逆算方程式

双子烏丸

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変わる想い

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 モニターから見える外の様子は、濃紺のもやの様な物で、一面が覆われていた。
 宇宙船は今、マーブィ大星雲を通過していた。船の進路上をまたがる超巨大星雲であり、ここを避けて通る訳にはいかなかった。
 この大星雲の内部は超極寒であり、船の暖房装置でも、その寒さは抑える事が出来ない程だ。
「うー、寒い!」
 厚手のジャケットを何枚も羽織って、いつも以上に厚着をしても、ライゼルにはまだ寒かった。吐いた息も、白くなっている。
 極度の寒さによって、船の自動操縦システムが故障してしまった為、ライゼルは一人、それの修理に取り掛かっている。
 機械装置の蓋は取り外され、内部にある基盤や配線などの取替えや修理、接続のし直し
を、行っている最中だった。
 彼の傍には様々な修理器具と、使えなくなった部品が置いてある。
「機械の修理、お疲れ様っ!」
 クゥが両手にコップを持って、操縦室に入って来た。彼女も、厚着をしていた。手にしているコップからは、暖かい湯気が立ち上っている。
「少し休憩しようよ。ほら! 頑張っているライの為に、ココアを用意したんだ」
 修理には、まだ時間がかかりそうだった。それに、修理を始めてから三時間、寒い中ずっと続けていて疲れていた。
「ああ、そうさせてもらうよ」



 ライゼルとクゥは、操縦室の隅の空いているスペースに、隣同士、くっついて座った。
「ライ、はいっ♪」
「……ありがとう」
 ライゼルは差し出されたココアを受け取って、口にした。
 ココアの味はとても甘く、そして暖かかった。
「やっぱり寒い時には、温かいココアが一番だよね」
 クゥはココアを飲みながら、言った。
「まぁ、確かに、クゥの言う通りだな」
 フッと笑みを浮かべて、ライゼルもまた、ココアを口にする。
 やがて、彼はココアを飲み終わった。
「さてと、体も温まったことだし、俺はそろそろ修理の続きをするよ」
 ライゼルが立ち上がろうとした時、彼は何かに包まれたような気がした。
 彼を包んだのは、クゥの翼だった。翼は二人を包み込み、互いに相手の温もりを感じた。
「これだったら、寒くないよね。……僕は、もう少し、ライとこうしていたいんだ」
 クゥはライゼルに寄りかかって、甘えた声でそう言う。
 二人はしばらくの間、何も言わずに、このまま過ごしていた。
「ねぇ……」 
 ふいにクゥが、口を開いた。
「ん? どうした?」
「ライは僕の事、好き?」
「もちろん。当たり前だろ」
「なら……いいよね」
 一体何が言いたいのか? ライゼルは思った。
「何を?」
「僕と、キスして」
 この衝撃的な言葉に、彼は耳を疑った。
「好きなんだ……ライの事が。初めは、まるでお父さんのように慕ったよ。だって、あんなに僕の世話をしてくれたもん。けど……今はそれ以上に、ライが好き。好きで、好きで、胸がいっぱいだよ」
 彼女は、純粋なまでの正直な想いを込めて、告白する。
 ライゼルもその想いを聞いて、自分の本心に気づいた。
 本当は、彼も同じようにクゥが好きだった。好きだという感情を、父親に近い感情だけだとして、自分の本心を否定していただけだと、彼は悟った。
「そこまで、クゥは俺の事を……」
「大好きだよ! だから……お願い」
 その願いを聞いて、ライゼルは彼女の両肩に、そっと手を置いた。
「俺も……クゥの事が大好きだ」
 ライゼルはそう言うと顔を近づけ、自分の唇を、クゥの唇に重ねた。
 彼女の唇の味は、甘いココアの味だった。



 一方ミーシャは、ライゼルが運ぶ積荷の資料を見ていた時、ようやく忘れていた事を思い出した。
 それは、依頼人への断りの連絡だった。
 彼女は通信を開いた。相手は依頼人本人では無く、その代理だった。
〈こちらはゲルベルト重工です。ただ今、ゲルベルト会長はいらっしゃいません。用件は、私が伺います〉
「私はフローライトカンパニーの社長、ミーシャ・フローライト。会長から依頼された積荷の件で話があります」
〈ええ、その件は存じております。何なりとどうぞ〉
「渡された積荷、あれはアンジェリアンですね。指定保護異星生命体を売買する事は、法で禁止されている事は御存知ですか?当社は密輸業者ではありません、積荷……いえ、彼女はアンジェリオへと送り届けます。依頼の件は、無かった事に」
 これで全ては解決した……、ミーシャはそう思った。だが……。
〈困りますな、勝手な事をしてもらっては。それに……、積荷はちゃんと、合法的ですよ〉
「……どう言う事ですか?」
〈実は、あの積荷はですね…………〉
 そして代理は、積荷について話した。
「何ですって!」
 積荷の正体に、ミーシャは驚き、そして……戦慄した。
〈お分かり、頂けたでしょうか〉
 その感情を押し殺して、ミーシャは言う。
「はい。……では、積荷は予定通り、エクスポリスに届けます」
〈理解してもらえて、助かります。では〉
 相手からの通信が切れた。
「そんな……、嘘でしょ?」
 ミーシャは、言われた事のショックからまだ立ち直れず、力なく椅子に座った。
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