秀才くんの憂鬱

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過去と向き合え です。

君を訪ねて ③ です。

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 芳は宿泊している屋敷に戻ると、仕女頭に叱られてしまう。
「芳様なぜ、このような遅い時間に一人きりで街に出ていたのですか?」
「なんとなく、外が賑やかだったから」
窓の外を眺めていると、ユウが市を抜けて宿屋街に向かうのを見たからとは言えなかった。
「まったく、私たちがどれ程心配をしたことか。ご自身の御立場をわきまえなさってください」
「大丈夫よ。どうせ、このクニの者たちは私が誰であるかなど知ったことではないのだから」
「そうは言ってもですね…」
仕女頭の言うことは、分かっている。でも、私は私の心の赴くままにふらふらと街を出歩き、まるで運命の再会のようにユウと話したかった。
「ね、許して、私、すごく楽しかったの」
目を輝かせる芳。その様子を見て、カクッとした仕女頭。
「まあ、今回が初めてですし、大事にはしませんけど、これからはお気をつけなさってくださいね」
「分かっています」
芳は満足そうににっこりと笑った。




翌日
 ユウたち一行が、屋敷を訪れる。ちょうど、街に五番目の灯りがともると同時だった。日が沈み、昼の余韻を残したままに始まりの兆しをみせる夜。傾いた上弦の三日月が、屋敷の庭の池に反射をして二階の芳の部屋の窓から見える。

「芳様、ユウと名乗る者がお見えになっております」
「はい」

芳は長い裾を踏まないようにしながら、階段を下りる。階段の下には、ユウとその旅仲間がこちらを見上げて待っている。
芳が通れば誰もが頭を下げる。
玄関まで、芳が出迎えるなど異例の事態であり、それは、ユウも分かっている。

「芳様、今宵、我々をお招きくださり、誠にありがとうございます」

 幾重にも服を重ねて、一番上に水色の絹の服を着て、紫の帯を腰に巻いている。細かい翡翠があしらわれたはちまきを頭にして、綺麗にさっぱりと整えられた髪、靴には銀色の刺繍。ちりんと音がするのは、刀の塚につけた金の鈴音。

ユウの格好は、ちょうど芳と対になるようにしている。誰がどう見ても、芳とユウはお似合いの皇女と王子であった。

芳はユウに柔らかく微笑みかける。芳が差し出した手をユウはソッと握る。それは、一外交的戦略と言うよりは、懐かしの友、いや、それ以上の関係であった者との再会を喜んでいるようにも見える。そう、言葉を交わさずともお互いの心が読めているかのように。

「あぁ、貴女もお久しぶりですね。昨日は、ここへ戻ってから、貴女のことを思い出しましたのよ。  ユウ、翻訳をお願いしてもよろしいかしら」
「その必要はないかと」
サワを見た芳。サワは、ハッと顔をあげた。白色の服に黒い丈が長いスカート。それは、警学校の制服。この服を見て、思い出したのか?それを、もとより知っていたかのように。いや、そんなことを思っていてはいけない。相手は魏の第三皇女。粗相があれば、私の首と胴がおさらばするかもしれない。最悪、ユウの立場だって。
「芳様、お久しゅうございます。お会いするのはお茶会以来でしょうか」
流暢な大陸の言葉に、芳様は少しばかり驚いたような顔をなさった。
「貴女は、茶会の時に警学校の代表としていらした方でしょう?あの後、官吏らがあの美少女はどこの者か と噂をしていたので覚えていたのよ」
サワの美貌は世界共通か。


「なんか、バチバチって感じだね」
サワと芳の間に微妙な空気。それに挟まれも気が付かないユウ。
「私としては眼福ですがね。美女が二人も目の前に」
少しふてくされたような顔をしたイチナにシキが気付いたのか付け足しのように言った。
「イチナも可愛らしいですよ。イチナは別枠」
「いいよ、別に無理に言わなくたって。もとから、あの二人に美貌で敵うわけないんだから」
「私にはそうとも思えないよ」
「はいはい」
テキトーにあしらわれたシキ。


食事どころの席は、円卓で、芳の左隣にユウ。芳の右隣にサワ。という席順だった。

芳はことあるごとにユウの名を呼び、ユウに目を逢わせてはにっこりと微笑むのだ。

 出てくる食材はどれも高級品で、美しい装飾が施された銀の皿で運ばれてくる。
「これは、一口でも多く食べないと損な感じがするな」
「確かに、どれも高級品だしね」
イチナとシキは、芳がユウに口説きの言葉をかけていることなど知らないままに箸を進める。

「少し」
そう言って立ち上がった、サワ。
ユウは立ち上がったサワの行く先を目で負う。
なんだ、あの鬱々とした悲しげな眼差しは。あんな、サワ、サワらしくない。どうしたと言うんだ。

「ユウ、食べてる?」
「あぁ、うん、美味しいです」
「でも、ユウが旅をね、凄いわ、憧れてしまうわ。ユウは、学校でもそうでしたね、自分で必要なものを決めて、それに向かい努力する姿、いつもかっこいいと思っていましたのよ」
「芳様こそ、宮廷でのお勉強に加え、学校でも政治を学ばれる姿、クニの未来を背負うものとしていつも目標にしております」
「ユウ、今夜、私の部屋にいらっしゃい。学校での、教科書と講義をまとめた紙を持ってきましたの」
ユウにとってそれは喉から手が出るほど欲しい代物であった。学校を中退になっているとはいえ、学校での学びそれを好む気持ちは未だ失せたことがない。読み込んで、しっとりとした教科書はこの旅にも持ってきている。
「ね、いらっしゃい。私がこう声をかけるのはそう多くはない、ユウが特別な方だから、声をかけたのよ」
肩に触れられて、ドキッとした。そうだ、教科書とノートを見せるために部屋にあげるだけではない…ような、気がする。
でも、ここで断れば、もう二度と、教科書とノートを見れる機会は訪れない。見たい、それは、是非とも、絶対に見たい!
「部屋には、色々とあるでしょう。この長旅です。ですので、食後、この円卓で見せていただくことはできないでしょうか」
「私の部屋は物がないのでご心配には至りません。旅の物は、隣の部屋にまとめて置いているのよ」
だよなー。うん、知ってたよ、荷物と一緒に芳様が寝るわけないもん。はぁ とため息をついたユウ。

「ユウ、私、貴方を迎えたいの」
「迎えたい…ですか」
ガチャッと音がして戸が開いて、サワが戻ってくる。
 それに気が付いてか、無意識のうちか、芳はユウの手を両手で握る。

「結婚をして欲しい ということですよ。ユウ」

ユウはカチャンと箸を服の袖で落としてしまう。
サワは、踵を返し、戸を開けて駆け足で出ていった。

「サワちゃん!」
イチナが呼び止めようとするも、サワは、あっという間に出ていく。



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