テイルウィンド

双子烏丸

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第十一章 束の間の安寧と、そして――

追跡開始

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 ――――
「いくら、レースが諦めきれないからって、そんな馬鹿な……」
 マリンの推理を聞き、フウマは信じられないようだった。
 ちなみに、今は上から、銭湯の管理人から借りた浴衣を着込んでいた。さすがにずっと下着姿ではと……、貸してくれたのだ。
「けど、現状からそれ以外考えられないわ。何しろG3レースは大きなレースだから、前半戦でリタイヤしても、諦めきれない気持ちは分かるの。だから後半戦まで進出したフウマくんに成り代わった、と。
 ねっ! 筋は通っていると、思わない?」
「それは、そうかもしれないけどさ」
 未だフウマがそう言う一方、ミオはマリンに賛同している感じを見せる。
「フウマには悪いけど、マリンさんの意見に賛成かな。だって、他に何か、理由を考えつく?」
 そこまで言われると、もはや言い返す言葉もない。
「……確かに、他には思いつかないね。そこまで言われると、マリンさんが正しい、かも」
「ふふん! ほら見なさい!」
 ようやくフウマが認めた事に、マリンはさも得意げだ。


「別に、そこまで威張らなくても。
 それより早く、この事を警察やレースの運営側に、連絡するべきじゃないか。僕の通信端末も、盗まれた服の中だし……」
 だが、どうやら彼女はその事を、すっかり忘れていたらしく、ハッとなる。
 よほど自分の推理に、得意げだったせいでも、あるのだろう
「あっ、私とした事が……すっかり忘れちゃってたわ。待ってて、すぐ連絡を入れるから」
 マリンは自分の通信端末を取り出し、まずはレースの運営へと、連絡を入れようと、アドレスを入れる。
 だが、そんな最中に、こんな事を呟いた。
「……全く、いくらレーサーとして諦めつかないからって、そのせいでレーサー生命が絶たれちゃったら、元も子もないのにね」
 この言葉にフウマは反応する。
「待って。レーサー生命が、絶たれるって?」
 マリンは当然の事のように言う。
「何言っているの? レーサーが他のレーサーを閉じ込めて成り代わり、レースの成績を横取りしようとしてるのよ? 
 こんな犯罪行為が明らかになったら、もう宇宙レーサーとして、活躍なんて出来るわけないじゃない。
 可哀そうかもしれないけど、これも自業自得ね。それじゃ連絡を――」
 アドレスを入れ終わり、ようやくマリンは連絡を入れようとした。……が。



「それは駄目っ!」
 突然フウマはマリンの手元から端末を奪い、それを阻止した。
「……ちょっと! 連絡するって言ったのは、フウマくんでしょ!?」
 止められたマリンも、全く訳の分からない様子だ。
「だって、そんな事をしたらもうレースが出来なくなるんだろ? それは、こんな事されて腹立つけどさ……同じレーサーとして気持ちも分かるんだ。
 ちゃんと僕の物は返して欲しいけど、かと言ってそこまでは、望んでいない!」
 相手の出来心もあるが、そのせいでレーサーでなくなってしまうのは、嫌だった。
 真剣な目つきでフウマは言い放つも、マリンは正面からそれを見据え、厳しい表情を見せる。 
「ほう……言うじゃない? そもそも私が助けに来なかったら、後半戦に出られず終わっていたくせに。
 それにあてもないのに、たった一人で都市中探し回るなんて、本気で出来ると思っているなら……」


 この空中都市は、思っている以上にかなり広い。とてもでないが残り時間の間に、たった一人で誰かを探すなんて、至難の業だ。
 それはフウマも、分かっていた。――だが。
「僕にだって、それくらい分かるさ。……だから、マリンさんに協力してもらいたいんだ。あなたなら頭だって良いし、一人で探すよりも、ずっと可能性は高くなるはずだから」
 マリンは可笑しそうに笑う。
「あははは! まさか私が、あなたの為に手伝うと、本気で思っているの!」
「たしかに僕の我儘さ。でも、せめて一度だけは、チャンスを与えたいんだ。向こうだって、ほんの出来事でやっただけかもしれないから。
 だから――お願いだよ。この通り」
 真剣な様子のフウマ、それはマリンにも分かった。


「どうやら、本気みたいね」
 マリンはぼそりとつぶやき、僅かな間、フウマを見据える。
 ――そして諦めたように、はぁと溜息をついて、言った。
「分かったわ。そこまで言われたら……断れるわけ、ないじゃないの」
 彼女がそう言ったのを聞いて、フウマは嬉しそうに、表情を輝かせる。
「――ありがとう、マリンさん」
「勘違いしないで。さっきも言ったけど、今回の事には、私にも責任があるの。それに私をレースで破っておいて、決着をつけないでいるのも、嫌なのよね。
 だからちゃんと、解決には力を貸さないと。……あーあ、何で私って、こんなんなんだろ」
 彼女は頭を抱えるも、若干、少しだけ微笑んでいるようにも感じた。



 そうと決まれば、早速、犯人を捜しに行かなければ。
「じゃあ早速、探しに行きましょうか。急いだ方が、いいからね」
 マリンの言葉に、フウマは頷く。
「……ねぇ、フウマ」
 そんな中、ミオは彼に声をかける。
「えっと、どうしたのかな?」
「私も犯人を捜すの、手伝っていい? フウマが大変なのに、何もしないでいるのは、嫌なの」
 しかしフウマは――。
「ごめん。犯人がどう出るか分からないし、危ないかもしれないんだ。探すのは、僕とマリンさんだけでやるよ。
 だからミオには、待ってて欲しい。……大丈夫、すぐに見つけて、戻って来るさ」 
 こう言われて、少し寂しそうな表情を見せるが、納得したように頷いた。
「……うん、そう言うなら私、待ってるね。まだ途中だったテイルウィンドのメンテ、二人が探している間、私は頑張るから」
 フウマとミオの様子に、マリンは微笑ましく眺める。
「ふふっ、やっぱりあなた達は良いカップルね。
 ――そうと決まったら、フウマくんには、これを渡しておかないと」


 するとマリンはある物を取り出し、フウマへと投げて寄越す。
 上手くキャッチした彼だが、手元にはずっしりと、なかなかの重みを感じた。
「まさか、これって……」
 フウマが手にしているのは、先ほどマリンが使っていた、光線銃である。
「ちょっと待って! 僕はこんな物渡されても!」
 とつぜん物騒な物を渡されて戸惑う彼とは対称的に、マリンは落ち着いた様子で言う。
「フウマくんの言う通り、追い詰められた犯人が何をしでかすか、分からないもの。
 大丈夫、出力は抑えてあるから、撃たれてもショックで気絶するだけだから」
 そうは言われても、銃なんて扱ったことなんてない。
 手元の光線銃をいじくりながら、不安そうな様子のフウマ。マリンは少し呆れた様子で、軽い溜息をつく。
「そりゃ、初めてこんな物を渡されたら、当然の反応なのかしらね。
 分かったわ。ちょっとお手本を見せてあげる。まずは後ろのセーフティーロックを解除して、そして両手で握って、狙いを定めて――」
 そう説明しながら、試しに彼女は光線銃を構え、更衣室の出口へと銃口を向けた。
 ――しかし。



「……ひいっ!!」
 銃口を向けたその先には、偶然誰かがいたらしく、怯えた声が上がった。
 そこには、若い青年の姿。さらに……。
「見て、フウマ。あの格好は……」
 青年が着ていたのは、盗まれたはずの、フウマの服だった。
「あれは……僕の……」
 どうしてここに戻って来たのは、それははっきりと分かりはしない。しかし、わざわざ戻ったと言う事は、もしかすると。
 ――もしかして、謝りに来た……とか――


 フウマは話を聞こうとした、しかし――。
 ちょうどマリンが、銃口を向けたのが不味かった。
 青年は怯えた表情のまま、脱兎の如く駆け出し、逃げ出した。
「あっ! ちょっ……待ちなさいよ!」
 マリンはつい、そんな声を出す。
「――フウマも早く! 犯人が逃げちゃうじゃない!」
 相手は逃げてしまった、こうなった以上は、しかたない。
 とにかく、探し回る手間は省けた、なら後は……追いかけるだけだ!
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