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箱
しおりを挟む「……またか」
俺は自分が住んでいるアパートの部屋の中でそう呟いた。
目の前には無造作に山積みにされた段ボール箱の山がある。その段ボールは部屋の殆どを埋め尽くし、足の踏み場もほとんど無いような状態だった。
どうしてこんな事になったのか、それは約一ヶ月前にさかのぼる。
高校を卒業して大都会に引っ越した俺は、飲食店のバイトをしながら安いアパートで暮らしていた。だが安いと言っても大都会のアパートだ。家賃は俺がいた地方の普通のアパートと較べて遥かに高い。
そのバイトは長時間で過酷な上に、賃金が少なかった。毎日休み無しで10時働いても、アパートの家賃で殆ど持って行かれ、手元には僅かな金しか残らない。さらにもっと悪い事にバイトを雇った飲食店のオーナーはかなり横暴で、仕事が遅いだとか、出来が悪いと、何かと理由をつけて暴力を受けるのもしばしばだった。またパシリに使ったり、家の家事を押し付ける等、本来の仕事以外の仕事も平気で押し付けたりもした。文句を言おうものなら、クビにするぞと脅され、さらにそれが反抗的だ、生意気だと言う理由でまた暴力を受ける。
しかし高卒の学歴しか持っていない俺には、この都会で他のバイトを探すのは至難の技で、結局ここで働き続けるしかなかった。ここで働いているバイト仲間も同じ理由でここで働き続けており、もはやバイトと言うよりかはむしろ奴隷だ。
その日もバイトが終わってアパートに帰る所だった。今度は2,3分だけ少し休憩を取ったというだけで暴力を受け、顔にはアザが幾つか出来ていた。今でもそのアザが少し痛む。
ようやく自分の部屋の扉の前に来た。
「……どうして俺がこんな目に」
そう呟いてイライラしながら扉を開けた。
扉を開けるとすぐ目の前に六畳間の大きさの部屋があった。部屋には雑誌や空になったカップヌードル、コンビ二弁当の入れ物などの数多くのゴミが散乱していた。その部屋の中心にある小さな机の上に何か見慣れない物があった。
それは一辺40センチ程の正方形の形をした段ボール箱だった。
俺が朝に部屋を出た時にはこんな物は置いてなかった。
何かが送られて来たにしても、普通は部屋の前に置いていく物だ。部屋の中に置いていくなんて考えられない。それに誰が何処から送って来たかを示すような物は無い。幾らなんでもこれは怪しかった。
「この中には一体何があるんだ。まさか変な物でも入ってないだろうな」
中身が気になり、俺は恐る恐る段ボールを開ける。
中には、何も入っていない。つまり空っぽだった。ただ心なしにか、段ボールの中はごく僅かに黒くかすんで見えるように感じた。
とりあえず何も害はなさそうなので、俺は段ボールを閉じ、部屋の隅にでも置いておいた。正直、今から捨てに行くのも面倒くさかった。
次の日、俺はいつもと同じようにバイトに行った。部屋には昨日の段ボールがまだ置いたままだったが、特に大した事とは思わず、忘れかけていた。
バイトは相変わらず過酷で、大変だった。それに加えて仕事が終わると俺とバイト仲間の1人がオーナーに家まで呼び出されて、家の掃除をさせられた。
アパートに帰り着く頃にはもう深夜1時を過ぎていた。
疲れてクタクタになりながら部屋の扉を開くと、驚いたことにまた同じ段ボールが部屋の机に置かれていた。部屋の隅に目をやると、前の段ボールは確かにそこにあった。再び新しい段ボールを開くと、やはり中は空だった。
「ちっ!」
俺は腹が立ってその開いたままの段ボールを掴み、思いっきり同じ部屋の隅に投げつけた。
段ボールはぐしゃっと潰れ、昨日の段ボールの上に落ちた。
それからと言うもの、段ボールは日に日に増え続けた。基本は一日に1個ずつだったが、日によっては全く増えなかったり、もしく2、3個くらい増えたりもした。ひどい時には一気に10個程増えた日もあった。しかし段ボールは減った事は1日としてなく、ついには部屋に大きな段ボールの山が出来るに至った。
このままだといずれ部屋全部が段ボールで埋まってしまうと考えた俺は、バイトで疲れているにも関わらず、その日は帰ると直ぐに段ボールを一つずつ潰して、それをまとめて紐でくくってゴミ捨て場に捨てに行った。ついでに元々あった部屋のゴミも袋に入れて捨てた。それから二時間後……
「ふう、片付けるとこんなにも綺麗になるなんてな」
部屋にあった段ボールは綺麗さっぱり消えただけでなく、ゴミも全て処分したために、以前よりも部屋は綺麗になっていた。
ようやくスッキリとした俺は、そのまま布団に入って眠りを取った。
こんなにいい気分になったのは随分と久しぶりだった。
だがこんな気分は長くは続かなかった。
次の日仕事に行けばやはり長い労働時間にきつい仕事にオーナーの理不尽すぎる横暴、仕事が終わる頃には昨日までのいい気分は何処へやら、嫌な気分になりアパートに帰り着いた。俺はそのまま部屋の扉を開く。
「どうしてだ……これは」
扉を開いた時の俺の第一声がそれだった。そして驚きのあまりその先の声も出ず、表情も固まった。
部屋には昨日捨てた分と同じか、それ以上の段ボールがまた山のように積み重なっていた。
捨てたはずなのに、何故……。
身体に力を失い、へなへなと床に座り込む。
さらに日は進み、段ボールも増え続ける。あの部屋だけに留まらず、今では押入れにも、ベランダにも、更には浴室等も段ボールに埋め尽くされている。例え捨てたとしても、その分だけ段ボールが部屋に戻って来るのは分かっていたので、もう増えるに任せていた。
もはや部屋でバイトの疲れを癒すどころか、日常生活もままならない。気分の悪さも悪化し、疲れも溜まっている。それに比例するかのように段ボールが増えるスピードが増している気もする。
バイトでも、溜まった疲れのせいで今まで以上に仕事が遅れたり、ミスが増えたりもした。
そんな生活を続けていたある日の事……
「クビだ」
飲食店でのバイトがようやく終わり、帰ろうとした時にオーナーに突然そう言われた。他にも数人いるバイト仲間がこちらの様子を眺めている。
俺はその言葉のあまりにもショックさに固まっていた。
「何度も言わせるな。お前はクビだ、明日からはもう来ないでいい」
再び、オーナーからそう言われた事によって俺は我にかえった。
「何で、いきなり……どうしてですか」
「ろくに仕事が出来ないような奴を食わせる余裕なんかここにはないからだ。代わりはまた雇えばいい。お前はもう必要ないんだよ」
「……」
「分かったらとっとと出て行け、店の服を置いていく事を忘れるなよ」
そう言い終わると、オーナーは出て行く。
俺は今までで最も最悪な暗い気分で家路につく。仕事を失い、また新しい仕事を見つけようにもあては全くない。これから先どうすればいいのか、分からなかった。
アパートに着き扉を開けると、あれだけあった段ボールが消えていた。その代わりにたった一つのダンボールが机の上に乗っていた。その段ボールは今までよりも大きく、一辺が一メートルもあった。その気になれば大人1人が入りそうだ。そしてその段ボールがガタガタと音を立てて震えている。
普通なら恐ろしいと思っただろうが、自暴自棄になりかけていた俺はそんな事を気にかけず。段ボールを開く。
段ボールを開くと、そこからおびただしい量の黒い煙のような物を噴き出し、俺がいた部屋に広がる。俺は辺りが真っ暗に見えなくなり、煙も幾らか吸ってしまった。
煙は僅かに開いた窓から外に出て、やがて部屋の中の煙は少しずつ晴れる。
その時にはもう俺の暗い気分は消えていが、それとは別の感情が俺の心を支配していた。
それはまるで身を焦がすかのような燃える憎悪の感情だった。
俺は台所の刃渡りが長い包丁を手に取り、外に繰り出した。
「判決を言い渡す。被告人を殺人の罪で有罪とし、懲役10年に処する」
裁判で裁判官がそう言い渡すのを、俺は半分夢見心地な気分で聞いていた。
まあ、一応まだ未成年であるからそれくらいが妥当か……。その程度にしか思っていなかった。
俺はこれから10年もの間、外界から隔絶された檻の中で過ごすのだろう。だがもう、それすらもどうでもいい。結局なってしまった事は変えることなど出来ないからだ。
ふと、今になって思ったが、あの段ボールの中身……中身はもしかすると俺がずっと心で押えていたストレスや憎悪、諦めといった負の感情であったのかもしれない。
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