32 / 74
33.メイドの片思い(エイミー視点)①
しおりを挟む
エイミー・ラザロスは気づいたことを記録するのがとにかく好きで、昆虫や花の観察に始まり学校の先生の口癖やクラスメイトの 習慣をいつもノートに書きこんでいた。観察と記録、エイミーの九十パーセントはこれで出来ている。
彼女が初等教育を終えると、親のお得意様の伝でカニア侯爵邸にメイドとして就職することとなった。彼女の生家は金物屋を営んでおり貧しくはないが、エイミーには兄三人姉二人、そして弟二人と妹一人となにしろ兄弟が多かった。
「もしかして、お嬢さんは今日から我が家で働くエイミー・ラザロスさんですか?」
大きな屋敷の門の前で一人ウロウロするエイミーに、その人は馬上から優しく声をかけた。凛としたテノール。紅い瞳が冴える凛々しい顔立ち、貴族の特有の優雅な雰囲気。上背のある強靭な肉体。人を選ばない誠実な態度。
――ひゃおっ! 生身の『白馬の王子様』だ!
エイミーは地球の裏側を覗く勢いで、頭を下げる。
「そ、そうです! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
「元気でいいですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
その笑顔は見たことがないくらい美しく、エイミーは秒で恋に落ちた。言うまでもない、当時二十二歳のグラシアンにだ。
それからというもの、彼女はメモ魔の特技を発揮してお屋敷の次男坊様を観察しまくることとなる。嗜好品、本人も意識していない癖、無意識に目で追ってしまうもの。いつしか、集めた情報を記した手帳を眺めるのがエイミーの日課になっていた。もう立派に、一人前のストーカーである。
『ニンジンを前にすると三秒かたまる。豚肉は単品で行けるが、鶏肉は付け合わせと一緒に食べないと無理。セロリは好き。紅茶とコーヒーなら断然コーヒー派。ハーブティーは苦手、でも出された手前一口は飲む』
屋敷の者たちはグラシアンに好き嫌いはないというけれど、エイミーは知っている。付け合わせのニンジンを減らしたり、セロリのサラダを多く盛ったりと彼女はこっそりグラシアンのために奮起して、それで満足している。特に何かを期待しているわけではなかった。自分のことを知ってほしいわけではない。ただ、グラシアンを見ているだけで幸せになれるのだ。
手帳には、驚くほどグラシアンの女性関係の記述が少ない。言い寄られることは多々あれど、誰かとお付き合いしている様子はなかった。異例の出世を遂げた騎士団の副団長として職務に邁進し、忙しい合間をぬってカニア侯爵家の執務を手伝う日々。それが、グラシアンをより禁欲的に見せていた。
だが、彼女がメイドになって三年目、思わぬ現場に出くわすこととなる。秋風の吹く薔薇園から聞こえてきた声に、思わず柱の陰に隠れてしまった。
「とっとと吐けよ、コリン。王宮で何か始まってるだろ? 今回は騎士団まで情報が来ないんだよ」
「あ、こら、離せ……っ! まったく、兄を何だと思って……っ」
「うるさい、俺をイラつかせるな」
――誰!? あのドスの効いた声はっ!?
エイミーは開いた口がふさがらなかった。それもそのはず、伸びる蔦と葉の間から見えたのは、グラシアンが小柄なコリンの襟首を乱暴に掴みあげる光景だったからだ。
――信じられない! あの『国民の恋人』グラシアン様が!
いつもは上品で凛とした美貌も、視界に入るものすべてを厭うように眉間に皺が寄っている。眼光鋭く、口元は苛立ちも露わに唇を噛んでいた。同じ顔でも表情一つで与える印象が百八十度違うと知った瞬間である。
彼女が初等教育を終えると、親のお得意様の伝でカニア侯爵邸にメイドとして就職することとなった。彼女の生家は金物屋を営んでおり貧しくはないが、エイミーには兄三人姉二人、そして弟二人と妹一人となにしろ兄弟が多かった。
「もしかして、お嬢さんは今日から我が家で働くエイミー・ラザロスさんですか?」
大きな屋敷の門の前で一人ウロウロするエイミーに、その人は馬上から優しく声をかけた。凛としたテノール。紅い瞳が冴える凛々しい顔立ち、貴族の特有の優雅な雰囲気。上背のある強靭な肉体。人を選ばない誠実な態度。
――ひゃおっ! 生身の『白馬の王子様』だ!
