一輪の花

N

文字の大きさ
上 下
24 / 26

イチナへ

しおりを挟む
 カフウは机と向かい合う。そして、筆を取り出し、手紙を書く用意をする。この時代、文を出すという行為そのものに相手への敬愛の念がこもっているとされた。だからだろうか、恋だの愛だの好きだのと直接的な言葉を書き記すのは、無知の所業と言われ、遠巻きに気持ちを伝えることが美徳であった。


[イチナ様へ

 王宮での暮らしはいかがですか。忙しいですか。
 王宮からの夜景は格別と伺ったことがございます。一度は見てみたいものです。私たちの家は見えるでしょうか。
 ナハンから聞きました、王女様付きの侍女になったそうですね。私が耳にする噂では、王女様は優しく穏やかで聡明とのことで、一安心しております。

 私の方は、変わらず仕事に精を出す日々が続いています。ただ、家に帰っても貴女の「おかえり」の一言を聞くことが出来ず寂しく思います。また、家で二人で、くつろいで、一緒にご飯を食べたいです。

 いつまでも、いつでも、貴女を想っています。月の見えない夜であっても、満ちた月が夜に浮かぶ想い出をこの胸に抱き、長い夜を越えるのです。
 冷たい風が、この前までは、貴女と近づく口実になるありがたい風であったのに、今では、一人である私をからかう風になってしまいました。季節が巡って、春になれば風にからかわれない日が戻るのでしょうか。

お体にお気をつけてください。冬風邪はしんどくなりますから。


花束を持って、貴女に会いに行きたい。

カフウ                             ]

付け加えた最後の一文。今、一番の願いだ。花のない、冬の寂しさを皮肉った文にもなってしまった。

カフウは、それを投函した。


しおりを挟む

処理中です...