筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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68・デッドリフト

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「ジョルクーーまだ見えないのか?」
「まだだなぁ…でも、もうそんなに離れて無いと思うぜ?」

 雷鳴を聞いてから10分は経っただろうか、俺達は出来る限りの速度で移動していた。
 ヘルムが作った燻製のおかげなのかーー先程より随分と顔色が良くなったギュスタンが先陣を切って走っている。

「ギュスタン、回復早いな…ですね? さっきまで死にそうな顔してたのに…」
「ハァハァ、…さっきの…ハァ 燻製、ハ、ハレモニ草の…匂いが…していたから…な。ハァ そのお陰…だろう」

「ハレモニ草?」
「か、回復の丸…薬、知って…るか? ハァハァ それ…の原料だ」

 以前、ウルトも使っていた「魔力の丸薬」は魔力を少し回復する効果がある。

「ギュスタンよりお前…貴方? の方がヤバそうなんだけど…」
「俺は、か…回復魔法士… だから ハァハァ…  走るのは…俺の ハァハァ…役目じゃ… 無い…」

(そんなにキツイなら無理に話さなくても…)

 マルベルドが息を切らしながらも説明してくれる。親切なのか、もしくは知ってる知識は披露ぜずにはいられないタイプなのか…。

「ーーこの辺りの魚にはただでさえ魔力が多い、それを更にハレモニ草で燻したんだろう…。ふんっ まぁ調子は悪くない」

 回復魔法士は対象者の魔力を使って自己治癒機能を上げる事が出来る。怪我人が魔力枯渇状態だと効果は無いが、あるならその分早く回復できる魔法だ。燻製に込められた豊富な魔力はギュスタンの回復に一役買ったみたいだ。

「ヘルム 何か色々入れて作ってたからなぁ、そんな効果あったのか…もう残って無いけどなぁ」
「えっ? ジョルクお前、あれ全部食べちゃったのか!?」

(そんな凄い燻製、勝手にギュスタン達に食わせても良かったのか? これヘルムに怒られるヤツでは…)

「俺だけが食った訳じゃないぜ兄貴! ギュスタン達にも勧めたのは兄貴だろ?」
「ーーグッ、確かに俺だったわ…」

 停戦中とはいえ、後で俺は彼等と決闘を再開しなくてはならないのに…敵に塩送る様な真似をしてしまった。いや、ギュスタンはもう出てくる事ないし、もう一人は回復魔法士みたいだから問題無いのか?

「あ、兄貴っ、一人索敵に反応した! ーーあれは…あー、俺達が落とし穴掘った辺りだなぁ…」
「……マジで?」

 まさか俺の作った落とし穴に分隊全員が嵌って救難通信送ってきた訳じゃ無いよな…。




「兄貴っ!この下に居る!」

 ジョルクが指差す地面をジッと見る。うん、ここは確かに俺が掘った落とし穴に間違いないわ!
 掘っといて何だが…こんなに歩くスペース有るのにピンポイントで落ちるとは運の無い奴も居たもんだ。ジョルクの索敵に反応するって事はまだ生きてるって事だよな、さっさと掘り出さないと…。

「ふんっ、この下か? 退け平民」
「ちょ、まさかーー」

ーー爆破ブラスト

 ボンッっと思ったよりも軽い音と共に地面の表面が爆ぜた。人が中に埋まってるってのに躊躇無く爆破するとか貴族様怖ぇよ!

「ふんっ案ずるな、俺を誰だと思っている? 魔力の調節くらい心得てるわ。それより、そいつをさっさと引き上げてやれ平民」

 ギュスタンが掘った穴の表面に軽鎧の襟元辺りが見える。今回の落とし穴は幅を狭く、一人じゃ抜け出せぬ様に作ってみたがこれ程効果があるとは…。逆に言うならば、仲間が居るなら直ぐに脱出可能って事だ……コイツの仲間は何で助けなかったんだろう…虐められてんのか?

「よし、任せろ」

 転移前は180kgを引き上げる事が出来たデッドリフト、同じ要領で俺は出ている軽鎧を掴むと両足を踏ん張り僧帽筋と広背筋を使って一気に引き上げる。

「うおぉぉりゃ!」

 ーーズズズと地面から出てきたのは、まるで念仏でも唱える様に顔の前で両手を合わせる男だった。

(何か…強くなってないか俺?)

 土に埋まる人間を引き上げる、恐らくデッドリフト180kg位の筋力では無理だ。だが俺は難なく引き上げてしまった、しかも結構な余力を残しながらだ。

「おいっ、早くこっちに寝かせろ。このマルベルドが診察してやる」
「あ、あぁ…そうだな」

 滲み出る嬉しさを抑え、一先ず俺は男を地面に寝かせた。あ~、こっちに来てからも毎日筋トレをやってて良かった! 継続大事!! もしかしたら、食い物も良いのかも知れない。

 ウービンさんが作る食堂の飯は魔力が豊富な素材を使っていると聞いた。これは訓練などで枯渇した団員達の魔力を回復させる為だ。魔力食材と筋肉を作るタンパク質には似た作用があるのかもしれない。

「ーーん? こいつはバクスだな。サイラスと共に居た所を何度か見たから確かだ。ーー酸欠気味と言うよりは全身を圧迫された所為で失神したようだな」
「埋まってたのに酸欠じゃないんだ?」

「見ろ、両手で口と鼻を覆っているだろう? この隙間エアポケットである程度の空気は確保出来る」

 確かに雪崩に巻き込まれた場合はこのエアポケットで生存率がかなり上がると聞いた事がある。 この男は旅慣れているのかそういう生存知識があったって事か。

「良い事聞いたな兄貴!これで俺が兄貴の掘った落とし穴に落ちても安心だなぁ!」
「ば、馬鹿っ!余計な事を…」

「クックックッ犯人は案外近くに居たな? 嵌めた奴を自ら救うとは…自作自演か? コイツは傑作だ」
「ち、違うぞ! いや違わないけど…確かに穴は掘ったけどーーそうっ!埋めたのは俺じゃないしっ!」

 まさかセルフで生き埋めになる奴が居るなんて考えてもなかった…精々足留め程度に考えていたのに、ちょっと落とし穴作戦は考え直した方がいいかな。

「ほう? そいつがバクスか…ではサイラス達は何処に行ったのだ?」
「ーーん? 確かに他の奴らは何処に行ったんだ?」

「他の奴らはーーあっちの川辺だぜ兄貴!」

 ジョルクに言われて川辺を見下ろすと、空襲でも受けた様にボコボコに荒れた地面と何やら焦っているヨイチョ達の姿が見えた。
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