88 / 287
88・モグラ叩き作戦
しおりを挟む土壁は詠唱から発動までにある程度の時間が掛かる。パカレーの魔法士達は俺が見てきたどの魔法士よりも速く土壁を生成してくるが、それでも即時発動とはいかない。
彼等は俺の動きを読むことで予め土壁を出す位置を決めていたのだろう。その為、どこに行こうとも三歩に一回は壁にぶち当たっていたーーが、何時どの方向から俺が出てくるかが分からなければ事前に予測して壁を作る事はできまい!
「名付けて『モグラ叩き作戦』!」
壁を破る音で次の居場所を予測されない様に、時には扉や裏口、窓からの移動を織り交ぜる事によって相手を撹乱させる……全く、俺は天才なんじゃないだろうか!
(モグラ叩きって上手くいかないと結構苛つくんだよなぁーー俺も昔、ゲーセンでいくら使った事か……あ、俺がやってたのモグラじゃ無くてワニワニパニックだったわ)
兎に角、熱くなって魔法の無駄撃ちしてくれれば相手の魔力も直ぐに切れるだろう。
俺は隣の民家の裏口からこっそり中へと入り、閉めた扉の隙間から外の様子を伺う。
「あ、あっちの家だ! 塞げ! 塞げ!」
「待て、こっちだ! こっちを塞げ!!」
相手が右往左往しているのが見て取れる。
「ふふっ、全然見当違いの家を土壁で囲ってやがる」
どうやら完全に俺を見失なったらしい……このまま何件か経由すればナルに追いつけそうだ。
目論見通りの結果に満足し振り返るとーー直ぐ目の前に黒い人影が立っている!?
「うわーーーーっ!!」
「に"ゃぁぁーー!?」
ーーブオンッ!
咄嗟に右手を薙ぎ払うーーが、相手はその場でギュッと身を縮めて腕を躱した! そしてゴロゴロ後転しながら俺との距離を取る。
「ま、待つにゃ!! あたしは敵じゃ無いのにゃ!」
両手を合わせ下に向けながら必死に首を振る黒い影ーー良く見ると……。
ナルと同じくらい小柄な身体に真っ黒な装い、黒いマフラーで隠している為目元しか確認できないが声的には女の子だろう、背中に背負う長く黒い筒は刀か?ーーそして猫耳……成る程、猫耳忍者だ!
「いやいや、敵じゃないってーーパカレー軍だろ?」
「違うにゃ! あんなのと一緒にするにゃ!ーーあとその指……すっごく気になるから止めるのにゃ……」
おっと、猫を見るとついつい人差し指を刺し出してしまう。近所の野良猫はこうすると指の匂いを嗅ぎに来たもんだ……そして隙あらばモフるのだ。
「あー悪い、やっぱり指……気になるんだな…………で、パカレー軍じゃ無いとしたら誰なんだ?」
「馬鹿だにゃ、そんにゃの内緒にゃ!」
ーードッ! ガラガラー!!
タックルしに行ったがあっさり逃げられた、流石猫耳忍者、すばしっこい!
「あっ、あっ、危ないのにゃっ!?」
「お前、絶対パカレー軍だろっ! ホントさっきから邪魔ばっかりしやがって!」
「だから違うにゃ!ーーそれにしたって壁壊す勢いで突っ込んで来るとかイカれてるのにゃ!!」
「猫耳に興味はあるけど今は忙しいんだ! 大丈夫、ちょっと当て身で気絶させるだけだからさ? 俺はモフモフには優しいんだ」
「とても気絶で済むとは思えないのにゃ!? ほら、見るにゃこのポーズ! 無抵抗でか弱い娘に攻撃するのにゃ?」
ポーズ? あぁ、確か両手を合わせて下に向けるのは降伏のポーズだっけ。しかし、どっから見ても怪しさしかないーーが、確かに敵意は感じられない……様な気もする。
「…………信用は出来ないがーー邪魔しないってなら、まぁ見逃してやらんでもない。俺は攫われた仲間を取り返せればそれでいいんだ」
「あたしの目的はこの集落の偵察にゃーー機密文書とかヤバい書類とかが無いか探してるだけにゃ、誓ってお兄さんの邪魔はしないのにゃ!」
「偵察? という事は味方って事か?」
「だからそれは内緒にゃ、言ったら怒られるのにゃ!」
そう言うと猫耳忍者は窓の縁に足を掛け、外をぐるりと見渡した後に振り返ってこう言った。
「お兄さんのおかげで仕事が捗ったのにゃ!」
彼女の目尻が僅かに下がる、そうして猫耳忍者はトンッっと窓縁を蹴り隣の屋根まで飛び上がると闇に溶ける様に消えていった。
◇
「ふ~~~、危なかったにゃ」
今まで、硬い壁に阻まれて遠くから見る事しか出来なかった集落に運良く潜入出来た事に浮かれ、情報捜索に夢中になり過ぎてしまった。
まさか此処であの大きな人族と鉢合わせするとは……周囲にはしっかりと索敵魔法を掛けた筈なのに全く反応が無くて気付くのが遅れてしまった。
「やっぱり、さっき望遠鏡で見たのは見間違いじゃないのにゃ! あのお兄さんには魔力がちっとも無いからきっと索敵魔法もサッパリ機能しないのにゃ……って、そんにゃ事ある?」
魔力はこの世界の生きる生命に無くてはならない生命の源である。だからこそ、この世界のヒエラルキーは魔力の量で決められていた。
ーーより強い者が上に、弱者は下にーー
これは元の世界でも、そしてこの異世界でも同じである。
ほんの数百年前まで、魔力の少ない獣人達は他の種族から奴隷に近い扱いを受け虐げられ続けてきた。
だが、それを変えようと一人の神が自らを筆頭に獣人達を纏め上げると一つの国を立ち上げたーーそれがナルボヌ帝国である。
その時の大戦が元で、オニール大陸は四つの勢力へ別れ一人の神がこの地を去った。
互いに疲弊した神々はこれ以上の戦いは利にならないと古代魔道具を持ち出し国境を定め壁を立てたのだ。
そんな獣人よりも魔力が少ない者が生まれ育つ事も稀にあるのだがーー魔力が全く無いとなると話は別だ。生命の根源たる魔力が無いーー最早それは死人に等しい。
「もしかして……魔力を完璧に隠匿する魔法を使ってるのにゃ? そんにゃの聞いた事にゃいけど……」
もしそんな魔法が有るなら凄い事になる。
魔力感知をベースにしたセキュリティは全て無効になるのだ、今まで他国を偵察する為にあらゆる手段を用いて潜入していた国境の壁すらも簡単に越える事ができてしまうだろう。
「あの大きい体だと隠密に向かないのが残念にゃ。でも使い方次第ではかなり有能な力にゃ!」
登った屋根の上からは、先程の人族が雷魔法士に挑む所が見える。バリバリと駆け巡る紫電に空からの雷ーー通常なら絶対絶命の状況だが……どうやら彼はやる気らしい。
「機密文書よりこっちの方が面白いかもしれないにゃ!」
そう思った彼女は一気に屋根を伝い走る。幸いな事に集落の中は混乱の真っ最中、誰も彼女が駆ける屋根上など見ていない。
ーータタタタッ
彼女は正門に聳える集落の中で一番高い物見櫓に登る。倉庫から距離のあるここならば雷撃に巻き込まれない上に集落全体がよく見えるーー彼女は背中の黒筒を下ろすと懐から先程の望遠鏡を取り出し覗き込むのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる