王への道は険しくて

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賛とヒミカ

花火

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賛と過ごして3ヶ月が経とうとしていた。
 賛は勉強の合間を縫って、よくタヨに勉強を教えていた。私が教えることが出来れば良いのだが、なかなかそうはいかない。仕事で帰るのも遅くなりがちだし、帰ってきたら怒濤の家事が待っている。そこにきて、賛はタヨのお相手にもってこい。って、こんな風に言わないけど、実際すごくありがたい存在である。タヨも、段々危険人物でないことを認識してきたのか賛にも信頼を寄せる行動を見せるようになった。
今日は偶然、先輩と同じ患者さんでダブルブッキングをしてしまった関係で早く帰ってこれた。
「賛さん、毎日、ありがとうございます」
「良いんですよ、僕の気分転換にもなりますから。タヨさん、毎日頑張っていて凄いですね」
良い人!たとえ「めんどくさ」と思っていたとしても、こうやって言ってくれると申し訳なさが軽減されるし、もっと感謝したくなる。

「ヒミカさん、今日、夜って空いていますか?」
「え?」
「実は近所のスーパーで安売りされてて、花火を買ってみたんです。夏の風物詩かなって」
「花火?」
「手持ちの小さな火を使う玩具の一つです。タヨさんとも楽しめるかなと思って。それと、ヒミカさんとも一緒にやりたくて」
「なんだか楽しそうですね」
「面白いと思います!」


日は沈み、夜になる。
賛がろうそくにポーッと火をつける。そして、長細い紙切れを火に近づけると、先の方から勢いよく火花が噴射される。それは、緑や赤に刻々と姿と色を変える。
「綺麗」
「怖い!」
まじまじと見てしまうヒミカと対照的にさっと身を隠してしまったタヨ。
「おうちに帰ったのかなぁ。まったく、困ったもんですね」
「タヨさんにはまだ早かったかな?おーい、こっちにおいでよ僕も一緒に持つから」
「やだ!怖い」
タヨってば怖がりだなぁ。
「賛さん、あれはきっと来ないですね」
「面白いと思ったんけど、あんまりはまらなかったみたいですね」
賛は少し寂しそうな顔をする。
「私は好きです、こういうの」
「じゃぁ、僕らで遊びましょうか」
ニカッと笑う賛に、コクコクと頷く。

「賛さん、見てください!火が緑に!」
子供みたく賛の前ではしゃいでしまい、ちょっと恥ずかしい。でも、賛の前ではしゃぐことへの抵抗は彼の一言一言で薄れていく。
「ほんとだ、僕のは何色かな?ヒミカさんと同じ緑かな?」
「どうだろ?」
シュポっと音をたてて、花火のカスは水に入る。
「わ!僕のは黄色かぁ」
隣で、賛の明るい声が聞こえて、目をやると、そこには楽しそうに吹き出る花火に目を輝かせる賛の姿。花火なんかよりよっぽど素敵に見えた。
「それも綺麗」
「うん!」
新しい花火を袋から取り出す。派手派手しいパッケージ。
先端をろうそくに近づけて火をもらう。数秒後には勢いよく火花が辺りに散った。
「あ、これ、黄色!」
「僕と一緒ですね」
目を細めて笑う賛に、思わずニコッと笑い返す。まもなく、賛の花火は火花の一つも生み出せなくなった。
賛はゴソゴソと花火の袋に手を入れる。
「あれ?もう、線香花火しか残ってないです」
「つい、楽しくて、いっぱいやっちゃったかもしれないです」
「楽しかったなら持ってきて良かったです!最後は、線香花火対決しましょうか」

ヒミカが持っていた黄色の花火の黒くなった先端がポタッと折れた。すると、辺りは火薬の臭いが漂い、急に静かになる。

「対決?」
「線香花火を長く持たせた方が勝ちです」
小さなろうそくを囲む二人の距離は必然的に近くなる。
線香花火に火をつける。
今までの花火とは違って静かなスタート。
「あれ?これって」
「じっと、待ってみてください」
賛の言葉通り待ってみると、パチパチと音をたててオレンジ色の可憐な花が手元で咲き誇る。賛の手元も花火は大きく咲き広がって、輝きを一層増していく。
「ヒミカさんの「賛さんの」綺麗ですね」
言葉が被って あっ みたいな顔をした賛の火種がポチッと落ちた。
「僕の負けですね、いやぁ残念」
悔しそうにする賛。
ヒミカのも真っ赤な小さな玉になったかと思うと、そっからはすぐにあっけなく落ちてしまった。
「やった!でも、綺麗さで言ったら賛さんの勝ちです」
「じゃぁ、二人とも勝って引き分けでいいですか?」
真剣そうな顔をして、賛がそんなことをいうものだから、面白くて、笑ってしまう。
「そうですね、二人とも勝ちです」
花火が持っている特有の高揚感を煽る風に任せて、今なら何でも言えそうな気がした。
「なんか、賛さんと居るとあっという間に時間が経ってて、私、賛さんが隣で笑っている時間が好きです。こうやって、花火をして遊んで、お喋りして、ほんと何気ないことなんですけど」
凄いことを我ながら言ってしまった。こんな言葉、告白にとられてもおかしくない。どうしよ。急に冷静になって、自分が恥ずかしげもなく恥ずかしいことを言っていることに気がつく。賛さん、忘れてー!
「良かった。僕もそんな風に思ってたんですよ。ヒミカさんとは確かに生まれた時代も、今まで生きてきた環境だって全然違うはずなのに、懐かしい友達にあったときみたいに話が弾んで、凄く楽しいんです」
耳の先が、赤くなっていくことを自覚して、手で顔を覆う。いつもと変わらない口調で、素直に言葉にできてしまう。聞いているこちらが恥ずかしくなる。



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