一輪の花

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身請け

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さらに3か月後
ナハンの家で久々に遊んでいた。
「なんか、しばらく見ない間に男らしくなったな」
「うん、ナハン、俺、仕事も安定してきたし所帯を持とうと思う」
この時代、カフウやイチナの歳であれば、結婚は特段珍しいというわけではない。むしろ、最も、そういう話の多い時期だ。
「前に話していた、イチナさんか?」
「うん」
「そうか」
「それで、身請けしたいんだ」
「カフウの母上は良いのか?許してくれたのか?」
カフウの母とカフウは仲が良くはない。
「難色示してたんだけど、イチナさんに俺以外の固定客が居なかったことや、実際に会ってみると、気立てがよく知的なお嬢さん認定だったらしくて、援助はしないという条件付きで認めてくれた」
「結構頑張ったな」
「半分、俺が説き伏せたみたいなところあるけど、父さんと姉さんは全面的に賛成だったから」
「なるほどな。じゃあ、身元保証人は父上が?」
「うん、身請け金はもちろん全額俺が出す」
「案外、ちゃっかり、貯め込んでいたんだな。」
「まあ、前職って、お金使う場面なかったし、貯まる一方だったんだよね」
「クビになった当初はあんなに、ここでの仕事を嫌がっていたのにさ。イチナさんは、凄いな」
「それこそ、身請け金はまるまるクビになった時にドンって出された退職金だね」
「へー、私も、ルクエに手付け金は払ってるんだがな、金の首飾りで。でも、値を吊り上げられて、身請けなんかは絶対に無理高嶺の花になってしまった」
ナハンの給金でも絶対に無理とは、一体、ルクエの身請けとはいくらするんだ?それに、イチナ情報だが、金の3重の首飾りなんだろう?
「ルクエさんは高嶺の花が仕事みたいなところあるしね」
「絶対に、幸せにしてやるんだぞ」
「世界一は無理かもだけどね」
「なんで?」
「だって、イチナさんと結婚できる俺が一番の幸せ者だもん」
「世界一が二人いたってバチは当たらない。そうだろう?」
「あ、確かに」



翌日あの店へ向かった。
イチナを身請けするためだ。箱一杯の大量の銀貨と貝貨。すごい額に写るが、イチナは身請け金最安値クラスだそう。ただ、それでも家とまではいかなくとも倉なら立つ金額だ。俺以外の固定客が居ないのもそうだし、そもそも、イチナ自身に借金がなかったことが理由らしい。
事務的な手続きの最後、この店を取り仕切る店長が俺に話しかけに来た。
「大切にしなさいね、この世界で、願い通りの縁談を迎えられる人などそう多くはありませんから」
「大切にします、この世界の誰よりも」

重い扉が開いて、奥にはイチナが立っていた。ゆっくりと歩み寄るイチナ。裾には花柄があしらわれた、裾と袖が広がった、貫頭衣。イチナの歩みに合わせ、ゆるりゆらりと、波のように柔らかく広がる。へその高さで縛る青い紐。結び目だけが赤に変わっていて、洒落ている。髪は一本の三つ編み。目に写る全てが、この世界で一番の美しさを放つ。
「綺麗だ」
思わず声が漏れた。
高鳴る心臓を押さえつけ、イチナに跪いて、イチナの手の甲に口付けをした。


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