テイルウィンド

双子烏丸

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第十一章 束の間の安寧と、そして――

卑怯者

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 ――――
 この都市の空中庭園は、とても美しい事で有名だった。
 空中都市、スカイガーデン・ポリス中央には、整えられた巨大庭園が位置していた。
 銀河各地から集められた様々な草木、そして花々が植えらえ、人工的に形作られた大理石、黒曜石で形作られた滝に、彫刻などの芸術品。
 それらはあくまで目立ちすぎず、全体の調和を整えるように配置され、結果的に庭園全体の美しさへと昇華している。
 

「初めて来てみましたが……ここはとても、美しい場所ですね」
「そうだね、兄さん。花も綺麗だし、なかなか良い所かな」
 シロノ、そして弟のアインは、二人で庭園を散策している最中だった。
 見ると他にも散策している最中の人もちらほら見え、二人は仲睦まじそうなアベックに目が映る。
「ふふっ、こんな所など、恋人と来るには最適かも、ですね。まぁ……私はまだ、そうした人など作る予定はありませんが。……アインはどうです?」
 そう聞かれて、アインは苦笑いする。
「実はさっき出会ったばかりで、気になった人はいたんだけど、もう相手がいるみたいなんだ。あっと言う間にフラれちゃった」
「それはご愁傷様。ですが――まだまだ、チャンスがあるはずですから、気を落とさないことです」



 気持ちを切り替えるように、アインは思いっきり背伸びをし、深呼吸する。
「うーん――でもこうしていると、落ち着くよね。仕事でも、色々疲れもしたからね。……はぁ、色々と大変だったんだ」
 アインはここまでの間、再度銀河捜査局とともに、調査を重ねていた。
 まだあれから、何も分かってはいない。……しかし、あと少しで何か、掴めそうな所にまで迫っていた。
「アインもお疲れさまです」
「そうだね。一応、他言無用だから言えないけど。多分、兄さんも知っている事だよ」
「……ええ、そうかもしれません」
 シロノも一度だけ、このG3レースの裏で、何かが動いている事は聞いていた。
「しかし、今の所は問題ありませんよ。このまま行けば、無事にG3レースも終わりそうです。
 当然――優勝を狙って、ですけれどね」
 そう言って彼は、ククッと笑う。
「ジンジャーブレッドだって、一度追い越したしね! さすが兄さん、やっぱり……凄いや」


「私なりには、頑張りましたから。ですが彼の機体、ブラッククラッカーのあの超加速は、かなり厄介です。
 もはやレース機に出せる加速でありませんし、一度使われてしまえば、私に勝ち目はないでしょう。親善試合そして――今回みたいに」
 するとシロノは、考えるような様子を見せた。
「しかし、どちらも最後に一度しか使っていない所を見ると、マリンのクリムゾンフレイムみたいに、そうそう使える加速システムではなさそうです」
 アインも頷く。
 そして彼は、ある事をシロノに伝える。
「うん。そのはずだけど、あの加速システム……どうやら宇宙航行で使う、ワープ航行に近い感じらしいと分かったんだ。
 親善試合の時の映像、そして後で実際にあの場所を調べたデータによると、ワープによる量子化の兆候と、空間に僅かな歪みの形跡が見られた」
 これを聞いたシロノは……複雑な表情を浮かべた。
「……ジンジャーブレッドは、そんな奇妙な物を、レースで」
「奇妙と言うか、とにかく凄い技術だよ。
 だけど、僕に言わせてもらうと、ここまでのテクノロジーをレースで使うなんて、反則も良い所だよ。ワープ航法を応用した加速なんて、どんなレース機だって、叶うわけがないんだからさ」


 科学者でもあるアイン。決してその機構の全てが分かっているわけでないものの、この技術はレースで使うにはあまりにも、反則とも言えるほどの技術である事は感じていた。
「今回のG3レースも含めて、レースにはあらかじめ燃料が制限されると言うのは、兄さんも分かるよね」
「それは、もちろん。加速性の高いもの、機動性能に優れたもの、多種多様な性能のレース機に対して公平性を欠かないようにしてますからね。
 無制限に燃料が使えれば、その分加速に回せる加速重視型の機体が、他より有利となりますし」
「当たり、その通りだよ。だから不当に燃料を、制限以上に積み込むのはもちろん違法になるよね。
 だけど、ブラッククラッカーの加速システムに関しては、違法になりはしないよ。まさかあんな技術を使うことなんて、レースの運営側としても想定していないから。
 だとしても……あんな物をレースで使うなんて、例えるなら子供の駆けっこに、バイクを持ち込むようなものだよ。そんな真似をするなんて――」
 二人は、互いに沈黙し、考え混む。


 しばし考えた末に、こんな事をシロノは呟く。
「ですが、あのジンジャーブレッドが、反則まがいの事をするなんて。…………しかし」
 そう呟いた彼が思い出したのは、レース終了後の、ジンジャーブレッドの動揺ぶりだった。
 ――あの時、私の言葉にあそこまで反応したのも、もしかするかも、しれませんね――
 シロノがこんな風に考えていたさ中……、視線の先に、見覚えのある人影が現れる。
 ベンチに深く腰掛け、ぼうっと風景を眺めている男性は、先ほど話していたジンジャーブレッド、その人だった。


「……君は」
 近くにいた二人の気配に、気が付いたジンジャーブレッド。
 彼はそちらに目を向け、一言だけ呟いた。
「ジンジャーブレッドさん、ここにいたのですね」
 シロノはそう声を掛けると、ジンジャーブレッドは何とか無理やり、笑ってみせた。
「ああ。その……先ほどは、本当にすまなかった。少々……気が動転していてな」
「私は、全然大丈夫ですよ。それより――ジンジャーブレッドさんの方は……」
「ふっ、私も問題ない…………う、ぐっ!」
 途端、ジンジャーブレッドは胸を押さえて苦しみ出した。
「もしかして、身体の調子が――! 待っていて下さい! 誰か呼んで――」
「いや! それは止めてくれ。こんな事など、いつもの事だ」
 心配して近づこうとするシロノとアインを、彼は制止する。
 それに痛みも引いているらしく、乱れた呼吸も安定しつつあった。
「はぁ……もう、平気だ。心配かけたな」
 ジンジャーブレッドは一息つくと、再びベンチにもたれかかった。
「シロノ――確か、そんな名前だったな。君のレースぶりは大したものだよ、それにもう一人、フウマとか言うレーサーもな。
 まさか……とうとう私を追い抜く者がいるとは、私自身、未だ信じたくはないがな」
「私も貴方と戦えて、光栄に思っています。全力を出して、ようやく貴方に並ぶことが出来ました。――ですが、後半戦では、まだまだ頑張らないといけませんね」
 すると自らの手で顔を抑え、彼は自虐するように嗤う。
「君は……いいな。そうも真っすぐで、いられるなんて。
 それに引き換え、私は――こんな」



「……」
 親善試合の時、初めてジンジャーブレッドと会った時……。
 あの時の彼は、まさしく伝説のレーサーに相応しい、威厳と自信に満ち溢れていた。それにはシロノも、思わず尊敬してしまうくらいだった。
 だが、今のジンジャーブレッドは、どうだ。
 力なく座り、陰気な様子で自虐を続けるこの男は、かつて数十年前、常勝無敗の伝説を持つレーサーとは、まるで別人だ。
 シロノはそんな姿を直視出来ず、つい顔を背ける。
 ジンジャーブレッドは彼にとっても、憧れのレーサーだった。それが今では、まるで落ちぶれた様子だ。――シロノにとっては、見るに堪えない姿である。
 ――まさか、こんな様子でいるなんて。これでは、あの事を訊く事さえ、出来なさそうです――
 アインから聞いたあの話、シロノは信じられずにいた。
 確かに今の様子は異常かもしれない、しかし反則や卑劣な真似をするような、相手ではジンジャーブレッドはないはずだ。
 だが――


「……失礼かもしれませんが、ジンジャーブレッドさん。僕は……貴方に訊きたい事があります」
 すると、いつもは大人しいはずのアインが前に出て、やや強い口調でジンジャーブレッドに問いただした。
 彼の表情には、怒りの様子までも垣間見える。
「アイン!」
 シロノもそれには、驚いた様子を見せる。
「さて、そう言う君こそ、一体誰かな」
 対するジンジャーブレッドは、相変わらず無気力な様子であるが、アインは気にする様子はない。
「僕はアイン、シロノの弟でホワイトムーンのメカニックです。……ジンジャーブレッドさんとシロノとのレースは、僕も見させて頂きました」
「それは……嬉しいことだ」
「――けど、ジンジャーブレッドさんの機体に使われている、あの加速システム、一体あれは何ですか?
 僕も詳しく分かっているわけではないけど、あれはワープ航行の技術に近いものだって言う事くらいは、分かるよ。多分機体を半量子化しての加速なら、光速に近い亜光速の速度まで可能なはずだ。
 何を使っているか知らないけど、あんな物を使うなんて――反則も良い所だよ」
「――!」
 アインの言葉に、ジンジャーブレッドの顔は蒼白になる。
「もちろん、いきなりそんな事を言って、失礼なのは分かっているよ。
 だけど、シロノ――兄さんは真剣に、持てる全力でレースをしているんだ。いや、兄さんだけじゃない、他のレーサーだってきっとそれは同じのはずだよ。
 確かにルールとしては禁止されてはいない。けど、あの加速システムの性能は、それに泥を塗るようなものさ」
「ちょっとアイン、それ以上は――」
 科学者、技術者でもあるアインは、ジンジャーブレッドの機体、ブラッククラッカーが使った加速機構について、ある程度の理解は可能だった。
 ……そしてその分、そのシステムの異常性と、レースで使うにはあまりにも許されない事も。


「もし……ジンジャーブレッドさんが、その事を知っていて、それでも使ったのなら貴方は――――レーサーの風上にも置けない、ただの卑怯者だよ」



 あまりにも辛い、アインの言葉。
 そして――まさか、ここまで言うとはシロノも思わなかった。
 三人がいる空間を、静寂が支配する。
「私が、卑怯者……だと……」 
 ジンジャーブレッドはそう呟き、よろめきながら、ベンチから立ち上がる。
「ジンジャーブレッドさん、やはり体調が……」
 やはり彼の体は、かなり悪いようだ。再度、シロノは気に掛けるも……当の本人はそれに気づく様子もない。
「……卑怯者などでは、そして好きでこんな真似など……したわけではない! あれは……!」
 どうにか、自己弁護を試みるも……ジンジャーブレッドは、言葉を言い淀む。
 そして諦めたのか、言葉を切って顔を背ける。
「……いや、もはや何も言わん。『卑怯者』、か……そう思いたければ思えばいい。
 もう私には、否定する権利もないからな」



 こう言い残し、ジンジャーブレッドはどこかに去った。
 彼が去った後、シロノは咎めるように口を開く。
「アイン、いくら何でも、あんな事を言うなんて……」
「ごめん兄さん。つい、ムキになっちゃって」
 あまりに言い過ぎた事は、当人も分かっていたようだ。兄の言葉にアインは、しゅんとした様子を見せる。
 しかし、その一方で……。
「でも……ジンジャーブレッドさんのあの反応、怪しいとは思わない? やっぱり彼は――」
 これにはシロノも、言い返すことは出来なかった。
 ――確かに、前半戦が終わってからの、ジンジャーブレッドさんの態度は、怪しいものでした。
 レース最後のあの加速……無関係とは、私にも思えません。やはり、アインの言う通り――
「まぁ、それより今は、晩餐会があるから。時間ではもうすぐだし、そろそろ向かわないとね、兄さん」
 アインの言葉に、一旦我に返るシロノ。
「――ええ、クラウディオさんも先にいるでしょうし、スポンサーを待たせるのも、悪いですからね」
 前半戦、後半戦の間に挟まる大きなイベント、それがここで行われる、晩餐会であった。
 そこではレーサー同士と、そのスポンサーとの交流な場となる。……と言っても、基本的に参加不参加は自由であるが、フリーのレーサーはともかく、シロノのように大きなスポンサーを持つレーサーは、参加しないわけにはいかなかった。


