テイルウィンド

双子烏丸

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第三章 新たな強敵(ライバル)達 

動き出す影

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孤児院の遊戯室である広い部屋から、バタバタと騒がしい音が聞こえる。
 中ではシロノが馬となり、背中に幼い子供を三人乗せてお馬さんごっこをしていた。前に座る女の子なんか、手綱替わりに彼の長い髪の毛を両手に握っている。。
「ねぇ、もっと早く早く!」
「そう言っても、これ以上は危ないって…………たっ! あまり髪を引っ張らないでください」
「だったらもっと走るの!」
「……もう、しょうがないですね」
「シロノお兄ちゃん、次は僕たちとかくれんぼしよー」
「やーよ。シロノは私たちとおままごとをするんだから」
 周りには他に大勢の子供が遊んでおり、三十人は軽く超えそうだ。



「くすっ。楽しそうだね、兄さん」
 入口付近で様子を見に来たアインは、そんなシロノと子供たちの様子を、微笑ましく眺めていた。
「そんなに言うなら、私と替わりますか? 大歓迎ですよ」
 しかしアインは、少し小生意気な感じで肩をすくめる。
「生憎僕は、年上の子達に勉強を教えないといけないんだ。今は休憩時間で、ただ少し様子を見に来ただけだよ。ふふっ、白の貴公子も、子供には形無しだね」
 そう言って彼はニヤリとした。
「でも兄さんがこうして子供と戯れている姿は、いつ見ても面白…………いや、微笑ましいよ」
「ちょっと! 今面白いって言おうとしませんでした!?」
「お兄ちゃん、お馬さんごっこは終わり? なら今度は私たちと遊んで!」
「ほらほら、子供たちも待っているみたいだから、僕はこれで失礼するよ。それじゃあ、兄さん」
「アイン! 話はまだ終わってませんよ! ……って、はいはい、今行きますよー」
 まだシロノは言い足りなそうだったが、子供たちに気を取られてどこかに行ってしまった。
「……さてと、もう少し見ていたいけど、そろそろ僕も戻らないとね」
 アインはそんな兄の様子を見終わると、施設内を移動して別の部屋へと入る。
 そこは学校の教室に近い様子の部屋であり、年上の少年少女達が椅子に座って待っていた。
「やぁ、待たせたね。じゃあ授業を再開しようか。今回は歴史の、宇宙文明史でも教えようか。
 では、まず初めに宇宙最古に存在したと言われる、推定で約二、三億年前に、惑星ルインドに存在した古代異星人文明はそもそも……」



「……そもそも初めに三百年前、惑星の砂漠に埋もれていた異星人の都市遺跡を、惑星調査団が発見したことから知られました。都市遺跡の構造は、漆黒の石材で構築された円柱形の大遺跡を中心とし、同心円状に中小の遺跡群が広がっているわけで…………」
 場所は変わり、フウマのクラスメートであるリアンは、学校の図書室で勉強会を開いていた。
 今彼女が教えているのは歴史学だ。語学、数学、物理化学などの学校教科の一つだ。ただ、その範囲は他の惑星や星系の文明などの、地理・歴史を扱うものであった。
 テーブルの上には、ペンにノートに教科書など、勉強道具が所狭しに置かれている。
 勉強会に加わっているのは五、六人程で、広いテーブルの周りを囲んでいた。その中には、無理やり連れて来られたフウマもいる。
 しかしフウマの様子はと言うと、リアンの小難しい授業説明について行けず、先ほどからずっと、ただ聞いているフリだけしていた。
 そしてノートに書き込んでいるのは授業内容では無く、テイルウィンドのレースをイメージした落書きだった。
 フウマは意外にも落書きのセンスは良く、宇宙空間を飛翔するテイルウィンドの迫力と疾走感が、その落書きには上手く描かれていた。
 ――本番のG3レースでも、こんな風に飛べればいいな――
 落書きを描きながら、自然にフウマは笑みがこぼれた。



