王への道は険しくて

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カイキと陽

私と結婚してください

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「えっと、あの、本当にすみません」
「謝らないで、何にもしなかったら良いだけじゃん。え、あれだよ、拒絶してるとかそうじゃなくて、カイを信じてないとかそんなんじゃないけど、私、初めてだからこういう状況。だから、保身というかちょっと緊張してて」
陽は手で顔を覆った。そして、陽とカイキは向かい合って謎に正座をしている。
まさか、同じ部屋で枕を並べることになるとは。寮生活で、何人かと寝るのには慣れているはずなのに、緊張する。寮では女子は別部屋だったけど。しかも、二人きりだし、枕の距離はやたらと近いし。
「枕、離そっか。それで背中あわせで寝よ」
「あ、え、うん」
カイキはずるずると布を引きずって部屋の端っこに枕を置く。
「そ、そんなに離れなくても」
「寝相悪いんだよ。もし、手とか脚とかそっちに行ったら迷惑そのものだし。おやすみ」
「え、お、おやすみ」
陽とカイキはそれぞれ背中合わせで布団に入り寝たふりを決め込む。
 この床を心拍が相手に伝わりそう。あぁ、全然寝れないし、緊張するし、拒絶してないって言ってくれたけど怖いよな普通に考えて会って間もない男と同部屋で寝るとか。
 気まずい。カイは、寝た?こんなに離れるってことはやっぱり嫌われてるのかな?いやいや、多分大丈夫だよね。あぁ、緊張しすぎて全然寝れない。
陽は勇気を出して寝ているのか確認してみることにした。
「あの、寝てる?」
カイキは起きているが寝たふりを徹底させるために無視する。
陽が近づいてくる気配。ヒタヒタと足音をほぼ立てることなく接近してくる陽。
「寝てる?」
カイキを覗きこむみたいに近付いた陽。心臓の鼓動が速まる。きっと、目を開ければすぐそこに陽の顔があるだろう。
「カイ、私、起きてからずっと楽しかった。側で寝るの緊張しただけ、勘違いしてない?別に、カイと一緒に寝るの怖くないから」
え?陽ってば何言ってるの?理解が追い付かんのだが。
陽が布団をカイキが寝ている方に近づけているのが音とか気配で何となく分かる。暗闇の中モゾモゾと動く陽。
陽って良い香りだな。ふと、そんなことを思ってしまう。
落ち着け、私。ただ、寝ればいいだけ。今日は体は疲れているし寝れるはずだ。気にするな。

翌朝
身体中が筋肉痛。寝てる間も緊張しすぎて筋肉に力が入りっぱなしだったみたいだ。だが、一睡もできなかった訳ではない。
「あ、おはよう。布団なら、そっちにあげといて」
陽が隣で今起きたところなのか、布団の上で髪を束ねている途中だった。やっぱり、その布団はカイキの布団の隣にあり、二人揃って同じ壁際に詰めて寝ていたみたいだ。
「おはよう、昨晩はごめん」
「どうしたの?別に謝ってもらうようなことされた覚えないよ」
「その、布団を急に引き離すとか、嫌ってるみたいな風に受け取られてないかなって、あの時、私が無愛想だったし」
「私こそ、ごめん。夜中に、布団近づけて、迷惑だったよね」
「ちょっと驚いたけど、大丈夫」
それを聞いた陽は顔を赤らめた。カイキは、ちょっと首を傾げた。
戸をノックされて、陽は立ち上がって戸を開ける。
「おねーちゃん、朝ごはん」
「はいはい、今いくから先食べといて」
星は、一歩部屋に入ってカイの方へ頭を向ける。
「カイさん、おはようございま…す。その、俺、なんも見てないんで、」
ドタバタと、星は逃げるように帰って行った。
え?どうしたんだろ、星くん。
「陽、星くんどうしたの?」
「服」
「服?」
陽にそう指摘されて、視線を自身の胸元へ移す。衣は大きくはだけて、肩からからへそくらいまで見えていた。ぎょっとして、慌てて着直す。カーッと顔が赤くなる。
「すみません、すみません」
慌てるカイキを見て陽はケラケラと笑った。
「寝相が悪いの本当なんですね」
陽の笑いにつられて、カイキも自然と笑ってしまう。
「えぇ、ほんと困ったものですよ」
「あとで、星の誤解を解かないとね。まったく、あの子は、はやとちりだから」

