秀才くんの憂鬱

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イトスギ です。

シキの過去 です。

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 「父上、草薙剣ってどんな剣なんですか?」
「うん?そんなことが気になるのか?」
「だって父上がほしいものでしょ、私だって探すのお手伝いします!」
父は大きな口を開けてガハハと笑った。
「波打つように蛇行した刃を持つ剣で、色はそれはそれは美しいそうだ」
父は、草薙剣にまつわるあらゆる書物を集めては研究していた。
 父は幼かった私にとって、憧れの対象だった。私の生まれは小さな集落で、仲間意識が強い所だった。お年寄りも多くて、子供は皆、大事に大事に育てられる。半年に一度、村を挙げて剣技大会が開かれる。村の男衆はそれに向けて日頃から鍛練を積む。だから、お年寄りでも力が強く子供は敵わない。豪腕ひしめく村だったのは確かだが、父は私が生まれてからの剣技大会で負けたことは無かった。それは、私の自慢だった。父は、村の者からの信頼もあつく、物腰やわらかく、謙虚な姿勢は、私がそうなりたいと思うには十分すぎる。だから、いつまでも父を追いかけ、父の支えに一刻も早くなりたかった。


「父上、私にも剣技を教えて」
「おぉ、いいぞ」
剣を取り出した父は、鞘に入った剣を私に渡す。ずしっと重たくて驚いた。父はこんなに重たいものを片手であんなに軽々と…
「ほら、この塚の下のところをこうやって」
私の弱く小さな手に、父の大きな手を添えて優しく指南してくれる。パッと父の顔を見上げると、優しく笑いかける。
「重たい」
「あと10年もすれば持てるようになるよ」
「10年ってどれくらい?」
「そうだな、シェキナが生きてきた分の2倍より少し少ないくらいだ」
当時6歳だった私にとって、10年という長さは無限のように思われた。
「長い~」
「なぁに、あっという間だよ」
父はそう言うと、私の手から剣を取って、鞘から剣を抜く。つるりとして光沢のある刀身に父の顔が反射した。そして、私を剣から少しばかり遠ざけて、ブンと右手一本で剣を振る。
ブワッと風が巻き上がり、木の葉がざわめく。剣圧に煽られて、私の前髪はフワッと浮き上がった。父は、私の方を見て、言葉を投げ掛けた。

「剣を抜くということは、この剣を振るうということは簡単なことではない」

その時の父があまりにも眩しくて、私は過酷なことをしてでも強くなろうと決めた。父を越えられなくたって、私は私なりの強さを求めた。でも、所詮は子供のつたない夢に過ぎなかった。


11歳の秋
鍛冶の盛んな村だったから、私も鍛冶の弟子として働いていた。師匠から聞いたのだが、父の探す草薙剣はもともとこの村の宝玉を使って打ち出した剣ということだった。
「お前んとこの親父、剣探しは順調か?」
「東国で見つかったとの噂を聞いて、明日から東国へ旅に出ると」
「寂しくなるなぁ」
「父の夢、私は応援してます」
「そうやな。ここは、村民一同、応援をせにゃあかん」
その日、仕事が終わると、私は駆け足で家に戻った。明日、旅立ってしまう父と一秒でも長く一緒に居たかった。

「ただいま」
ガラッと家の扉を開けると、父の声が飛んできた。
「開けるな!」
ギンと鋭く飛ばされた視線。 
「え?」 
家の中で、父が大柄な男と揉み合っているのが見えた。火花が飛び散るような金属と金属がぶつかる音に、父が苦しむ声。閉じきれなかった隙間から、父と男の激しいぶつかり合いを見ていた、父が追い詰められているのは私でもわかった。

ズシュ

という不快な音が聞こえて父がその後に棚にドスンとぶつかって倒れた。

扉が開いて、黒くて大きな影は、冷酷な瞳にシキを捉えて、ザッと家の後ろに広がる森に飛び込んで姿を眩ました。
シキはその平気で何人という単位で人を殺してきたような冷酷冷徹非情で鋭い眼差しに腰から崩れた。

父に駆け寄るも、父は既に息を引き取り冷えて硬直をしていく手だけを、シキはただ握り続けた。思考が追い付かない。死ぬ その言葉の意味すらも分からない。


その一週間後、私は処刑台に立たされた。村外れの不気味な山の崖の上。足がすくむ高さ。

 父の家族は私しかいないこと、犯行時間にアリバイがないこと、辛い拷問に耐えきれず嘘の自白をしてしまったこと。たった11歳のガキを大人は相手にしてくれない。村の結束が強いというとき、大抵の人は仲間意識が強く助け合いをしながら暮らすといった良い印象を持つ。ただ、その反面、裏切り者に対しての仕打ちは厳しい。規律、掟、破れば処刑台に立たされる。

処刑台の下には村の人たちが集まっていて、その眼差しは誰もが私の死を望んでいた。たとえ、心で哀れんでいても、思うだけでは大きな集団の波にのまれる。全身からひんやりと冷たい汗が滲み出て、呼吸もままならない。手足がブルブルと震えて、それを必死に止めようとして右手で左手をグッと押さえつける。脚の筋肉が硬直して、動けない。
「さぁ、その輪っかの中に頭を入れなさい」
黒い布で全身を覆った人が動けない私の頭を無理矢理に輪っかの中に入れようとする。私は、抵抗する力さえも無かった。

 父上、私はまもなく父上の元へ参ります

私の処刑準備は整った。後は、今、立っている床がガコンと抜けるだけ。
深紅に染まる夕日を見ることも、鍛冶屋の煙を見ることも、村の人たちの声を聞くことも、流れる涙に気がつくことも、爪が食い込む右手の痛みを感じることも、父に思いを馳せることも、運命に身を任すことも、これで最後だ。

私は、目を瞑り、ただ床が抜けるのを待った。

ガコン

床が抜けて紐が首を絞める。
本当に死ぬ!

メキメキっと木が割ける音が上の方からした。

バキッと紐が縛られている支えになる木が折れて、首に紐を巻かれたまま私の体は重力に吸い寄せられる。
落ちた先にはイチイの木があり、全身切り傷、擦り傷まみれになったが奇跡的にそれだけで助かった。輪っかの紐からグッと頭を抜く。喉元を触る、良かった、まだ生きてる。生暖かい体温がこれ程嬉しかったことはない。神様がまだ私を見放さなかった。

私はとにかく逃げ続けた。ボロボロの足で、あてもなく、ただ、ひたすらにとにかく歩いて歩いて、生き延びることに必死だった。食えるかどうかも分からない木の実を食べたり、泥水をすすったりしながら、凍える冬を待つ。

その年の初雪は、私の頭に積もっていく。切れて血が滲むわらじ。でも、もう、痛みは分からない。見つからないように、山の中を分け入って進む。何を目指しているのか、分からない。父に会いたいと願うばかりの私。足を止めれば、その場で死ぬと思っていた。
肋が浮き出て骨と皮になったような私は、寒さに耐えられない。不潔な体は所々、黒ずんで、異臭を放つ。冬で良かったのはそんな私に虫がたからないことだけだ。


小さな小さな集落に辿り着いた。
村を逃げて初めて出会った集落に安心したのか私の体は地面に吸い寄せられて、動かなくなった。ダメだ、助けすら呼べない。

雪がしんしんと私の体に降り積もる。
「おい、大丈夫か?」
「た…」
「分かった、すぐに助けてやるからな」
父くらいの歳の男は、私の体を軽々と持ち上げて、私を家に連れて帰った。家には、妻らしき人がいて、温かいお粥をこしらえてくれた。
「食べれるかい?」
「うん」
囲炉裏の火がぱちぱちと音をたてる。暖かい。お粥をすくい、口に運ぶ。
「美味しい?」
「うん、美味しいです」
「おかわりたっぷりあるからね」
懐かしい味だった。特別な具材はなにも入っていないけど、美味しい。
久しぶりに満腹まで食べた。
「君、名前は?」
「名前…」
もうあの村に居たときの名前は捨てて、別人として生きていく。いや、そうやって生きなければ殺される。直感的にそう思った。
死期を一度迎えた人  だから
「忘れたのか?」
「…シキ、私の名前はシキです」

私を助けてくれた夫婦には子供は居らず、私を我が子のように可愛がってくれた。

 私は、そこで4年という長い時間を過ごすことになる。その集落は狩りや漁で生計を立てていて移動しながら生活していた。みんな、優しくて、どこの馬の骨とも分からない私も仲間に入れてくれた。そして、狩などまったく分からない私に手取り足取り、たくさんのことを教えてくれた。
体術を学んだのもこの集落の人たちからだ。11歳の頃は線のように細かった体も、15歳になると筋肉質で身長も伸びて狩りの腕も上がって、剣技とは違う強さを身につけた。毎食、いろんな物を食べさせてくれた義両親に感謝はつきない。

 でも、私には父が居て父の志を受け継ぎたいと想う心は、ますます似てきた私の容姿を見て強くなる。それと、私は父を殺した人を探しだしたかった。
「シキ、それはどういうことなんだ?」
「ねぇ、シキくん、それはこの集落にいても出来るんじゃないの?」
「それじゃ、ダメなんだ」
義両親にはありったけの感謝を伝えて、それでも、私はこの私の手で私の志を叶えたいと熱弁をふるい、独立した。

それからは、諸国をふらふらと渡り歩くようになる。訪れる国、訪れる国、少々あこぎな商売をしながら、旅のお金を稼ぎながら草薙剣と父殺しの犯人を追う。
 その過程で、色んな遊びを覚えたりもした。誰と固執せず、ゆるゆると人と繋がりを持っておく。自分の身を一番に守るとする姿勢もここで身につけた。

17歳の冬
重い病にかかり、医師に「君は生きられない」と余命を宣告される。それからというもの、熱は出しやすくなったし、少しのことで息は切れるし、体が痛い。無数の針が身体中から飛び出しそうになる。
でも、父の無念を晴らすまでは死ねないと、自分をも偽って、病をひた隠しにするようになる。


19歳の晩夏
私には新しい仲間ができた。



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