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82・電光雷轟(でんこうらいごう)
しおりを挟む太陽が沈んだ空より暗い雷雲が、倉庫周辺の上空に集まり始め、薄暗い地面に駆け巡る紫電は触れた物を木っ端微塵と彼方此方に弾け飛ばした。
(ーーせめて近づく事さえ出来ればっ!)
俺は近くにあった木箱を右手で掴むと勢いよく投げつける!
ーーが直後、木箱は雷鳴と共に爆散した! 正門での爆発音に負けぬ程の雷鳴が周囲に響き地面が揺れる。
「くそっ、攻撃も防衛も出来るなんて有りかよ!?」
周囲を囲む紫電に翻弄され、近づくモノを正確に撃ち抜く雷撃に辟易するーー流石の俺の筋肉も雷より速くは動けない。
頭上に浮かぶ雷雲は次第にその濃度を高め、その中で光る稲妻が今や今かと力の解放を待ち侘びていた。
「凄い! 凄いぞ! 流石、貴重な雷魔法! 控えめに言って……僕って最強?」
「スゴイ! ツヨイ! サイコウ!」
俺は今、ナルとーーいや人形創作者と対峙していた。
◇
ジョルクが言った通り、集落の奥には家畜小屋を改装した様な広い倉庫があった。コッソリと中の様子を見ようと窓に近づいた俺だったが……。
(誰も居ない? あちゃー、もしかして正門の方に行っちゃったか?」
良く考えて見れば、騒ぎが起こればナルだってその場所へ向かうのは当然だよな……。
静かに倉庫のドアを開けると、中からムワッと何かの薬品の臭い、そして革独特の強い臭いが吹き出した。
「ーー臭っさ!……誰か、居ませんか?」
小声で辺りを伺うが返答は無い……まぁ返事返されても困るんだけどね?
人気の無さに安心した俺はちょっと大胆に倉庫を散策するーーが、周りを見渡してすぐに後悔する事になった。
倉庫の壁には拘束用の鎖や手枷足枷が並び、手術台の様なテーブルにはあちこちの部位が欠けた死体が横たわっている。馬鹿でかいミシンらしき機械や裁断機には血塗れの髪の毛がベッタリと張り付き床には肉片が散乱していた。
「うーわぁ、俺スプラッター系は苦手なんだけどなぁ……」
床に散らばる肉片を踏み付けぬ様注意しながら歩く。奥に行く程にツンとした薬品の臭いが濃くなって目に染みる。
「ーー駄目だ、こんな所に長居したら具合悪くなる。ナルも居ないし、とっとと出るか……って、アレはもしかして……」
ふと目に付いた作業台の傍に、よく見慣れた腕輪が転がっているーーそう、アレは衰退の腕輪だ。
「……ナルの腕輪を外したのか?」
と言う事はナルが使う雷魔法の威力が殺人レベルまで上がったって事だ。腕輪を付けたナルの雷撃は俺に効かなかったけど、本気の雷魔法はどうだろう……俺の筋肉に耐えられるのだろうか?
なんて事を考えながら、ふとギュスタンが言っていた事を思い出した。
『ふんっ、そんなに簡単に壊れるものか! 元々は犯罪者を束縛する為の物だぞ、馬鹿者』
「ーーまさかッ!?」
いつも自分の裾を握っていたーーほの少し赤みがかった細い指先、人より一回り小さな手のひら……
今は乱雑に散らかった作業台の傍に無造作に捨て置かれたそれに……
血が抜けた、やけに白い手首に……ッ
俺はーー見覚えがあった!
「あの野郎ッーーナルの手を切り落としやがったなッ!」
◇
「ーー成る程、こりゃまた手酷くやられたな」
正門こそ無傷だが一部の壁が見事に崩落している。いくら経験豊富な工兵達とはいえ防御魔法を付与するにはそれなりの時間ってのが必要だ。
しかし、敵は崩落した壁一点のみを集中するかの様に狙ってくる為、修復が完了する前に壊されてしまうーーまるでイタチごっこだ。
「全くしょうがねえなぁ、俺の給金にゃオメェらの指揮は入ってねぇんだが……ったく」
塀の外の敵の排除をしようにも守りに穴が空いた状態では、いざと云う時の逃げ場が無くなる。
ゾレイの勘では敵は極少人数、その証拠に手薄になった正門への攻撃が今は無い。
「だが、増援は大いにあり得る……いや、寧ろ無い方がおかしい。奴等の狙いは増援が来るまで壁の穴を塞がれ無い様にする事か? そんじゃ、先ずは侵入されねぇ様に壁の修理が先決だな……後は念の為逃げ道は確保しとくかーー」
傭兵として経験を積んだゾレイは敵を倒し依頼を完遂する事よりも自分が生き残る事に重きを置いている。いざとなれば依頼そっちのけで逃亡する事だってある。
勿論、所属する傭兵ギルドからは其れなりの罰金を取られるが、クライアントからの苦情が入らなければギルドは動かない。
どうせ依頼が失敗する時は大体味方が全滅する時だ。ゾレイが逃げたと非難する者は、もう大抵この世には居なくなっている事の方が多いーー死人に口無しってヤツだ。
「おい、今からその長ったらしい付与魔法の詠唱を始めとけ! そっちの奴、土壁でそこの穴塞げ!」
「し、しかし……すぐに敵の爆撃でーー」
「良いからやっとけって、仕方ねぇから俺も手を貸してやるからよぉ!」
先程から何度も何度も壁を壊され苛ついている工兵達の中には「傭兵風情がしゃしゃり出やがって!」とゾレイの指示に舌打ちする者もいたが、かと言って解決案がある訳では無い。仕方なしと渋々魔法を展開する。
「そうそう、素直が一番よ? 偽鉄壁ーー」
ゾレイは付近の地面から砂鉄を引き出すと、塞いだ土壁に這わせる様、砂鉄を纏わせた。
本当の鉄壁とはいかないが、土壁よりは遥かに密度の濃い壁が出来上がった。
「お、おぉ……」
「おら、これで魔法の1~2発は耐えるだろ? さっさと防御魔法を付与しやがれ!」
ーードゴォーン!
事前に詠唱を始めていた魔法士が慌てて補修箇所へと防御魔法を付与する。
ーードゴォーーン!!
ビキビキと鉄壁にもひび割れが走るが、ゾレイの言う通り、壁はなんとか二発の爆撃に耐え無事補修が完了した。
「おら、ボサッとすんな! 手薄になった正門から敵が来るかもしれねぇ、しっかり見張っとけ! それから他の壁にも防御魔法掛け直しとけよ?」
「はっ、了解です! 皆持ち場へ戻れッ!」
ホッとした工兵達に激を飛ばすゾレイーー文句を言う者はもう誰も居なかった。
「さて、退路も確保出来た事だしーー俺も本業を頑張ろうかねぇ」
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