エイミーは地球の裏側を覗く勢いで、頭を下げる。
「そ、そうです! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
「元気でいいですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
その笑顔は見たことがないくらい美しく、エイミーは秒で恋に落ちた。言うまでもない、当時二十二歳のグラシアンにだ。
それからというもの、彼女はメモ魔の特技を発揮してお屋敷の次男坊様を観察しまくることとなる。嗜好品、本人も意識していない癖、無意識に目で追ってしまうもの。いつしか、集めた情報を記した手帳を眺めるのがエイミーの日課になっていた。もう立派に、一人前のストーカーである。
『ニンジンを前にすると三秒かたまる。豚肉は単品で行けるが、鶏肉は付け合わせと一緒に食べないと無理。セロリは好き。紅茶とコーヒーなら断然コーヒー派。ハーブティーは苦手、でも出された手前一口は飲む』
屋敷の者たちはグラシアンに好き嫌いはないというけれど、エイミーは知っている。付け合わせのニンジンを減らしたり、セロリのサラダを多く盛ったりと彼女はこっそりグラシアンのために奮起して、それで満足している。特に何かを期待しているわけではなかった。自分のことを知ってほしいわけではない。ただ、グラシアンを見ているだけで幸せになれるのだ。
手帳には、驚くほどグラシアンの女性関係の記述が少ない。言い寄られることは多々あれど、誰かとお付き合いしている様子はなかった。異例の出世を遂げた騎士団の副団長として職務に邁進し、忙しい合間をぬってカニア侯爵家の執務を手伝う日々。それが、グラシアンをより禁欲的に見せていた。
だが、彼女がメイドになって三年目、思わぬ現場に出くわすこととなる。秋風の吹く薔薇園から聞こえてきた声に、思わず柱の陰に隠れてしまった。
「とっとと吐けよ、コリン。王宮で何か始まってるだろ? 今回は騎士団まで情報が来ないんだよ」
「あ、こら、離せ……っ! まったく、兄を何だと思って……っ」
「うるさい、俺をイラつかせるな」
――誰!? あのドスの効いた声はっ!?
エイミーは開いた口がふさがらなかった。それもそのはず、伸びる蔦と葉の間から見えたのは、グラシアンが小柄なコリンの襟首を乱暴に掴みあげる光景だったからだ。
――信じられない! あの『国民の恋人』グラシアン様が!
いつもは上品で凛とした美貌も、視界に入るものすべてを厭うように眉間に皺が寄っている。眼光鋭く、口元は苛立ちも露わに唇を噛んでいた。同じ顔でも表情一つで与える印象が百八十度違うと知った瞬間である。
2
あなたにおすすめの小説
「俺、殿下は女だと思うんだ」
夏八木アオ
恋愛
近衛騎士チャールズは、ある日自分の仕える王太子殿下の秘密に気付いてしまう。一人で抱えきれない秘密をルームメイトに話してしまい……から始まる、惚れっぽくてちょっとアホなヒーローx男装ヒロインのゆるふわ設定のラブストーリーです。
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
[完結」(R18)最強の聖女様は全てを手に入れる
青空一夏
恋愛
私はトリスタン王国の王女ナオミ。18歳なのに50過ぎの隣国の老王の嫁がされる。最悪なんだけど、両国の安寧のため仕方がないと諦めた。我慢するわ、でも‥‥これって最高に幸せなのだけど!!その秘密は?ラブコメディー
満月の秘め事
富樫 聖夜
恋愛
子爵家令嬢エリアーナは半年前から満月の夜になると身体が熱くなるという謎の症状に悩まされていた。
そんな折、従兄弟のジオルドと満月の夜に舞踏会に出かけなければならないことになってしまい――?
アンソロジー本「秘密1」の別冊用に書いた短編です。BOOTH内でも同内容のものを置いております。
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
暁はコーヒーの香り
氷室龍
恋愛
一之瀬明日香 28歳 営業二課主任
大口契約が決まり、打ち上げと称して皆で美味しくお酒を飲んでいたのだが…。
色々ハイスペックなのを隠してるOLとそんな彼女をどうにかしてモノにしたくてたまらなかったおっさん上司の体の関係から始まるお話
『眼鏡の日』『ネクタイの日』『コーヒーの日』ってワードから思い付きで書きました。
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる