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49・停戦
しおりを挟む「攻撃はしない」と両手を下に向けた格好で一人で此方に来た彼が口にしたのは一方的な停戦要請だった。
「緊急事態だ、先程バクス分隊から救難通信があった。」
サイラスが停戦を求めてきたのは分隊長であるギュスタンが倒れてすぐだ。救難要請は建前で、本音は今後の展開を考える時間が欲しいと言う所だろう。
(サイラス・ノルジット…あの分隊はギュスタンのワンマンチームとの認識だったのですが、もしかすると彼が参謀的存在なのでしょうか?)
サイラスが停戦を持ち掛けた相手は勿論、同じ貴族のヘルムである。ヘルムはここ数日、積極的に人との対話を経験した事で、以前の様なボソボソした話し方は少なくなり、ネガティブな事を言わなくなってきていた。
つまり、まともに他人と交渉出来る様になっていた。
「ーー救難信号では無く、通信ですか…随分と便利な魔道具をお持ちのようで。しかし、救難対応は正騎士の仕事では?」
不測の事態が起きた時の為、各分隊長には救難信号を打ち上げる指輪型魔道具が支給されている。この魔道具が発動すると近くの正騎士が駆けつける仕組みになっている。
「ましてや他分隊の事など貴方には関係無い事でしょう?」
「人命が関わる事だ、緊急であるのだからやむえまい! それに具体的な状況が不明なのだ、正騎士に報告するにしても確認してからの方が良い」
例えば指輪を無くしてしまったり、指輪と共に指や腕が吹き飛んだ場合など信号が出せない事もある。現状が分からない状態では此方で勝手に正騎士を呼ぶ訳にいかない。
何故なら、救難信号を出した時点でその分隊は訓練をリタイアしたとみなされるからだ。
「それにだ、あの男だって連戦はキツかろう? 事態が収まるまで休むがいい。これは我らの慈悲でもある、有り難く了承するが良い!」
停戦もあくまで上から目線、実に貴族らしい。しかも#事態が収まるまでとは…。
このまま有耶無耶になり、後日再戦とされるのはヘルム達にとっては避けたい事態だ。
(彼の魔法無効も完璧ではありませんからね)
初戦がギュスタン戦で幸運だったのだ、魔法無効レジスト出来るのは魔力のみ。直接の魔法攻撃は効かないが魔法で起こす二次的な物理攻撃は無効化出来ない。何度も戦闘を観察していればいずれバレる事だ。
もしギュスタンがこれを知っていたならば、おそらく相手の周囲を手当たり次第爆破し、爆風で飛ばされた石や岩などで攻撃する戦法を取った筈だ。いくら何でも四方八方から石礫が襲い掛かればどうあがいても躱しようが無い。
(先程の戦闘…それを悟られぬ様に石では無く、自分に当たっても被害の少ない土を投げて誘爆させたのは妙手でしたね、…偶然かもしれませんが)
兎も角、まだ弱点は解明されてはいない。このアドバンテージを活かす為、相手方に考える時間を与えたく無い。
出来るなら停戦を断り、このまま決闘を継続する事が理想ではあるが…人命が掛かってくるのであればそうもいかない。今は敵同士であっても同じ第三騎士団の仲間なのだ、見捨てる選択肢は無い。
ヘルムはサイラスの目を正面からしっかり見据えてこう言った。
「いいでしょう、その停戦受け入れます。しかしこちらからも一つ条件があります」
「条件だと? …チッ、何だ言ってみろ?」
「救援には私達も同行します」
「ーー不要だ」
サイラスはすぐさまヘルムの条件を切って捨てる。当然だ、ヘルム達に同行されるとバクスに指示を出す所を見られる可能性があるのだから。
「何故です?」
「まぐれでギュスタンに勝ったからと言って自惚れるなよ?平民の助けなど我らに必要無い!」
「私は貴族でおまけに回復魔法士ですよ、人命に関わる事なのですよね? 向こうの状況が不明なのであれば人数が多い方が対処し易いのでは?」
「・・・・チッ、まぁ良かろう。せいぜい我らの足を引っ張らぬ様気をつけて欲しいものだな…」
(何か企みがあるみたいですが、流石に敵味方混合している状態で下手な事は出来ないでしょう)
ヘルムが同行を条件にしたのは、本当にあるか分からない救難活動を手早く済ます為と、常に監視していると相手にプレッシャーを与える為だ。
(残りの日程を考えると、あまり時間も掛けたくはありませんからねーー)
◇
貴族の会話は狡猾だ、言葉に込められた裏の思惑を読み取り自分に有利な言質を相手から引き出す。それはまるで何手先も見通しながら進めるゲームに似ている。
同行を渋々承諾した様に見えるサイラスもここまでは想定内。彼の目的はあくまで停戦であり、男の対策とギュスタン回復の時間を稼ぐ事、次いでバクスに拘束の指示を出す事だ。 対してヘルムは停戦を受け入れる代わりに相手の余計な対策を防ぐ為の同行を条件に捻じ込んだ。
同行を想定済みと考えていたサイラスとしては、停戦を勝ち取ったこの舌戦は完璧な勝利に近い。ーーだがここに穴がある。
『事態が収まるまでの停戦』、一体誰がその判断を下すのか、そして『人数が多い方が対処し易い』との言葉にサイラスは同行を承諾したが、ヘルムは同行する人数は伝えていない。
ヘルムはわざと条件を明確に定め無い事で解釈の幅を広げたのだ。これにより、ヘルムは分隊五人全員を引きつれて行く事も可能だし、現地で事態が収束したと判断しその場で停戦を解除する事も出来る。
今まで人付き合いが薄く、およそ舌戦などとは無縁のヘルムではあるが、やはり貴族の血を引いていると言う事なのか、裏の読み合いでは負けてはいない。
互いに停戦を合意した事で決闘は一時中止。まだ目の覚め無いギュスタンは言うまでも無く、治癒の為にマルベルドがこの場に残る事となる。
「だ、だ誰が同行するんだもん?」
全員で同行するのも一つの手ではあるが、この場に残る相手はあのギュスタンだ。目が覚めた時の動向は見張っておく必要があるだろう。
「では、此方からは私とヨイチョ、ナルで行きましょう。何かあった時にギュスタンを止められるのは貴方だけでしょうからね。」
ナルの顔が思いっきり歪む、人見知りのナルには貴族様との同行は精神的に辛いのだろう。この辺りはヨイチョのフォローを期待するしかない。
「分かった、ジョルクはどうするんだ?」
「ジョルクは索敵魔法で常に私達を監視して、変な動きがあれはすぐに助けに来て下さい」
こうして、貴族四人と平民二人の変則パーティーがバクス分隊の救助へと向かう事となった。
パーティーの最後を、脚を引きずる様にトボトボと同行するナルの背中はいつも以上に小さく見えた。
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