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91・【気】
しおりを挟む「ーー畜生、時間くっちまった」
俺は数件の民家を経由しながらナルを追う。先程の猫耳忍者みたいのに突然出くわさない様、少し慎重に移動した為、思ったよりも時間が掛かってしまった。
時折、表道を移動するのだが、先程の様に土壁が邪魔する事はもう無いーーどうやら壁職人達は諦めてくれたみたいだな、もしくは魔力が切れたか。
ーーギギィ
何件目かの民家の扉を出た先はさっきの倉庫前だ。なんて事は無い、俺はぐるっと回って元の倉庫へと戻って来たのだ。
先程までと異なる点はーー空に雷雲が集まってバリバリと嫌な音を立ててる事、そしてその下でナルが待ち構えている事だな。
薄暗い地面に時折駆け巡る紫電は周辺の木箱やら樽やらを木っ端微塵に弾け飛ばしている。
「髪の毛が逆立つ……これって静電気?」
いつも見ていたナルの使う雷魔法とは違う……腕輪が無いとこれ程の威力になるのか!ーービリビリと肌でヤバさを感じる。
「迎撃準備完了って訳だーーでも逃げられるよりは全然オッケーだわ」
一番危惧していた事は、ナルが集落の外に逃げてしまう事。こんな夜に追跡出来る様な能力は俺には無いしな。
(しっかし何だよ、あのナルの周りをバリバリしてる雷はーーこれじゃあ近付けないじゃん……)
試しにと近くにあった木箱を右手で掴み勢いよくナルへと投げつけてみたが、予想通り周囲を駆け巡る紫電に阻まれ爆散する。
「全くしつこいね! しつこい男は嫌われるらしいよ?」
「オマエ! モウ! オワリ!」
俺の存在を確認したナルは左の義手を俺に向けて振り下ろす!
「雷電!」
先程まで俺が居た民家に、空から注ぐ光の柱がビカッと降り注ぐ! 少しの間を置いて、正門での爆発音に負けぬ程の雷鳴が周囲に響き地面が揺れる。
まさに音速を超えた光撃だーー民家の屋根には穴があき、煙がブスブス燻っている。
「くそっ、攻撃も防衛も出来るなんて有りかよ!?」
「凄い! 凄いぞ! 流石、貴重な雷魔法! 控えめに言って……僕って最強?」
「スゴイ! ツヨイ! サイコウ!」
ーーあぁ、確かに凄い!
ナルは怖がってあまり雷魔法を使う事は無かったが、使い熟せば攻防一体の強力な魔法だって事が良く分かるーーデメリットである怖がりな性格を考慮しても、騎士団側が強くナルの入団を勧めたのは当然だろう。
ーーだけど……。
「お前が最強なんじゃない! ナルが凄いだけだからな!」
操ってるだけの奴に自慢気にされるのは何か釈然としない!
「へんっ、残念だけど、今この娘は僕の人形さ! つまり僕が凄いって事さ!」
「ソウダ! オレガ! スゴインダ!」
ーー腹立つな……魔法無効任せに突っ込んで行って右手に填めた人形、ギュッて握り潰してやろうかな?
ただ、あの雷……もし魔法無効出来なかったら確実に死ぬ威力だ。「ちょっと試しにやってみっか!」のハードルが高すぎる気がする……。
(ここは慎重に遠距離攻撃でナルの魔力切れを待つかーーでも俺、遠距離攻撃って『筋肉魔法トルネード』しか無いんだよなぁ)
体への負担(酔う)が強すぎて使う度に封印を決意するこの筋肉魔法だがーー何だか結局毎回使ってる気がするな……。
だけど、俺が使える遠距離攻撃はコレか投石くらいしか無いし……。
いや、今こそ新たな筋肉魔法を開発する時なんじゃ無いか?
「遠距離……遠距離かぁーーそうだな……これだけ筋トレしてるんだ、そろそろ俺も【気】とか飛ばせるんじゃないか?」
ーー体の中を巡る【気】を凝縮し敵に放つ!
それはバトル漫画では定番の技である。 両手で「~~破ァ!」と押し出すも良し! 指先から弾丸の様に飛ばすも良し! 世界中から気を集めて空から落とすなんて方法もある。
思うにーー魔力も気も同じく体内を巡る力だ……言い方違うだけで実は同じなんじゃね? とすれば、俺の持つこの豊富な魔力を何とか体外に捻り出せればイケる筈だ!
魔力を炎や氷に変換させるのは無理でも、そのままエネルギーとしてぶつける事が出来るならーーそれは立派な攻撃になるんじゃないだろうか。
勿論、相手に向かって放出するのも難しそうだが、そこは俺の筋力で何とかなるだろう……。
「よしっ、やってみっか!」
深く腰を落とし、両腕を曲げ力を入れるーー俺は見えない魔力が体内から右手に集まるイメージをする。
(誰かが言ってた、魔法はイメージだとっ!)
腹から胸へ、そして右腕を通り掌へ! 熱い何かが徐々に身体の先端に集まるのを感じる!
「うおぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
俺は右掌に集まったであろう魔力を、腕力任せにナルへと向かって投げつけたッ!
「喰らえ! 筋~~肉ゥ~~破ァッ!!」
ーーブンッ!
右の指先がジンジンと痛む、腕を振る速度が速すぎて先端に血が集まった所為だ。
「キヲツケロ! ナニカ! クル!」
「くっ、なんて気合!? でも何が来ようと僕の雷撃防御は突破出来ないっーー」
ナルは周囲の紫電を目の前に集中配置、いつでも雷撃が放てる様に義手を空へと向ける、そして不可視の攻撃に備え目を見開いた!…………しかし、一向に魔法らしき現象は起きない。
「…………???」
「はぁはぁーーやっぱ、まだ【気】は無理かー。まぁそうだとは思ってた……うん、全然出る気しないわ」
俺の荒い息遣いだけが辺りに虚しく響く。
「………………えっ? あれだけの気迫で撃ったのに発動しなかったの!?」
「ナンダ! コイツ! ポンコツカ?」
あ、新しい事する為には失敗は必要なんだぞ? これは寧ろ、今はまだ気が使えないという発見なんだ!
「うるさいな! ーー【気】はまた今度だ、ちょっと違う方法を考えるから待ってろ!」
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