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162・報酬
しおりを挟む「あぁ、アンタだね! うちの子達を助けたっていう獣人ってのはーーデッカい体してるからすぐ分かったよ!」
宿屋に着くなり恰幅の良いおばさんに快く出迎えられ面を食らう。
この辺りの店はいつも残飯を漁りに来る孤児達に好意的では無い、きっとゴミを荒らすカラスみたいなの認識なんだろう、それなのにこの好印象! ルーナちゃんが俺達の事を余程良く話してくれたに違いない。
「生憎、主人は丁度出ててね。あの子達も学校に行っちまったしねぇ。はぁ~、アンタがねぇ……ドカーンと地面から出て来ては衛兵達をちぎってぶん投げたって? まさかと思ったけど、その姿見たら案外本当かもしれないねぇ~」
「ルーナちゃん、一体どんな話をしたの!?」
ちぎって投げたって……それ、もう人じゃないし! 討伐対象になる様な噂を立てないで欲しい。
「ーーあぁ、そうそう! お礼を渡さなきゃねぇ!」
マシンガンの如く一方的に言葉を投げつけて、こちらの返答を待たずに店の奥へと引っ込む宿屋の奥さんにシェリーが慌てて声を掛ける。
「ーーいや! 悪いけどその御礼を貰うワケにはいかないんだ! アタシはルーナと約束していた銭袋を取り返せなかったから……って聞けよおばさんっ!」
そんなシェリーの言葉を「そうなのね~、大変ね~」と聞き流す宿屋の奥さんは、大きな籠にせっせと焼き上がったばかりの黒パンを詰め込んで、ドンッと俺の大胸筋へと押し付けた。
たった今、窯から出されたばかりの芳ばしいパンの香りが胸元から俺の鼻を抜け脳天へと突き刺さる!
「ぬわー! た、堪らんッ!」
極上の香りに思わず声が出た。パンと魚は鮮度が命、出来た時が正に食べ時。
小麦を使った白パンと違いライ麦を使った黒パンは少し歯応えがあるが食物繊維が豊富でビタミンB群をたっぷり含んでいる。小麦粉を使った白パンよりタンパク質、ビタミン、ミネラル、食物繊維を豊富に含んでいるのだ!
だが、カロリー的には白パンと一緒だから食べ過ぎには注意が必要……いや、今の俺にはそのカロリーが必要だ!
「ーーこ、こんなに!? お、おばさん、アタシの話聞いてた? 銭袋は取り返せなかったんだってーー」
予想外の報酬に目を見開くシェリーの腰をバンバン叩きながら宿屋の奥さんは笑って言った。
「何言ってんだい! あんた達が助けてくれなきゃ、うちの子達はもっと酷い目に遭ってたかもしれないんだろう? 私達には銭袋がどうかなんて問題じゃないのさーーさぁ、いいから持って行きな!」
◇
「うんめぇ! マジうんめぇ!」
「ちょっと、ガウルってば! ヨダレ飛ばさないでよ!」
「ーー飛ばさないでよ!」
孤児院の食堂ーーと言っても敷地内に建てられた屋根とそれを支える数本の柱が立つだけの壁の無い建物だ。大きな石を組んだの釜と屋根を伝う雨水を貯めた水瓶、まるでキャンプ場の炊事場みたいだ。
今、この食堂にはシェリー達年少組と、歳で言えば小学生以下の幼年組が集まっている。椅子やテーブルも無い為、各々地べたに座りながら食事をするスタイルだ。
「ほら、次が温まったぞ!」
時刻は夕時、もう冷めてしまったパンをシェリーが火で炙っては皿へと乗せていく。
久々に食べるパンの味に満足そうな顔を見せている子供達。貰った黒パンは20個近くもあり、一つ一つが両手で掴む程の大きさなので幼年組は半分有れば充分だろう。
(ふむふむーーと、言う事は俺の取り分は多分五個くらいか?)
今回の稼ぎは俺の貢献度が高いし、これ位貰っても文句は言われないよね?
貰えるパンの個数を指折り数え食事の番を待っている俺を見たシェリーはフンッと鼻を鳴らすと子供達に発破を掛ける。
「アルニー、ミルニー、もっと沢山食え! チビ共ももう食べて良いぞ、腹一杯食うんだぞ?」
「「わーい!」」
生け簀に餌を落とした様に、一斉にパンに群がる子供達。一体その小さな体の何処に入っているのか、あんなにあったパンが瞬く間に消えてゆく。
ーーう、飢えた獣人の食欲を舐めていた。
「ちょ、ちょっ待って! お兄さんの分もちゃんと残そうぜ?」
慌てて幼年組に優しく語り掛けるが、食べるのに夢中で誰も聞いてくれない。取らぬ狸の皮算用とは正にこの事、唖然とする俺を見ながらシェリーが馬鹿にする様に言った。
「そう言う事はね、ちゃんと稼げる様になってから言うもんさ!」
「ーーななッ!? だって今回は俺もーー」
思わず反論した俺に、全くもっての正論が襲い掛かる!
「今まで誰に食わして貰ってたと思ってるのさ! たまたま今回ちょっと貢献したからって自慢げにしてんじゃないよ!」
ーーな、なんて言い草だ!
確かに今までは仕事が無いから子供達の食べ物を分けて貰ったりした事があったけれど!
ーーいや、分けて貰ってる事しかないな……あれ? 小学生以下の子供達のご飯分けて貰ってるってーー俺、結構最低だったわ!
(あ、明日もう一度宿屋に行って何か仕事を貰えないか頼んでみよう。何で職安が無いんだこの世界……)
今更ながら自分の駄目加減にガックリと項垂れる俺の頭に向かってグルルカが拳大にちぎったパンの塊を投げつける。
「うおっ、ありがとう!」
「そんなんで、一体今までどうやって生きてきこれたのかが不思議だ……」
彼は犬系獣人で年少組のNo.2でありシェリーの右腕だ、普段は無口な奴だが仲間思いな面もある。パンを投げつけて来たのはきっと彼なりの優しさだーー多分。
「そうそう、それ不思議!」
「ーーそれ不思議!」
「どうせ良いトコの三男、四男ってとこだろ? 落ちこぼれだから家追い出されたとかじゃねーの」
腹が膨れた子供達が俺の過去を題材にして遊びだした。スマホもゲームも無いこの世界ではこうして皆で語らうのが一番の娯楽となる。
きっと遥か昔を生きた人々も、焚き火を囲んでは真っ黒なキャンパスにバケツ一杯のザラメをぶちまけた様な夜空を見上げ、星々を繋げ、星座を創り、それに纏わる数々の神話を生み出しては語らいを楽しんだに違いない。
「で? 正解はどれなんだよ」
「土から産まれたのよ、だから石を食べてたのよね?」
「ーー食べてたのよね?」
「石ぃ?」
子供ってのは想像力が豊かだな。あれは石じゃなくて岩塩をしゃぶってただけだ、何だよその土から産まれたってのは……俺をゴーレムか何かと勘違いしてないか?
「今のところ正解者はゼロだな!」
「えー? じゃあ何なんだよ?」
まぁ、過去と言っても何処まで遡って話すべきか迷うがーー俺の経験上、新しい職場での過去話は前職での事を聞かれている場合が多い。
ーー此処での前職と言えば第三騎士団の事だ。
「いやいや、最初会った時にも話しただろう? 今までは騎士団に居たって。あそこ、給料は無かったけれど飯と寝床の心配は無かったんだよね」
「騎士団って、またそれかよ……アンタなんて入れる訳無いだろう? 一体騎士を何だと思ってるのさ」
「魔法が使えない騎士なんて聞いた事ないよー?」
「ーーないよー?」
「嘘付くにしたってもうちょっとマシなのがあるだろうよ……」
「ほっといてやんな、よっぽど知られたく無い過去なんだろ……」
「ーーう、嘘じゃないって! 俺なんて魔法士殺しって二つ名があったくらいでさーーもしもし? 聞いてますかー?」
騎士団に居た事すら信じてもらえないなら、俺が違う世界から来たって言っても絶対信じないだろうなぁ。
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