筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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144・勝者

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 朦朧とする頭で必死に考えるーー間違い無く乾燥ドライは発動した、固まってゆくサイラスを確かにヨイチョは見たのだ。

「な、なんで……?」
「…………付近の泥を収納したーー」

「そ、そんな……」

 唖然とするヨイチョに近寄り、その頭目掛けて片手を構えるサイラスーーその距離は数センチ、外す訳が無い。

(また……駄目だった? ーー違うっ! まだ僕は生きてる、まだ魔力は出しきって無いって事じゃないか!)

 今、サイラスは己の勝利を確信して油断している筈だーーこれは最後のチャンスだ!

(の、残った生命の全て使ってもう一度……今度は完全に泥に沈めてから固めてやれば!)

「ゔ、ゔぁあああっ!!」

 雄叫びを上げながら魔力を絞り出すーーしかし、ヨイチョの気迫とは裏腹に魔法が発動する事は無かった。

「……何で……発動しない…んだよ…」
「脳にはリミッターがついてると聞いた事があるーーこれ以上の魔力放出は確実に死に繋がると本能が止めたのであろうな」

 最早、指一本も動かせぬ程に消耗したヨイチョは……それでも霞む視界に佇むサイラスを睨み付けた。

「ーー終わりだ」

 頭に向けられたサイラスの手のひらに魔力が宿るのが分かるーーそして、次の瞬間。


ーーチャリッ


 ヨイチョの頭に落ちて来たのは、椅子でも大岩でも固まった泥でもなくーーサイラスの名札だった。




「これは…………」

 頭から目の前に滑る様に落ちて来た名札、ヨイチョは驚きに目を見開いてサイラスを見る。

「……どうにも腕の調子が悪い。あぁ、治療したのはフリードだったな、道理で……」

 サイラスは治療済みの左手首を摩りながら言った。

「???」

「勝利は確実であったがーーこの腕では決闘を続けるのは厳しい。俺はお前如きに無理するつもりも無いからな……仕方ない、勝ちは譲ってやる」

「…………えっ?」
「チッ、察しの悪いヤツめ! お前の勝ちで良いと言っている!」

 サイラスは吐き捨てる様に言うと、くるりと踵を返しギュスタンに何事かを耳打ちし帰って行った。

「…………勝者フリード代理人!」

 ギュスタンがヨイチョの勝利を認めた。

「ぼ、僕が……勝った?」

 未だ理解が追いつかないヨイチョの元に、恐らく次の相手であろうアルバがミードと共に近寄って来た。

「中々面白かったぞ平民」
「あのサイラスを泥塗れにするなんて上位分隊でもそう居ないぞ?」

 二人はサイラスに聞こえない様にクスクスと笑うとそれぞれ自分の名札を倒れたヨイチョの前にジャラリと落とした。

「…………ど、どうして?」
「あぁ、俺達もまだ傷が癒えてないからな」
「決闘は棄権するつもりだ」

 唖然とするヨイチョの前にもう一つの名札が加わる。

「ーーこれはマルベルドの名札だ」
「マルベルドの……名札??」

 少し遠くで「回復魔法士の俺が決闘に出る訳無いだろう」と言っている声が聞こえた。
 よく分からないうちに、ヨイチョの目の前には四つの名札が積まれていた。

「ーーこの決闘、フリードの勝ちとする!」

 パンッと戦闘訓練終了の合図が空に響いたのは、ギュスタンの敗北宣言とほぼ同時であった。

「……………………」

 ゴロリと仰向けに見上げた空はすっかり明け、雲間からは眩しい二つの太陽が覗いている。

(…………本当に……僕が……勝ったんだ……)

 駆け寄る皆の声を遠くに聞きながら、ヨイチョの意識はゆっくりと陽だまりに溶けていった。




「ハハハハ! お前のずぶ濡れの顔といったら!」
「何スか!? 一撃でやられたお前達を一体誰が介抱したと思ってんスかねえ!」
「悪い悪い…………って、介抱したのはノーザムじゃねぇか!?」
「ロッシのヤツ、あの時の雷で頭やられたんじゃねーの」

 夜間は皆、街へ呑みに行ってしまう為にポツラポツラしか居ない騎士団専用食堂が今夜に限っては喧騒が絶えない。
 それもその筈、厳しい戦闘訓練を終えた見習い達がこぞってこの食堂へと呑みにやって来たからだ。

「ワハハ! 良いか、一杯だけだぞ? 最初の一杯だけは俺の奢りだ!」

 それというのも、戦闘訓練終了祝いにとウービンが皆に酒を振る舞うと言いだしたからだ。

「全員に奢るって……ウービンさん、随分羽振りが良いけど大丈夫なの?」
「あぁん? 馬鹿、オメェーのお陰でこちとらガッポリよ! 一杯くれぇは屁でもねぇってな!」

 結局、俺の名札は取られる事が無かった為、賭けは胴元のウービンさんの一人勝ち。どれ程儲かったのかは知らないけど、ご機嫌なところを見るに相当良い稼ぎになったのだろうーー少しこっちにも回して欲しい。

「それによぉーー酒ってのは一杯飲んじまえば二杯・三杯と進んじまうもんよ。見ろよこの注文の数! 忙しくて目が回らぁ!」
「いやいや、目回ってんのはウービンさんが呑み過ぎてるからだし!」

 「いいじゃねぇか」と仕事を完全に放棄して呑んだくれるウービンさんに代わり何故か食堂を切り盛りする事になった俺。普段、働いてるからって正社員社畜だと思われてるんだろうか? 

「俺って今回は楽しむ側だと思うんだけどなぁ……」
「おーい、こっちに酒!」
「ツマミ来ねーぞ!」

「あーはいはい、よろこんで!」

 取られた賭け金を少しでも取り返そうとする者、訓練の慰労会をする者、それを温かく見守る数人の正騎士達ーー誰もが心から酒を楽しんでいた。

「兄貴っ! 燻製魚6人前ーー出来たぜ!」(もぐもぐ)
「何で一人前減ってるんですか!? 一体どれ程作れば終わるのですか! 最悪なんですが!」
「ヨイチョ、こ、こ、これ下げてきたお皿だもん!」
「あはは、凄い量……でも、生活魔法特化の僕に掛かればあっという間さ!」

 厨房に近いカウンターを陣取ったのが悪かったのか、いつの間にか一緒に手伝う羽目になった仲間達ジョルク分隊ーー訓練では色々大変だったが、今は皆笑顔を見せている。

「…………仲間って良いな」
 
ーー自然と言葉に出ていた。

 たった一週間とはいえ、文字通り生死を共に潜り抜けた仲間達ーー以前の俺に、ここまで気を許せる仲間はいただろうか?

「ーー兄貴っ!!」
「言葉にされると……何だか恥ずかしいね、それ」

 苦しい困難も仲間となら乗り越えられるってのが今なら何となく理解出来る気がする。

「ふふふ、恥ずかしいんだもん」
「これが仲間ですか……成る程、やはりピンときませんね」

 忙しくも和やかな雰囲気が漂うそんな中、食堂の扉が突然バーンと開いた。


「20人なんだけどーーいいよね?」


「なぁッ!? に、20人!」

 やっとピークが終わったと思った矢先にーー20人だと!?

 そっと厨房から脱出しようとするジョルクの襟首を捕まえる。

「ーーな、仲間って良いよなっ!!」

「兄貴っ、もう無理だって!」
「ちょ、まだ働かせる気ですか!?」
「は、は、早く片付けなきゃだもん!」

「あははーー僕、また命削って魔力捻り出さなきゃならないかも……」

 
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