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料理教室 後編
しおりを挟む「さ、こちらです」
厨房の一角、ここでは新メニュー開発をするのが普段の使い方だそうだが、今日は特別にシャンユーがツキヨのためだけの料理教室を開講してくれる。
「光栄很高興認識你」
「えっと…」
緊張でフリーズしてしまうが、これでも、留学試験の勉強で語学も多少やって来た。もう一度、シャンユーさんが何を言ったのか頭で繰り返す。
「では私からも、こちらこそお会いできて光栄です。わざわざありがとうございます 。だから、えっと、
很高興認識你。 謝謝你不遺餘力」
通訳はたどたどしくはあるが、十分に的を射た返答に少しばかり驚く。シャンユーはにこにことして穏やかそうなおじさんだ。丸いお腹が今までどれくらい美味しいものを食べてきたのか物語っている。大陸特有のだぼっとして緩い服。細く編んだ髪。
(ここからはシャンユーの言葉も日本語でお楽しみください)
「時間がもったいない、私はこのあと王様用の粥を作るように頼まれているのだ」
「はい、分かりました」
「そなた、料理の腕前はなかなかであると聞いているがいかようか?」
「えっと、留学試験を突破したことがあります」
「そうか。この国から送られてくる料理の留学生は腕は確かだ、そなたの腕もそうなのだな」
「はい!」
「そなたは謙遜せぬのか?」
「限られたお時間、謙遜する時間さえも惜しく思えてしまうのです。一生懸命にいろいろなことを吸収できるよう頑張ります」
シャンユーは声をあげて笑った。
「ほう、面白い人だ。この国から来る人は皆、謙遜ばかりで面白うない。そなたに物を教えるのは楽しみだ」
シャンユーはそう言うと調理台にドカンと鹿の脚を乗せた。皮は剥がされているが、まだ骨と身はしっかりとくっついている。
食材を目の前に、シャンユーの目付きがキッと変わる瞬間を見た。
そして、顎で捌けと指示をする。
ツキヨは、これを乗り越えなければ話にならないのだと思い、普段は捌かない鹿の脚を前にずっと昔にやったやり方を思い出す。
袖まくりをして、二回ほど手をグーパーとする。
確か、あのときは、タスクが鹿を仕留めて、父が手取り足取り捌き方を教えてくれたんだった。
「いいか、ツキヨ、食べ物を粗末にしちゃいけないよ。身が最も多くとれるように筋膜の様子を見つつ丁寧に分けるんだよ」
父の言葉がここで役に立つとは。
ツキヨは手際よく作業をこなす。
「良い流れだ」
「ありがとうございます」
「では、これをなんの料理にする?」
「えっと…」
「なんだ出てこないのか?鹿は身近な肉であろう?」
「蒸して、それから山椒混ぜた衣を作り、それで揚げようと思います」
「なぜ、蒸すという行程がいる?」
「肉を柔らかくするためです。一度、蒸すことによって乾燥を防げますし、縮みを減らすことができます」
「ほう、しかと考えているのだな。ではやってみなさい」
作業に取りかかる前に、ツキヨは昆布と鰹と米をいれてそれを火にかける。ご飯だけは先に炊いておく。
ツキヨは切り出した肉をきれいに直方体に整える。それからそこに細かい切れ込みをいれて、刻み生姜と塩、少しの砂糖を馴染ませる。
「待て、そこに柑橘系の酒を加えなさい」
「なぜですか?」
「鹿肉は臭みが鳥なんかに比べて強い。臭みを抜いたほうが、あとの山椒が効くし、柑橘には肉を柔らかくする作用があるのだ」
「なるほど、ありがとうございます」
しっかりと馴染ませた後、その肉を土器の中にいれる。
「夕刻まで寝かせます」
「うまくいくといいな。残った肉の切れ端はどうする?」
ツキヨは既に考えがあった。
「もっと細かく刻みます」
「つくねのようにでもするのか?」
「はい、茸と混ぜてつくねのようにしてそれを焼いて焼いたものをご飯の中にいれて、鹿肉のおにぎりにしようと思います」
「そなたの発想は面白いな」
「片手でしっかりと栄養を摂れるようにします」
「キノコをいれるのなら、そこに唐辛子もいれるといい。いいアクセントになるんだ。キノコの香りとよく合う。それから、もっと優しく形を作るんだ。おにぎりにいれるのなら、米と同様にほぐれるようにする工夫がいる」
「はい」
シャンユーはツキヨの隣に立ち、アドバイスを送る。なぜそうしなければいけないのか、理由を教えてくれる。非常に分かりやすい。
「できました!」
「食べてみなさい」
きれいな丸いおにぎり。中には、鹿肉と茸のつみれみたいなのが入っていて、一口食べると口の中でホロホロと砕ける。程よい辛味が一層の食欲をそそる。
「おいしくできていると思います」
「では、私も」
モッモッと口に入れると、シャンユーは満足げに笑った。
「腕も覚えも良い。そして、味も良い」
「ありがとうございます!」
大陸の宮廷料理人に褒められて、純粋に喜んだツキヨ。
「すまんが、私はここで。夕刻には蒸し揚げの続きを作ろう」
「はい!」
シャンユーはそのままあっという間に立ち去る。忙しいのにわざわざ時間を作ってくださったんだ。一瞬だったかも知れないけれど、私にとっては本当に夢の中にいるみたいだった。夕方にももう一度、この夢を体験できるというのなら、やっぱり、尊星さまには感謝しかない。
「トモリさん、」
「はい、どうしましたか?」
「私、尊星さまに会いに行こうと思います」
このお料理を一番に食べて欲しいのは、やっぱり、尊星さま。「おいしいです」彼からのそんなありきたりで平凡な褒め言葉は、何にも代えがたい程に私の心を暖かく包み込む。だから、一緒に食べたいと思う。
「了解です、一緒に参りましょう」
つくねおにぎりをお皿に乗せて、布をふわりとかける。袖まくりをほどいて、執務室に迎うことのできる格好に軽く整える。
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