177 / 287
177・兄弟《ブロウ》
しおりを挟む貧民街の中にある繁華街、その片隅にこぢんまりとした飲み屋がある。カウンターしか無い様な狭い店だが、街中には無い強い酒が呑めると、酒好き獣人の間では人気の店だ。
「へぇ、前に来た時には気付かなかったなー」
「まぁ小せえ店だしーーってかアンタ、繁華街に来た事あったんだ?」
「えっ? ま、まぁ最初の頃にちょっとだけね」
「ふ~ん?」
まさか、貧民街に着いて早々に娼館に行ったなどとお年頃のシェリーに言い辛い。異世界にハラスメントはまだ浸透して無いが、間違い無く白い目で見られるだろうし……。
「ほ、ほら、そんな事よりヘイズを待たせちゃ悪いしさ、サッサと入ろうぜ?」
急かす様にして年期の入った木製の扉をギィと開くと、一番奥に座る狼獣人が俺達に向かって手を上げるのが見えた。
「よぅ、兄弟! こっちだ」
犬歯を剥き出して笑う日焼けした顔に、背中の半分を覆う程に無造作に伸びた灰色の髪、鼻から厚い唇へと伸びるシルバーチェーンが笑う度にジャラリと揺れた。
頭にピンと立つ二つの犬耳と床に着く程に垂れた大きな尻尾が無ければ、湘南辺りで波乗りしているちょっとヤンチャな若者みたいにも見える。
(相変わらずのチャラさだな)
ヘイズは孤児院の子供達で結成されたギャング《カーポレギア》の一員で、シェリー達の兄貴分である。
俺はカーポレギアには所属してないので関係無い筈なのだが、何故か俺を兄弟と呼び馴れ馴れしく接してくる。
ヘイズは既に独り立ちしていて孤児院には住んでいないが、ちょくちょく顔を覗かせては子供達に差し入れを持って来る面倒見の良い奴という印象だ。
「ヘイズの兄貴、言われた通り連れてきてやったけど……」
「悪いなシェリ坊、ほら奢ってやるから何か頼めよ。ーーで、兄弟、孤児院での暮らしは慣れたかい?」
「相変わらずタンパク質が足りないかな、今朝だって筋肉が無くなる夢を見たしな」
いくら毎日筋トレに励んでいる俺でも、筋肉の素となる材料がなければ消費を辿る一方だ。ビタミンだって圧倒的に足りない、教会の荒れた畑を耕し野菜を植えてはみたがーー実がなるのはまだ先の話だ。
「ケッ、足りない足りないって、稼ぎが悪いアンタが悪いんだろーが!」
「まぁまぁ、兄弟はまだここに来て日が浅いんだから仕方ねぇって」
「頑張ってるつもりなんだけどなぁ」
「つもりじゃ飯は食えねーっての!」
ここで孤児達が所属するカーポレギアについても説明しておこう。一般的にギャングのイメージが強いカーポレギアだが、最初は後援会みたいなものであった。
18歳ーーつまりはギルドへ加入出来る年齢になった孤児達は孤児院を出るのが決まりとなっている。
しかし、独り立ちして直ぐに生活が出来る程、貧民街での暮らしはそう簡単なものでは無い。
職も無ければ住むところも儘ならない、ギルドへ加入したところで新入りが依頼を必ず取れるとは限らないのだ。
そんな彼等に手を差し伸べたのが同じ孤児院出身の獣人達だ。食べ物を分け、寝床を貸し、仕事の紹介をしてやる。情の深い獣人にとって、同じ釜の飯を食い育った兄弟は本物の血縁者と同様である。
そんな繋がりはやがてカーポレギアという組織になったと言うわけだ。
此処だけ聞けば正に後輩を支援する後援団体、ギャングなどとは程遠い組織に感じる。
しかし、獣人達の皆が真っ当な仕事に就いているかと言えばそうでは無い。盗みや恐喝をし、盗賊ギルドへ身を落としている者も多い。
そんな彼等の斡旋する仕事が真っ当な物である訳が無い。客引きや運び屋の手伝い、果ては盗みの見張り役などハイリスクな物が多く衛兵に捕まる子供達も少なく無かった。
そんな事情も有り、カーポレギアはギャングだとの認識が徐々に世間へと浸透してしまったのだ。
「はっはっ、此処じゃ横の繋がりが無きゃ仕事も儘ならないからな。兄弟もさっさと組織に入っちまえよ」
「う~ん、その話はもうちょい保留で……」
(警察は身内に犯罪者が居るってだけで入れないらしいからな。騎士団もその辺りは厳しそうだし……)
いくら彼等が「カーポレギアは後援会だ」と言い張っていても、世間一般にはギャングと認識されている。そんな組織に入ってしまえば俺はきっと騎士団には戻れなくなってしまう可能性があった。
「ヘイズの兄貴、そんな話する為にこんな所まで呼んだのかよ? ま、アタイは酒が飲めるなら構わないけどさ」
「酒をくれ」とカウンターへ向かって言い放つシェリーにヘイズは苦笑いしながら「まだ早い」とジュースを注文する。
「はぁ? もう子供じゃねーし」
ぶー垂れていたシェリーだったが、出されたオレンジ色の液体の甘い香りには逆らえなかったらしく、一口飲んだらチビチビと大人しく飲み始めた。
「まぁ兄弟の稼ぎが相変わらず無ぇ事は分かった、粗方予想通りだ。だがよ、餓鬼どもの世話になりっ放しってのはそろそろ格好付かないだろう?」
持ってきた食糧だってもう尽きるだろうとヘイズは俺の肩をトンッと拳で叩く。
そう、稼ぎの無い俺が未だ孤児院を追い出されてい無いのは最初に提供した食糧の存在が大きい。
カイルが食堂の棚から適当に袋へと詰め込んだ芋や干し肉の塊は、食堂で使う一週間分であり、かなりの量があった。それは日に二食しか食べる事が出来無い孤児院、約一ヶ月分の食糧に値する。
しかし、ヘイズの言う通り、その食糧もあと僅かしか残っていない。つまり、今まで「俺の持って来た食糧だぞ!」というアドバンテージが完全に無くなり、子供達からの冷たい目線が倍増するって事だ。
「そこでだ、困ってる兄弟の為に俺が取っておきの仕事を見つけてきたんだーー勿論乗るだろ?」
「…………悪いけど、悪事の片棒は担がないからな?」
「おいおい、俺はこれでも冒険者だぜ?」
「そうなの? そうか、冒険者ねぇ……」
冒険者といえば、ウービンさんが元冒険者って言ってたよな。厳しい世界だとは言っていたがーー異世界に来たならば一度はやってみたい憧れの職業ではあるな。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる