難く、トウラ中心部へと向かう電車が一日六往復走っているのみであった。
ロケットの打ち上げ日は臨時電車が出るが、それでも一四時二五分の臨時電車を逃すと、次は一六時四五分まで待たされることになる。
「あまりここでのんびりしていると、電車に乗り遅れるぞ」
ミヤハラが隣にいたサエナに耳打ちした。
サエナが皆に声をかけ、鉄道駅へ向かうよう促した。
駅へと向かう道の途中、不意にミヤハラがヌマタを呼んだ。
「ヌマタ、ちょっと来い」
「何ですか? ミヤハラさん」
するとミヤハラが少し歩く速度を落としたので、ヌマタもそれに倣った。
そして、他のメンバーと少し距離を取った。
「おい、例の調査結果はまとまったのか?」
「まだ半年以上はかかるんじゃないですかね? 資料の量が膨大ですし、整理が必要な部分も結構ありますからね」
ジン・ヌマタとマイ・イナが調べた「自らの意に沿わない行動を他者によって強制される人々」により引き起こされた事件の歴史については、後年「エクザローム西部・南部の事件史」という名称で書籍化された。
この調査にはもう一人の協力者がおり、書籍の著者として名前が明らかにされていた。
ボク・エウロパと名乗る人物であったが、人前に一切姿を現さなかったことから、「実在の人物ではないのではないか?」という疑いを持たれていた。
ヌマタとマイは、この人物について「確かに存在しており、調査にも協力していた」としたが、「インデストとフジミ・タウンに居住していた男性」という以外の情報を生涯明かさなかった。
本名をマキオ・イラ・イオというこの人物は、ふとしたことから「EMいのちの守護者の会」を裏で牛耳っていた者達に生命を狙われることとなり、ニ〇年以上に渡ってフジミ・タウンに潜伏していたのだ。
その後、名を変えて島東部に移り住んだのだが、これは別の物語である。
「……そうか。例の事件について、新しい情報は得られたのか?」
「目新しいものは特に。概ねミヤハラさんの予想通りというのが答えになりますね。一つだけ気になる情報というか、発言がありましたが」
「何だ? それは」
すると、ヌマタが小声でミヤハラに何かを耳打ちした。
「わかった。ならば駅へ急ぐとしようか。歩きながら話は聞こう」
ミヤハラの答えを聞いてから、ヌマタが早足で前を行く仲間に追いつこうとした。
ミヤハラは一瞬足を止め、ある方向に目をやった。
それは遠く離れたインデストの方向であった。
しかし、足を止めたのはほんの一瞬で、すぐに駅の方角へと向けて歩き出した。
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