秀才くんの憂鬱

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イトスギ です。

妹 です。

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手の指を組んで、夜空を見上げる。
 「サワちゃんを治してくださってありがとうございます」
流れる星に感謝を述べたイチナ。
 女医さんとも別れを告げて、村を出て早いものでもう10日。サワは、順調に回復してきてはいるが激しい運動なんかは出来ない。でも、イチナにとってサワが一緒に旅してくれること、それ自体がすごく頼もしかった。
「イチナ、風邪をひくよ。こんなに寒いんだ」
シキがイチナ背後にのそっと立つ。イチナは振り返る。
「シキだって起きてる。お互い様でしょ。シキこそ体調、どうなの?私、シキが居なくなるのは嫌だよ」
「ここのところ、関節が痛くてね。膝とか腰とか曲げる度に、ピリピリする」
「…それは、病気と関係があって?」
暗くて相手の顔が見えないから、そう聞けた。
「そうかもしれないな、まぁ、でも安心して、私はイトスギを倒して、父の仇を討つまでは死なないから」
シキはそう言うと、拳をかたく握った。
サワが倒れたとき、私だけが動けなくなった。いくら、口で強気なことを言ってみたところで体は正直だ。あの、イトスギの冷徹な眼差しと、イトスギのせいで仲間を失うかもしれないと思うと、父がイトスギに殺された時のことを思い出してしまって筋肉が言うことをきかない。
「約束」
イチナは小指をシキに突き出した。
「うん、約束」
シキはイチナの小指に自身の小指を絡ませた。
「イチナ、私も隣で流星に祈っても良いか?」
「シキもそういう文化のあるところに居たんだ」
「いや、ユウが教えてくれたんだ。イチナが夜に星を眺めるのはそういうことだって」
「なんだ、ユウくんが教えたんだ」
イチナとシキは頭上に広がる星空を見上げた。瞬間的に明るくなったと思ったら、星が空を滑り落ちる。
「イチナの妹が見つかりますように」
「シキの病気が治りますように」








 日が登り、イトスギと共に行動する、華奢な女子。10歳くらいだろうか。白っぽい貫頭衣に赤い紐でウエストを縛った服は、足元に積もった雪景色に馴染む。目元も白い布で隠して、手には長めの杖。杖を左右にポンポンと振り、辺りを確認しながら歩く。
側には、清流という名前がピッタリの透き通った水の川。
「イトスギ様、肩のお怪我は大丈夫ですか?」
「気にするな。お前はお前の仕事の心配をすれば良い」
イトスギは頭を覆う毛皮のフードを後ろに外し、カチャンと音を出して防毒面もとる。
「申し訳ございません」
「謝ることはない」
イトスギの露になった顔は、冷徹な眼差しと言われる印象とは違う、優しい笑顔が似合う女性。髪を一つに束ねて、防毒面を大きなリュックサックの中に入れた。歳は20代後半くらい。大柄に思えたのは、装備の厚さ。それがなければどこにでもいる村人となんら変わりはない。
「でも、あのときは、イリナが居てくれて助かったよ」
ユウらと戦ったときの最後。
「お役に立てて光栄です」
深い緑色の勾玉。イリナの胸元でキラリと光る。大きさこそ、小さいが、質で言えば文句なしの一流品。それどころか、その勾玉には、瞬間移動を可能にさせる力を持っていた。八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマイトスギが旅の中で見つけた物を、イリナに預けている。
「イチナといったか?お前の姉は」
イトスギはイチナとイリナの口元の形が似ているように思っていた。それだけではない、声もよく似ている。名前も似ている。ただ、イリナの姉がイチナである確証はない。
「分かりません、思い出せないのです」
イトスギとイリナと出会ったのは半年前。その時には、イリナはもう記憶は失くしていた。覚えていたのは、自分の名前だけ。過去に関する何もかもを忘れてしまっている。初めは、その境遇を憐れみお供にさせたが、今では、私の右腕。
「そうか、思い出したらすぐに私に言うように」
「分かりました」
イリナは従順で、要領がよく、一度聞いた音は絶対に忘れない。
イトスギは何か、思い付いて、イリナの肩をポンポンと叩く。
「イリナ、お前に一つ仕事を頼んでも良いか?」
「はい」
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