王への道は険しくて

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カイキと陽

陽との再会

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「姉上、賛さまがお越しになりました」
賛は王選の結果発表時に是非、村の人たちに来てほしいと言ってきた。陽は二つ返事で了承して、仲間と王宮へ向かった。


「え…」
すぐに気がついた。でも、まさか!という考えが頭を支配する。なんで、カイが王宮のバルコニーに居るのか、なんで、あんな王様みたいな格好をしているのか。理解が追い付かない。

 それから、まもなくして、カイキは下へ護衛を一人も付けずに降りてきた。と、思うと、すぐさま賛に跪いた。そして、勢いよく謝った。その声を聞いて確信に変わった。
「カイ!」
叫んでみるが、賛が王様になったお祭り騒ぎに押し潰されて、カイキに声は届かない。人混みのなか、小さくなるカイの背中。
あぁ、もう逢えないの?私は、ここにいるよ!カイ!

急に賛にぐっと手を引かれて、パッと顔をあげるとそこには立ち去ろうとしていたカイがいた。
カイキは賛に呼び止められ、陽の方を振り向いた。
「カイ…」
二人の間に流れる時間は完全に止まった。喧騒も昼のような明るさも全て無になって、そこには陽とカイがいるだけだった。カイの目には大粒の涙がたまって、なのに無理に笑おうとして、苦しくて、切なくて、どうしようもない程にカイはカイ自身を責めるような眼差しをしていた。カイは、私の名前を呼ばなかった。喉まで出てきた言葉を押し殺して、
「幸せになってください」
精一杯の言葉なのかもしれない。でも、私はそんな言葉ほしくない。無意識下に涙が頬を伝って地面に落ちた。カイの居ない人生なんか、月のない夜、太陽のない昼だ。カイの居ない人生にも意味はある。でも、それじゃダメ。大切な物を欠いた世界の奇跡なんかより、カイのいる絶望を見る方が輝いている。急にいなくなってしまったカイを想い続けることは、辛かったんだよ。これからは、一緒に居ようよ。
「カイ、ねぇ」
呼び掛けに反応するみたいに、カイは小さな声で言った。
「こんな、つまらない人間に貴重な時間を割かせてしまって申し訳ない。君を本当に幸せにできる人と、一緒に生きて。約束を破ってごめん」
カイはそう言うと、陽から目をそらし、たった一人孤独に王宮に戻っていく。僅かに、肩を震わせて。
「私、カイと過ごした時間が一番幸せだった。カイがどうして自分のことをそんな風に言っているのか分からない。私、どんなカイでもカイだって思ってる」
背中にそう語りかける。
本当は同じ想いを持っているのにすれ違ってしまう。



数週間後、正式に賛に教育部長という役を与えられたカイキ。

「私を処罰の対象外にしてよろしかったのですか?」
賛にそう聞くと、賛は少し意外そうな顔をした。きっと、処罰しようなんか一ミリも考えてないんだなと思うくらいに。
「僕は、分からないことまみれで、一人じゃ何も出来ない。だから、カイキさんがいると心強いんです。技量、理念ともに僕は最も適任の人を宛てたつもりです。処罰はしません。休みも、申請してくれたらできる限り通そうと思っています。陽さんに会いに行ってくださいね。伝えたいことは、人伝ではなく直接、顔を見て伝えるものですから」
新たに国王に即位した賛は父とは全く違っていた。平和主義で落ち着いて冷静な人だった。そして、分からないなりにも、理解をしようとしてくれる暖かい人だ。あの切れ者のシューが目をかけているだけある。


仕事が一段落したタイミングで、賛に休みの申請を入れてみた。すると、「3日分ですね。分かりました」すんなりと、通ってしまった。
向かう場所はただ一つ。陽のいる場所。そして、本当に伝えたいことを、伝えるんだ。カイキは、目の荒い麻の服に着替えて、向こうで暮らしてたときのような服装になる。

山を分け行って、北東村を目指す。

うっそうと繁る、木の隙間から民家が見えた。やっと、付いた。足は泥まみれ、髪の毛もボサボサになっていた。半日がかりでようやく付いた。

「カイ先生!」
村の子供たちは、カイキの存在に気がつくと、一目散に駆け寄ってくる。
「みんな、ごめんなさい」
カイキは頭を下げた。でも、子供たちはポカンとする。
「なんで、先生が謝るんだよ。俺ら、先生から教えてもらって良かったって感謝してるんだぜ、今年こそは米がとれそうなんだ」
「先生、無事で良かった」
一年と少しの間に子供たちは逞しく育っていた。悲惨と聞いていた北東村は想像よりもずっと人の活気があって、暖かい人柄は今も健在だった。
「先生、見て!」
「先生、来てよ!」
子供たちに、手を引かれてあちこち見て回る。懐かしい感じがして、思わず笑みがこぼれた。

その日の晩、陽の家に伺ってみようとするがあと一歩を踏み出せない。陽になんて言おう。
会いに来れなくてごめん。
会いたかった。
カイは嘘つきだった。
別れましょう。
一緒に生きていこうよ。
どれもしっくり来ない。

家の中からニュッと陽が出てきた。
「カイ、お帰りなさい」
ニコッと笑った陽の姿に自然と声が漏れた。
「た、ただいま」
「お仕事、お疲れ様。ご飯、出来てるよ。カイの好きな炊き込みご飯」
変わらないことが、こんなに嬉しいなんて。別れるでも、好きと伝えるでもない。何気ない日常を二人で歩めたら良い。
その日の夕食は、今までの人生の中で一番美味しかった。陽は、それを聞いてにんまりと笑って、「食器洗いは、カイね」と言った。




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