144 / 287
144・勝者
しおりを挟む朦朧とする頭で必死に考えるーー間違い無く乾燥は発動した、固まってゆくサイラスを確かにヨイチョは見たのだ。
「な、なんで……?」
「…………付近の泥を収納したーー」
「そ、そんな……」
唖然とするヨイチョに近寄り、その頭目掛けて片手を構えるサイラスーーその距離は数センチ、外す訳が無い。
(また……駄目だった? ーー違うっ! まだ僕は生きてる、まだ魔力は出しきって無いって事じゃないか!)
今、サイラスは己の勝利を確信して油断している筈だーーこれは最後のチャンスだ!
(の、残った生命の全て使ってもう一度……今度は完全に泥に沈めてから固めてやれば!)
「ゔ、ゔぁあああっ!!」
雄叫びを上げながら魔力を絞り出すーーしかし、ヨイチョの気迫とは裏腹に魔法が発動する事は無かった。
「……何で……発動しない…んだよ…」
「脳にはリミッターがついてると聞いた事があるーーこれ以上の魔力放出は確実に死に繋がると本能が止めたのであろうな」
最早、指一本も動かせぬ程に消耗したヨイチョは……それでも霞む視界に佇むサイラスを睨み付けた。
「ーー終わりだ」
頭に向けられたサイラスの手のひらに魔力が宿るのが分かるーーそして、次の瞬間。
ーーチャリッ
ヨイチョの頭に落ちて来たのは、椅子でも大岩でも固まった泥でもなくーーサイラスの名札だった。
◇
「これは…………」
頭から目の前に滑る様に落ちて来た名札、ヨイチョは驚きに目を見開いてサイラスを見る。
「……どうにも腕の調子が悪い。あぁ、治療したのはフリードだったな、道理で……」
サイラスは治療済みの左手首を摩りながら言った。
「???」
「勝利は確実であったがーーこの腕では決闘を続けるのは厳しい。俺はお前如きに無理するつもりも無いからな……仕方ない、勝ちは譲ってやる」
「…………えっ?」
「チッ、察しの悪いヤツめ! お前の勝ちで良いと言っている!」
サイラスは吐き捨てる様に言うと、くるりと踵を返しギュスタンに何事かを耳打ちし帰って行った。
「…………勝者フリード代理人!」
ギュスタンがヨイチョの勝利を認めた。
「ぼ、僕が……勝った?」
未だ理解が追いつかないヨイチョの元に、恐らく次の相手であろうアルバがミードと共に近寄って来た。
「中々面白かったぞ平民」
「あのサイラスを泥塗れにするなんて上位分隊でもそう居ないぞ?」
二人はサイラスに聞こえない様にクスクスと笑うとそれぞれ自分の名札を倒れたヨイチョの前にジャラリと落とした。
「…………ど、どうして?」
「あぁ、俺達もまだ傷が癒えてないからな」
「決闘は棄権するつもりだ」
唖然とするヨイチョの前にもう一つの名札が加わる。
「ーーこれはマルベルドの名札だ」
「マルベルドの……名札??」
少し遠くで「回復魔法士の俺が決闘に出る訳無いだろう」と言っている声が聞こえた。
よく分からないうちに、ヨイチョの目の前には四つの名札が積まれていた。
「ーーこの決闘、フリードの勝ちとする!」
パンッと戦闘訓練終了の合図が空に響いたのは、ギュスタンの敗北宣言とほぼ同時であった。
「……………………」
ゴロリと仰向けに見上げた空はすっかり明け、雲間からは眩しい二つの太陽が覗いている。
(…………本当に……僕が……勝ったんだ……)
駆け寄る皆の声を遠くに聞きながら、ヨイチョの意識はゆっくりと陽だまりに溶けていった。
◇
「ハハハハ! お前のずぶ濡れの顔といったら!」
「何スか!? 一撃でやられたお前達を一体誰が介抱したと思ってんスかねえ!」
「悪い悪い…………って、介抱したのはノーザムじゃねぇか!?」
「ロッシのヤツ、あの時の雷で頭やられたんじゃねーの」
夜間は皆、街へ呑みに行ってしまう為にポツラポツラしか居ない騎士団専用食堂が今夜に限っては喧騒が絶えない。
それもその筈、厳しい戦闘訓練を終えた見習い達がこぞってこの食堂へと呑みにやって来たからだ。
「ワハハ! 良いか、一杯だけだぞ? 最初の一杯だけは俺の奢りだ!」
それというのも、戦闘訓練終了祝いにとウービンが皆に酒を振る舞うと言いだしたからだ。
「全員に奢るって……ウービンさん、随分羽振りが良いけど大丈夫なの?」
「あぁん? 馬鹿、オメェーのお陰でこちとらガッポリよ! 一杯くれぇは屁でもねぇってな!」
結局、俺の名札は取られる事が無かった為、賭けは胴元のウービンさんの一人勝ち。どれ程儲かったのかは知らないけど、ご機嫌なところを見るに相当良い稼ぎになったのだろうーー少しこっちにも回して欲しい。
「それによぉーー酒ってのは一杯飲んじまえば二杯・三杯と進んじまうもんよ。見ろよこの注文の数! 忙しくて目が回らぁ!」
「いやいや、目回ってんのはウービンさんが呑み過ぎてるからだし!」
「いいじゃねぇか」と仕事を完全に放棄して呑んだくれるウービンさんに代わり何故か食堂を切り盛りする事になった俺。普段、働いてるからって正社員だと思われてるんだろうか?
「俺って今回は楽しむ側だと思うんだけどなぁ……」
「おーい、こっちに酒!」
「ツマミ来ねーぞ!」
「あーはいはい、よろこんで!」
取られた賭け金を少しでも取り返そうとする者、訓練の慰労会をする者、それを温かく見守る数人の正騎士達ーー誰もが心から酒を楽しんでいた。
「兄貴っ! 燻製魚6人前ーー出来たぜ!」(もぐもぐ)
「何で一人前減ってるんですか!? 一体どれ程作れば終わるのですか! 最悪なんですが!」
「ヨイチョ、こ、こ、これ下げてきたお皿だもん!」
「あはは、凄い量……でも、生活魔法特化の僕に掛かればあっという間さ!」
厨房に近いカウンターを陣取ったのが悪かったのか、いつの間にか一緒に手伝う羽目になった仲間達ーー訓練では色々大変だったが、今は皆笑顔を見せている。
「…………仲間って良いな」
ーー自然と言葉に出ていた。
たった一週間とはいえ、文字通り生死を共に潜り抜けた仲間達ーー以前の俺に、ここまで気を許せる仲間はいただろうか?
「ーー兄貴っ!!」
「言葉にされると……何だか恥ずかしいね、それ」
苦しい困難も仲間となら乗り越えられるってのが今なら何となく理解出来る気がする。
「ふふふ、恥ずかしいんだもん」
「これが仲間ですか……成る程、やはりピンときませんね」
忙しくも和やかな雰囲気が漂うそんな中、食堂の扉が突然バーンと開いた。
「20人なんだけどーーいいよね?」
「なぁッ!? に、20人!」
やっとピークが終わったと思った矢先にーー20人だと!?
そっと厨房から脱出しようとするジョルクの襟首を捕まえる。
「ーーな、仲間って良いよなっ!!」
「兄貴っ、もう無理だって!」
「ちょ、まだ働かせる気ですか!?」
「は、は、早く片付けなきゃだもん!」
「あははーー僕、また命削って魔力捻り出さなきゃならないかも……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる