105 / 287
105・砂塵嵐【サンドストーム】
しおりを挟む「頃合いか……」
集落周辺を囲む十分な魔力を確認した後、ビエルは魔法発動のタイミングを見計らう。
目の前には敵の拠点、周囲に味方は居ない。常人ならば孤立無縁の絶望的状態と言ってもいいだろうーーだが、ビエルにとってはこれが最も実力を発揮出来るシチュエーションである。
ビエルは通常戦闘時には後衛に徹している事が多い。それは指揮官として戦局を把握し指示を出す為でもあるが、本気で魔力を込めた攻撃魔法は周囲の味方までも飲み込み恐れがある為でもある。
経験を積んだ騎士ともなれば、魔法一発に込める魔力量の調整などそれ程難しい事では無い。しかし、保有する魔力量が膨大で有ればある程、細かい調整が難しくなるのもまた事実。
分かりやすく言うと、ビエルは他の魔法士と比べて使う魔力の単位が異なるのだ。
通常の魔法士が自分の魔力量を調整する時、1g単位での制御しているとするならば、ビエルは1Kg単位で制御している感じだーーつまり1kg以下の魔力の扱いが非常に難しくなる。
防御魔法としてならば、魔力を込めればそれだけ硬くなるので土壁などには適している。先程の磁力魔法士が放った黒棘を防いだ様に、手の平サイズの硬い土壁を素早く出す事も可能だ。
しかし、逆に攻撃となればその威力が仇となる。近距離は勿論の事、中距離でも範囲やタイミング次第で自分や仲間にも影響を与えかねない。
この様に、個人で膨大な魔力を保持する魔法士達の中には、集団では無く一個人として戦う方が戦闘力が高い者も居るーーその為、彼等は単独で行動している事が多い。
ビエルの場合は、その面倒見の良い人柄と統率力、後衛としても優秀な土魔法士と言う事で騎士団長として集団を率いているが……。
壁内で急に勢いづいた工兵達が、壁の強化に励んでいるのをビエルは冷めた目で見ながらボソリと呟いた。
「ーー砂塵嵐」
途端、漂う周囲の魔力がゆっくりと具現化してゆく。
「……今更何をしようが無駄だ、お前達が助かる唯一の方法はそこからさっさと逃げ出す事だったのだがなーー」
まぁ、逃すつもりも無いが……とビエルは数歩後退し、その場で腕組みして集落を見据えるーー事の顛末を見届ける為に。
「……団員達の仇は、討たせてもらうぞ」
◇
「ーーあん? 黒い……霧?」
正門の上に立つ工兵の一人が異変に気付いた、徐々に立ち込める黒い靄の様な物が自分の手が届く程近くまで迫っている事に。
「……なんだ? こんな靄みたいなものが本当にーー」
ただの好奇心ーーあれだけ恐れられた『壊滅』の魔法だ、もっと凶悪で、圧倒的で、破壊的な……そんな恐ろしい魔法を想像をしていた。
しかし、目の前にあるコレはどうだ……只の靄だ。
肉を抉る鋭さも無く、目を見張るスピードも無い、不安定で強風でも吹けば直ぐに消えてしまいそうな黒い靄が、只そこに漂っているだけである。
自分の想像とあまりにかけ離れた見た目に思わず彼はその靄に…………触れてしまった。
「ーー熱ッ!?」
まるで熱した真鍮を触ったかの様な感覚に慌てて手を引く工兵。
「熱ッチィな、何だこれ?」
フーフーと吐き出す息で手を冷そうとするのだが息が掛かる感覚が鈍い。不思議に思い傷口を見やるとーーある筈の手が見当たらない、指が見当たらない、有るのは手首の無い腕だ。
(何……だ、コレ?)
混乱する頭で傷口をジッと見ていると、白い脂肪の断面から赤い小さな斑点がブツブツと湧き出てきた。そしてあっという間に一つに繋がると、まるでそこに心臓が有るかの様にドクドクと血が溢れ始めた。
「…………お、おぉお俺の手がァッ!?」
絶叫を皮切りに、黒い靄は動き出すーー初めはゆっくりと、そして徐々にその速度を上げながらーー。
広範囲魔法《砂塵嵐》は靄で囲む魔法では無い。ビエルの魔力で作られた極小の砂粒がこの黒い靄の中を常に高速移動しているのだ。
しかもこの砂粒、一つ一つの形が鋭利な菱形である為、鑢の様に触れた物体を根こそぎ削り取る性質を持っているのだ。
黒靄は集落の中心へと螺旋状に回転しながら少しづつ小さくなってゆく。
「ヒィ、助けーー」
逃げ場の無い壁上に立っていた工兵は、そのまま黒い靄に飲み込まれて行った。
「ーーあの靄には触れるな! 後退だ、本部まで一時後退ッ!! ……まさか、これ程の威力とは」
あれ程積み上げた鉄壁が次々と靄へと飲み込まれて行く。飲み込まれた先がどうなっているかは想像したくもない。体制を立て直す為にネルビスは工兵達に退避を指示する。
「おい、急げッ! ほら、退避だ、退避!!」
「おい押すなよ! 何だよ? 一体何が起こってるか誰か説明してくれなきゃ分かんねえだろッ!」
まだ状況を把握出来てない若い工兵は、自分を押し退けた古参の工兵の肩を掴むとそう息巻く。
古参の工兵は、まだ不慣れな戦闘に気が昂り興奮している若い工兵の手を払い退けるとそのまま胸ぐらを掴んで前に引き摺り飛ばす!
「ボサっとすんな、サッサと行けッ!」
更に、古参の工兵はそのヨタつく背中を蹴り飛ばした。
「テメェッ! ちょっ、待てって! だからッ!」
「いいから早く走れッ! この馬鹿野ーー」
振り返った若い工兵の目の前で、古参の工兵はまるでその身を塵に変え靄に同化したかの様に消えて行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる