筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

文字の大きさ
17 / 287

17・夜を駆ける獅子の如く

しおりを挟む


 国境近くの森は深く大型の獣が出る事もあり人が近寄る機会はまず無い。

だが、自領の収穫を増やす為に森の開拓事業に勢力的に取り組む領主もいる。
 一定期間の税の免除や準備金を出す事で人を集め、未だ手付かずの森の開拓を進めて行くのだ。

 スワロもそんな村の一つだ。
村長のダニスはニーガン領の街で衛兵をしていたが、事故で片腕を無くし仕事を続ける事が出来なくなってしまった。

 しかし、ダニスには妻と幼い娘がおり、妻のお腹には新しい生命が順調に育ちつつある。

 こんな時にと途方に暮れるダニスは上司のケインから「村長として開拓民を率いて森を開拓してみないか?」と聞かされ二つ返事で飛びついた。

 ケインは以前からダニスの働き振りや責任感を非常に評価しており、この話が出た時に真っ先にダニスを推薦してくれたのだ。

 片腕というハンデも有り、苦労も絶えなかったが開拓は順調に進み牛や馬などの家畜も増え、作物の収穫もここ最近は安定している。当初15人から始まった村人も十数年経った今では45人にまでに増加した。

 最近では、隣国で戦争が起きるとかで農作物がいつも以上の価格で売れてゆく。戦争で村が豊かになるのは忍びないが、村人が誰一人飢える事無く過ごせる日々にダニスは満足していた。

 そんなある日、ダニスの元へ一通の手紙が届いた。それは自分を村長へと推薦してくれた元上司のケインからの手紙であった。

 ケインは衛兵を退職し今はイアマの街で宿屋を営んでいる事、忙しく人手が足りないので良ければダニスの娘達を雇わせてくれないか、その代わり二人を学校へ通わせるという内容などが書かれてあった。

 まだ小さなスワロ村に学校は無い。ダニスが教えるにも限度がある、何より愛する娘達を学校に通わせてやりたいと常日頃から考えてはいたのだ。ダニスは悩んだ、可愛い娘達と離れて暮らすのは心配だし何より寂しい。

 しかし、気付けば姉妹はもう13歳と11歳だ。
街の子達はもっと早く学校に行っているだろう。
それに、預け先のケインは信頼できる人だ、恩人でもある。それに今回の手紙もきっと、ダニスの娘達を学校へ行かせてあげたいとの配慮なのだろう。ダニスは妻と何度も話し合った結果、姉妹の将来の為にケインに預ける事にしたのだった。



姉妹はいつだって街に憧れていた。
赤い屋根に白い壁、石畳の広い道には可愛い服を着た女の子達が歩き、屋台には見た事無い食べ物が溢れている。

「はぁー、この村には土と草しかないもの。もう見飽きちゃっうよねー」
「おねぇちゃん、街にはあまいお菓子もあるんでしょ~?いいなぁ。わたし、食べてみたいなぁ~」

 国境近くを開拓するスワロの村に行く為には、深い森を通らなくてはならない。その為、街から来る商人達は村に一泊するのだが、宿泊施設が無いので必然的に一番大きな村長の家に泊まる事になる。

 商人達が夕食事に話してくれる煌びやかな街の様子、新しいお菓子の話、薄暗い路地裏にたむろする子供達の噂話。どの話も姉妹にはとても刺激的だった。

「いつか私も街に行ってみたい!」

 姉妹にそんな感情が湧き上がるのは不思議な事ではなかった。だが、村長の娘として村の為に働いて暮らすのだろうと半ば諦めていた。

そんな中、『街で暮らしながら学校へ』なんて話が出たのだ。姉妹は飛び上がって喜んだ。

 奉公先のケイン夫妻はとても優しい人だと聞いているし、簡単な料理や裁縫、掃除なら日常的にやっている。姉妹に宿屋での仕事に不安は無かった。そしてなにより、憧れ続けた街に行けるのが堪らなく嬉しかった。

「それじゃあ、お母さん、お父さん行ってくるねー!」
「うぅ、いってきます~。ぐすっ」

 姉は元気いっぱいに、妹は親元を離れるのが辛いのかベソかきながら街から来た商人達と一緒にスワロの村からイアマへと旅だった。

「行っちまったなぁ…」
「もう、そんなにしょげないの!閑散期には里帰りさせるって手紙には書いてあったでしょう?」
「あぁ~、一気に歳取った気分だよ」
「あら?まだお爺さんになられちゃ困るわ!」

 ダニスの妻は、小さくなって行く馬車を眺めながら項垂れるダニスの背中をバンッと叩いて言った。

「次にあの子達が帰った時、会うのは弟と妹どっちかしらねぇ?」
「え? お、まえ…本当かっ? こりゃ大変だ!」

 慌てるダニスを見ながら妻はお腹を愛おしそうにさすり微笑んだ。



「北西10kmに農村有り、規模小、兵士無し、木製の柵で囲まれてます、農民30~40人」

「夜を待って夜襲をかける。帝国人は全て殺せ」

 斥候の報告を受けたパカレー共和国第六工兵部隊長のネルビスはそう伝えると農村を囲む様に部隊を展開した。

 工兵部隊は土木・建築などの技術に特化した部隊で、敵の陣地や自然障礙の破壊、野戦築城や道路の建設などを手掛ける部隊だ。

 彼等の任務はに複数の拠点を築く事。

 帝国は広く、進軍する為には莫大な兵糧、薪などの燃料、馬の餌などの確保が重要となる。その為、所々に拠点を確保しておく必要があるのだ。

「全員配置に着きました、日が沈み次第作戦を開始します」 

 この規模の農村は拠点としては正直小さ過ぎて物資不足は解消出来ないだろうが、村の近くには街があるものだ。

 街を攻略する為の足掛かりとしては無いよりはマシである。それにパカレー共和国の部隊は殆どが正規軍では無く傭兵だ。進軍から二週間、彼等の統制の為にもこの辺りでガス抜きは必要だろう。

「いいか、略奪は後だ。速やかに占拠せよ、『夜を駆ける獅子の如く』だ!」

スワロの村が地図から消えたのは、姉妹が街へと旅立ってから半年後の事だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...