秀才くんの憂鬱

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古仲間

師匠、師兄 です。

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僕は、サワの肩を掴み、一歩下がるように促した。
「ユウ…」
ユウは相手の長に深く頭を下げた。
「その話、私どもの仮家で伺うことはできないでしょうか?怪我をして、そちらで寝ている仲間にも貴殿方の貴重なお話をお聞かせ願いたく」
「分かった。動けないほどの怪我とは、あんたら、苦労してんだな。よし、お前ら、行くぞ!」
「了解です!」
揃った声に、ガサッと足を動かす音もぴったりと重なる。やっぱり、統制の取れている組織だ。
「案内を頼んでも?」
「はい」
サワはユウを見た。キリッと引き締まった顔に、月光が差し込み、キラリと光った青い瞳。ユウは、後ろをついてくる人々の持っている武器に鞘がなくむき出しであるどころか、ずっと武器に手を置いてすぐに引き抜けるようにしていることに気がついた。表ではあたかも信用したように見せかけて、まるで信用されていない。



悪路を抜けて、シキが待つ所へ戻る。
シキが竹で作られた寝所の上で横たわり、顔だけをこちらに向けた。
「シキ、戻ってきたよ」
「イリナちゃんは無事だったか?」
「うん、大丈夫」
「良かった」
「それと、お客様だ」

シキは、シキの様子を見に来た移動民族の顔を見るや否やバッと上体を起こした。
「お、起き上がれたのか?」
急な回復に驚きを隠せないユウ。さっきまで、顔を向けるだけだったのに。

「師匠…」
「師匠?」
ユウは、長の方を見た。
「お前、なんだその有り様は?まったく情けない。体が鈍ってるんじゃないか?」
「心配よりも先に、そんなことをおっしゃるとは相変わらずですね」

「あの、飲み物を」
飲み物を持ってきて、部屋の雰囲気に気まずそうにするサワ。

「まったく、もう一度、叩き直さにゃならんな。俺の弟子がそんなに弱くてどうする?」
「すみませんね、弱くて」
嫌味のこもった言い方だ。子供じゃないんだからと言いたくなる。
仲裁に入ったのは、シキよりも何歳か年上の、顔つきの穏やかな男。
「んで、誰にやられたんだ?シキがそんなに弱いはずがないじゃないですか。師匠」
「イトスギ」
「お前の仇か。仇に負けていてどうする?お前が弱いせいで、こうやって皆さんにもご迷惑をおかけして」
「師兄、ですが」
「言い訳は無用だ」
なんか、シキへの当たりが二人とも強くないか?シキだってあの時、十分頑張っていた。シキ以外が無事であることがその何よりの証拠だ。

「あの、シキは凄く強くて、僕らを守ろうと一生懸命に戦っていました。僕がもっと上手く、護衛にまわることが出来ていれば、彼はこのような傷を負うことはありませんでした。だから、どうか、彼を責めないでください」
「そ、そうです、全然、シキは弱くなかったです」
ユウとサワが庇おうとするが、大して意味はなさない。


「いえ、この男には、命を懸けてでも、人を守るように訓練はしています。だから、仲間を守るなど飯を食うのと同じように当たり前のこと」
「それでも、なかなか出来ることではないですよ」
「怪我をし、仲間の足を引っ張ることなど、許されないことです。だから、強さを追い求めねばならぬと言うのに、」
「師匠も師兄も、厳しいな」
「では、誰が枝切れのようなお前に頑丈な体を授けた?それは維持しなければならないだろう?そして、受けた物は、人のために使わねば」
「そんなことは分かっていますよ」
「分かっているのなら、きちんとそれを行動で見せろ」
師匠はそう言い放つとシキのもとから離れた。師匠の後をついていこうとした師兄をシキは呼び止めた。

「師兄、」
「なんだ?」
振り向いた男はさっきよりも随分と優しい顔をしていた。
「あの、ありがとう」
「急にどうした?」
師兄はシキの横にしゃがみこむ。
「久々に顔を見たら、ちょっと安心したんだ」
「いつでも頼れば良いんだ。俺らは、仲間のためなら命を懸ける。それは、誰が誰の為にでもそうだ」
ポンポンとシキの頭を撫でる様は、本当の兄弟のようだ。
「身内に厳しいのもそのためだろう?」
「あぁ、自分の身も守れるようにあってほしいからな」
「後で、師匠にもう一度、手合わせを願おうかな」
「やめとけって、容赦ないから」
ハハハと笑った師兄。
「師兄、」
「うん?」
「私も師兄のように、強くなります。必ず」
ユウの目に、ちらりと入ったのは、ゴツゴツとした岩のような手と、細かい筋肉まで盛り上がりを見せている二の腕。そして、踵までぴったりと地面につけるしゃがみ方。しなやかで丈夫な筋肉が、鎧を着たような屈強な体を作っているんだ。かなりの鍛練を積まなければ、そんな体にはならない。
「師匠も、俺も、表立っては言わないが、一番強いのは、誰よりも努力家のお前だと皆知っている。焦らずとも、まずは、治療に専念しなさい」
そう言って師兄は師匠の後を追いかけた。

ついたての外側から、会話を聞いていたイチナが入ってくる。

「なんか、ちょっと怖かったね、あの人たち」
「イチナちゃんもそう思う?」
「うん、シキの師匠と師兄なの?」
「まあ、そうなんだけど、身寄りもなくて一人彷徨う、私を保護して、育ててくれた人で、私の親のような存在でもあってね」
そう言った、シキの顔はどこかホッと安心したような顔だった。
「そうだったんだ」
「うん。確かに、師として振る舞う時には厳しいが、親、兄弟である顔の時は、本当に優しい人たちなんだ。だから、私も彼らのことは、信頼している。教えだって、別に悪いものじゃない。生きる道標になる」


こっそりと聞き耳を立てていた、師匠と師兄は、シキの言葉を聞いて、ずっと離れていた家族が、逞しくまっすぐに育っていることを、グッと奥歯で噛み締めた。
「十分立派になったな、あんなに小さかったのに」
「そうですね」

依頼書に改めて目を通す。
「では、話に行こうか」
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