「さて、そこでフウマに問題だけど、この特徴を持つ都市遺跡は、他に幾つの惑星で発見されているか答えられる? ……フウマ!」
 リアンから名前を呼ばれ、思わずフウマは慌てた。
「ええっと…………、三つか、四つ?」
「全然違うわ。惑星ルインドの発見以降、最終的に見つかっているのは、全部で五十六よ。その数から、遺跡を建造した古代異星人は多くの星に広がる程にまで、宇宙文明を発達させたと言われているわ。こんな事、初歩の初歩よ。
 もう、定期試験は明日なんですよ? 少しは身を入れて勉強してください」
 彼女からの叱責を、フウマは苦笑いでごまかす。
 ……しかし、ふと部屋の窓を見ると、そこには怪しい人影が映っていた。
 校舎のすぐ外に黒一色のエアカーを停車させ、その傍で二人の黒スーツの男が、辺りの確認や聞き込みを行っている。
 一体何をしているのか? フウマは不審に思った。
「ちょっと! 何余所見しているんですか!?」
 そんなフウマの様子に、リアンは二度目の叱責を加えた。
「あっ、ごめん。だって窓に、変な奴らが」
「今は勉強中よ、それなのに気を散らすなんて……。どうやらフウマには、特別にみっちり教え込んだ方が良さそうね」
 彼女はふぅとため息を付くと、皆に言った。
「じゃあ今日はここまで、みんなお疲れさま。明日は試験だけど、教えた事を忘れなければ大丈夫。…………けどフウマは残ってもらうわ。まだまだ貴方には……色々と教え足りないようですから」
 そう言ってリアンは、フフッと薄い笑みを見せた。


 
 それから二日後、フウマは昨日の試験結果を確認し終わり、学校から帰る所だった。
 この学校では、試験の採点は即座にコンピュータ処理によって行われ、次の日には成績が開示される仕組みである。
〈それで、結果はどうだった?〉
 フウマはタブレット端末を耳に当て、貸しドックでテイルウィンドの整備をしているミオと話していた。
「何とか、落第点を取らずに良い点数が取れたさ。ただ……」
〈ただ?〉
 通話越しに彼は、疲れた顔でため息をつく。
「勉強会の疲れが、まだ残っているんだ。……全く、リアンはいつも厳しいし、試験の前日なんて、僕だけ残されて徹夜で勉強漬けさ」
〈ふふっ、それはご苦労さま〉
「ちなみにさ、そっちはどうなんだよ? テイルウィンドは?」
〈心配しなくても、今整備が終わったところ。大丈夫、準備は万端よ、これならどんなレースにだって負けないわ〉
 そんな自信満々なミオの声が、通話越しに聞こえて来る。
「いつもありがとう、ミオ。君が整備してくれたテイルウィンドで、今度こそ、優勝してみせるさ」
〈うん、楽しみにしてるね。…………えっ!〉
 するとミオが、何かに驚いた声を上げた。
「どうした?」
〈今ドックに、黒い服の人達が……。あの、何か御用ですか? あなた達は…………きゃっ! 離して! やめてってば!〉
 彼女の悲鳴とともに、騒がしく争う音が聞こえる。
「ミオ! 一体何があったんだ! 返事しろ!」
 その後は数回暴れる音が聞こえたが、いきなり物が叩き壊されたような音を最後に、通信が切れた。



「おいっ! どうしたんだよ! ……くそっ!」
 衝撃の事態に、フウマは焦る。
 もしかしてミオの身に何か? こうしてはいられない――
 周囲を見回すと、一人の同級生が電動バイクに乗ろうとしているのが見えた。
 フウマはつかつかと彼に近づく。
「ミゲル! ちょっといいか?」
「ん? フウマかい。僕は今から、家に帰る所だよ。出来れば後に……」
「今すぐバイクとヘルメットを貸してくれ! 急用なんだ!」
 そう言うや否や、半ば強引にヘルメットを奪い取ると、バイクに乗り込んだ。
「そんな! 勝手に困るよ。そのバイクは親のなんだ、もし傷が付いたりでもしたら……」
 フウマはバイクに刺さったままの鍵を回し、アクセルを入れる。
「心配しなくてもすぐに戻って来る。それまで待ってくれ!」
 そしてバイクは土煙を巻き上げて、正門から走り去って行った。
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