無事に誤解は解けたが、何故か陽の両親にはガッカリされる二人であった。


3週間後
「おーい、先生、こっちに来て」
「は、はい!」
カイキは村の人たちにあれやこれやと理由をつけられ、村から出ていくタイミングを失っていた。そうして、流石に厚意に甘えてばかりもいられないので、ちょっとした仕事を始めていた。仕事は、先生だ。
 どうやら、この集落の長老様が先日亡くなり、子供たちに色んなことを教えてくれる方がいなくなってしまったようだ。入れ替わり立ち代わり色んな大人たちが教えていたそうだが生憎自分の仕事も大変で子供たちの指導と勉強まで手が回らないらしい。
カイキは、大陸に留学して、帰国後も勉強詰めの日々を送っていただけあって、弥生時代を生きる青年の中では勉強は超絶よくできる部類。それに、温厚な人柄も手伝って早速、子供たちの人気を集めていた。

「あぁ、この計算かな?うん、難しいよね。一緒に考えてみよっか」
教えるのは主に、数学と語学と農学。どれも、この時代それらが分かることは相当なメリットになることだ。この三分野に精通していれば、将来、この村を出たとしても食っていける可能性が高い。最大限、今のカイキにできる恩返しだ。



陽の両親は18になっても、結婚を考えられる男が現れないことを心配していた。
「陽、あのカイという青年、なかなか良いんじゃない?ちょっと、気が弱そうだけど」
「でも、カイがどう思ってるかなんて分からないし、家族が居るかもじゃん。旅商人なんだから」
この時代、各国を回るような、集落以外の男はとにかく希少価値が高く、一族の繁栄に欠かせない存在である。つまり、そういう男は、一つの集落に定住せず、子供が出来たとしてもその存在すら知らないうちに他の集落に渡り、ということを繰り返していることも多くあることなのだ。カイにもその可能性があると陽は言っているのだ。
「カイくんは、あんまりそんな風には見えないけどねぇ。若いし」
「そんなの分からないよ」
あの誰にでも人当たりの良さそうな感じが逆に不安なのだ。毎日、二人で同じ部屋で寝食を共にして、カイがどう思っているのかイマイチ掴みきれない。本当にただのお友達関係から進展がまるっきりない。
「今日の夜、聞いてみなさい。大体、なんもない男と一緒に過ごしていることは、次の男に巡り会えない原因になるんだからね。あと数週間のうちに、定期船が来るのよ。分かってるね」


 日がすっかり落ちてから、カイキが陽の家に帰ってきた。陽は布団を並べて、髪の毛を櫛でといていた。ぼやぁっと明るく間接的に照らす柔らかい炎。
「ご飯は、鈴の家で食べて来たんだよね。おいしかった?」
「うん、エビと、栗と、猪肉とってなんか豪華なお食事だった。明日、なにかお礼、持っていった方が良いのかな?」
豪華な食事、そりゃそうか、カイのことを狙っているのは家だけではないもんね。同じ年頃の娘がいる家であれば、是が非でも手に入れたいビックチャンス。鈴は従姉妹の女の子で、今年で16だったっけ。若さで負けてる。
「どうしたの?」
不安な気持ちに気がついたみたいに、カイキが尋ねる。
「何でもないよ、お礼だったら、鈴の家で…」
一緒に過ごすのが良いよ。
そう言えば良い。なのに、言葉が続かない。嫉妬…
「うん?」
カイキは陽の気も知らず、首を傾げる。そのカイキの顔が近づいてドキドキしてもっと愛しく思ってしまう
「あぁ、もう、カイ」
陽はうつ向いた。カイキは、ちょっと心配になって、一歩分くらい陽に近付いた。
「ど、どうしたの?ごめん」
グッと陽がカイの背中に手を回して、優しく包み込む。驚きで体が硬直するカイキ。カイキはそのまま、布団の上に押し倒された。

「私と結婚してください」

押し倒された状態でカイキは陽の顔を下から見上げる。真っ直ぐで真剣な眼差しが向けられて、どう反応したら良いか。嬉しい申し出であるが、驚きが勝って、数分間も同じ体勢になる。でも、だんだんと驚きと嬉しさの逆転が始まり、耳の先から体が熱くなる。王子である事実も過去を捨てて陽と一緒になりたいと強く心から想う。

「はい、まだ未熟な私ですがお願いします」

陽はホッとしたのか無音で涙を流した。その涙がカイキの頬に当たってカイキの頬を伝って枕の方へ流れる。カイキは陽の顔に向かって手を伸ばし、そっと触れる。柔らかくて温かい。
「ありがと。ずっと、一緒に居させてね」
陽は、カイキの横にごろんとなった。
「うん、約束」
カイキは小指を立てた。陽は、その小指に自身の小指を重ねる。

その日初めて、向かい合って眠りについた。お互いの顔が近くで不思議な高揚感があって忘れられない日になった。
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