 晩餐会の会場へと向かう二人。だが……
 シロノの心に差す、黒い影。
 ――しかし、だとするならこのG3レース、果たして……行う価値などあるのでしょうか?――
 これから後半戦へと続くレース。
 同じように全力で取り組む事が出来るか、それはシロノにとって、定かでなかった。
 
 
 
 ――――
 ゲルベルトは、クイーン・ギャラクシーの特殊モニタリングルームにいた。
 それは……G3レース前半戦終了後、彼とジンジャーブレットが出会った、そして奥に謎の大機械が設置された、あの部屋だった。
 その機械の正体は――ジンジャーブレッド、そしてブラッククラッカーをモニタリング、そしていざとなればこちらから遠隔コントロールを可能にする、管制装置である。。
 ブラッククラッカーのエネルギー量に、動力リアクターの稼働状況と、人機一体型システムによるパイロットのシンクロ状況など、さまざまなメーター、モニターはそれを示すものだ。
 今は機体が停止しているためにモニタリングは停止しているものの、
パイロットであるジンジャーブレッドに対しては、脈拍、呼吸、血圧と言った身体のバイタルを随時確認可能だった。


 
 人と機体を接続させるブラッククラッカーにとって、言わばジンジャーブレッドも機体を構成する、制御システムの一つとも言えた。
 よって彼のモニタリングも必要とも言えるが、果たして……今こうしてレースが終了した今、なおも監視を続ける必要があるのかどうか。
 それは――今装置を眺める、ゲルベルトが知っているだろう。
 ――やはり、限界に近いか。奴はああ言っていたが、もはや後半戦まで、身体が持つか――
 装置に示される各種バイタル、それによりジンジャーブレッドの様子を確認する彼は、深刻そうに顔の皺を寄せる。
 ――最終的にどうなろうとも構わんが、おかげでレース中でまた醜態を晒し、私のプランを台無しにされれば、叶わんな――
 すると、何かを考えたのか、ゲルベルトは通信端末を取り出す。
 どうやら誰かと連絡を取るらしいが……


〈これはゲルベルト様、再三に渡り、我々ナンバーズ・マフィアに依頼して頂き、組織を代表し感謝を申し上げます〉
 相手の正体は、犯罪組織ナンバーズ・マフィア。フウマ達レーサーの機体に対し破壊工作、また親善試合にはレーサーを直接狙っての妨害工作を行い、G3レースの陰で暗躍する存在だ。
 ……しかし、破壊工作の内殆どは阻止され、妨害工作に対してはいち早く気づいた銀河捜査局によって、未遂に終わっていた。
 業を煮やしたゲルベルトは、三度目には宇宙海賊クロスメタル海賊団に、開催地へと向かうレーサーに対する襲撃を依頼するも、それさえも裏切りによって失敗した。
「……ゲルベルトだ。君たちに、新たな仕事を頼みたい。妨害工作の失敗続きには失望の極みだが、万一の場合に備え、工作員を待機させていたのは幸いだったな」
 度重なる失敗の連続により苦々しく思った彼だが、海賊に裏切られた今では、再びナンバーズ・マフィアに頼る他ない。
 汚れ仕事は外部の連中に任せる、それこそがゲルベルトのやり方であった。
「今回が最後の依頼だ。今度は……失敗は許されんぞ。
 これから君たちに、任せる仕事は――」
 
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