オアシスの森と黒猫ルルル

山本一義

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プロローグ 銀の旋律と黒い影

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    世界がまだ、名前のない不安に包まれていた頃のお話です。
 かつて、東の果てに「調べの街」と呼ばれる美しい場所がありました。そこでは人々が楽器を奏で、動物たちはその音色に合わせて歌い、風さえもがリズムを刻むと言われていました。その街の片隅に、音楽を愛する双子の姉弟、ポポリンとユー、そして影のように寄り添う黒猫のルルルが暮らしていました。
 ポポリンが縦笛を吹けば花が開き、ユーが太鼓を叩けば大地が喜ぶ。ルルルはその中心で、金色の瞳を細めてまどろんでいました。彼らにとって、世界は調和に満ちた一つの大きな楽譜でした。
 しかし、不穏な影は音もなく忍び寄ります。
 ある夜、空を割るような雷鳴とともに、すべてを飲み込む「忘却の嵐」が街を襲いました。人々の歌声は悲鳴にかき消され、街を彩っていた楽器は次々と壊れていきました。
「逃げて、ルルル! 離れちゃだめだ!」
 ポポリンの叫びも、激しい雨の音に飲み込まれていきます。混乱の中で、ルルルは二人を繋いでいた温かな手を失い、濁流に押し流されてしまいました。
 気がついた時、ルルルが立っていたのは、見たこともないほど暗く、冷たい森の入り口でした。木々は枯れ果て、鳥のさえずり一つ聞こえない、音を失った世界。
 ルルルは一度だけ、天を仰いで鳴こうとしました。しかし、喉の奥からは音が出ませんでした。最愛の家族を失った悲しみと、静まり返った世界の恐怖が、彼の声を奪ってしまったのです。
 それでも、ルルルは歩き出しました。
 声は出なくとも、彼の胸の奥には、ポポリンが最期に奏でていたあの銀色の旋律が、消えない火のように灯っていたからです。
「必ず、見つけ出す。そして、もう一度あの調べを取り戻すんだ」
 一匹の黒猫が、音のない森へと最初の一歩を踏み出したその瞬間。
 後に「オアシスの森」と呼ばれることになる、奇跡と開拓の物語の歯車が、静かに回り始めたのでした。

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