王への道は険しくて

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賛とヒミカ

感情

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「賛さん!」
大きく手を振ると、それに応えるように賛が大きく手を振り返す。ニコッと口角があがってしまうのは、自然現象。
帰り道、偶然、賛に遭遇する。
「ヒミカさん、今日もお疲れ様です。最近、いっそう寒くなってきましたね」
「はい」
霜焼け寸前の手。仕事柄、手を洗って、薬草を洗っての繰り返し。
「手、真っ赤ですね」
「仕事柄、水を触る機会が多くて」
「そうですか、あの、使ってない手袋だったら家にあるんで、持ってきましょうか?妹のお古ですけど」
「大丈夫です。慣れっこなんで。…でも、一つお願いしても良いですか?」
カンの言葉を反芻する。「いい?だいたい、アンタら夫婦は二人の時間を大切にしなさすぎなの。折角、二人なんだから、ただ喋り相手にするんじゃなくて、こう、もっと、お互いに他の人には見せない態度をするの。例えば、手を繋いで歩いたり」カンに、賛ともっと仲良くなりたいと相談してみたときの返答だ。
「何ですか?僕にできるかな」
「賛さんだから、お願いするんです。その、手…繋ぎたいです」
カーッと顔中が赤くなるのが分かって、照れるのと、恥ずかしいのと、ちょっと楽しみなのと色々入り交じる。
「いいですよ」
なんと、アッサリした対応なんでしょう。
顔色一つ変えない賛にポカンとする。
「向こうの世界では手を繋ぐのって普通なんですか?」
「え、まぁ、恋人同士とかなら手くらい繋ぐ人も多いと思います。だから、偽装にはうってつけの作戦かと。ハンカチ一枚間に挟みますか?」
なんか、良いですよ と言われたのに、猛烈に悲しいのは何故だろう。いや、何を悲しんでいる。賛さんが言うことは当たり前のことで、私はどういうのを期待していたんだ?
結局、ハンカチを間に挟んで手を繋いだ。ドキドキと緊張はするが、なんか違う。ハンカチの厚みはそんなにないが、賛に急に壁を築かれたような気持ち。

「賛さんは、恋愛感情とか疎そうですね」
「そうですか?」
え?僕、そんな風に見える?みたいな顔をした賛にちょっとガッカリ。賛さんっぽいといえばそうだけど。
「はい、そうです。好きって伝えられてもきっと、気づきません」
「え~、そこまでですか?あ、でも、この間、シューさんのお宅の給仕係りに」
「好きって言われたんですか?!」
「いや、そこまではっきりでは、ないですけど、軽食に出されたおにぎりに手紙が添えられていて、あなたに恋していますって」
はっきり、この上なく、はっきりと伝えられてる?!給仕係って毎日のように顔を会わすってことじゃん。
「それで、どうしたんですか?」
「僕には妻がいるから気持ちにお応えしかねますって返事は出しておきました。すみません、勝手に」
「まったくですよ。告白させない空気がないんです賛さんには」
ちょっと語気が強まり、咳払いで誤魔化す。
「これからは気を付けます…」
「給仕係って私よりも若いですか?」
「多分」
「名前は何ですか?私だって、数年間は、時々はシュー様のお宅にあがっていろいろやってたし、知っている方かもしれません」
「えっと、確か、フヤエさんだったと思います」
フヤエといえば、あの恋多き乙女!って、ピンとくる人はごく稀だが、お客さんが来ると毎回のように指名で給仕をされるほど、慎ましやかで大人しくそして容姿端麗何でも器用にこなす少女。のイメージ。今、15だったかな?完璧才女ともてはやされることもあり、カンの弟子のようなポジションを確固たるものにしていた。
そんな人が賛さんに好意を
「そうですか…」
なに、馬鹿なことしてるんだろ。フヤエのこと想像して、モヤモヤして

「あの、僕、疑われることも何もしません。約束します。お互いの利益の為にというよりは、僕、こうやってヒミカさんと一緒にお喋りをして過ごすの好きなんです。偽りであっても、今、この瞬間があれば良いかなって思えるくらいに」
大して照れるそぶりなんかも見せずに、いつも通りに前を見ながら話す賛さんの声が心地よくて、嬉しくて、そっと胸の中にしまいこんだ。
「賛さん、」
「うん?」
「私、賛さんに出会ってから、色んな感情が自分の中にあるんだなって気付きました」
誰かを応援したい気持ちも、まっすぐ見つめられない苦しみも、好きと伝えたい気持ちも、嫉妬も、もっと話してみたいと思うのも
「見える世界や、聞こえる音や、触った温もりなんかを、一緒に感じてる証拠ですかね?少しは、嘘で偽りな僕らの関係が、それっぽいままごとくらいにはなったかなって」
夕日が賛の頬を照らし出す。ニコッと笑った時に、無邪気な少年に戻る。
「形がないのに、あるって、感情も感覚も不確かです」
存在を肯定するなら証拠を持ち出せ  師匠の言葉の定義から外れたものに、賛は意味を教えてくれた。
「そんなことないですよ、確かにそれ自体に形はなかったとしても、ヒミカさんという器に入って、ヒミカさんを作るんですから」
「そうですか」
「辛いのも幸せなのも、ヒミカさんを作る大事な存在です」


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